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造血幹細胞移植後の血液再生過程を可視化し、血球回復を促進する新技術を開発 ――ユニバーサル造血前駆細胞による安全な骨髄移植――

発表のポイント
  • 造血幹細胞(HSC)移植後の「造血細胞インフレーション」を捉え、移植後の血球回復に特化したユニバーサル細胞製剤を開発しました。
  • 造血細胞インフレーションを初めて可視化し、HSCに近い特徴をもつ特殊な「共通骨髄系前駆細胞(CMP)」が中心的役割を担うことを明らかにしました。さらに、この性質を活用して免疫拒絶反応を抑えた「ユニバーサル拡張CMP(exCMP)」を創出しました。
  • ユニバーサルexCMPにより、骨髄移植後の感染症や出血リスクの低減につながる早期血球回復が期待され、多くの患者さんへ投与可能な汎用細胞製剤としての応用が見込まれます。
    HSC移植後の加速的な造血システム「造血細胞インフレーション」
 

 概要

東京大学医科学研究所細胞制御研究分野の余語孝夫特任研究員、山﨑聡教授(兼:筑波大学医学医療系 客員教授)らによる研究グループは、造血幹細胞(HSC)移植後の造血動態を明らかにし、移植後の血球回復を促進するユニバーサル細胞の開発に成功しました。

本研究では、HSC移植後の血液再生過程をリアルタイムで可視化し、加速的に血液を供給する「造血細胞インフレーション(Hematopoietic Cell Inflation)」の存在を明らかにしました。さらに、この現象の中心的役割を担う「共通骨髄系前駆細胞(CMP)(注1)」が、従来の想定よりもHSCに近い特徴を有し、血球回復を促進していることを発見しました。これらの知見をもとに、CMPを強化した「拡張CMP(expanded CMP, exCMP)」と、拒絶反応を抑えた「ユニバーサルexCMP」を開発し、骨髄移植後の血球回復を促進する細胞製剤の新たな可能性を示しました(図1)。

骨髄移植は、難治性血液疾患や先天性免疫不全など、多くの命を救う重要な治療法です。しかし、移植後に血球が十分回復するまでの合併症や感染症リスクは依然として大きな課題となっています。本研究の成果は、血球回復を加速し安全な治療を実現するうえで大きな一歩になると期待されます。

本研究成果は2025年1月25日、米国科学雑誌「Cell Reports」に公開されました。
図1:HSCに近い特徴を有し、早期造血に特化したexpanded CMP

骨髄内に存在する通常のCMPと比較して、本研究で開発したexpanded CMPはHSCに近い性質を有しており、移植後早期に大量の血球を産生することが可能です。


 発表内容       

HSC移植は、白血病などの重篤な血液疾患を根治へと導く先端医療のひとつです。しかし、移植後の血球減少期間における感染症や貧血、出血などの合併症は依然として大きな課題であり、早期血球回復を実現する技術の開発が求められてきました。そこで、本研究グループは、最先端の発光イメージング技術(AkaBLI(注2))をHSCに応用し、HSC移植後造血の時空間的動態を連続的に解析しました。その結果、脾臓において3つの造血ピークをもつ新たな造血現象「造血細胞インフレーション(Hematopoietic Cell Inflation)」を発見しました。ここでは、CMPが中心的な役割を担い、移植直後から血球数を加速度的に回復させることが明らかになりました(図2)。
図2:HSC移植後のHematopoietic Cell Inflation
A) Akaluc遺伝子を搭載したHSCをマウスへ移植し、経時的に発光シグナルを測定しました。移植後5日目と9日目の発光シグナルをマイクロCTと統合して解析したところ、脾臓において急激な造血が生じていることが確認されました(上段、白矢印)。経時的な観察からは、脾臓での造血が時間とともに大きく変動する様子が示されました(下段)。
B) 脾臓における発光シグナル強度の経時的変化を定量化した結果、3つのピークをもつ「造血細胞インフレーション(Hematopoietic Cell Inflation)」が明らかになりました。
C) 各ピーク時における脾臓中のCMP割合を解析したところ、最初のピークにおいて脾臓特異的にCMPが高頻度で出現していることが判明しました。

この知見をもとに、好中球・マクロファージ、赤血球、血小板といった重要な血球を早期に供給できる「拡張CMP(expanded CMP:exCMP)」を開発しました。exCMPはHSCを体外で増幅培養する過程から得られ、骨髄ではなく脾臓を選択的に利用し、サイトカインへの高い感受性によって早期造血を実現することがわかりました。また、シングルセル多層(scMultiome)解析(注3)によって、exCMPや移植後の脾臓に出現するCMPには、HSCに近い遺伝子発現パターンを有する細胞が多く含まれ、それらがHematopoietic Cell Inflationの形成に深く関与していることを突き止めました(図3)。
図3:exCMPは早期のHematopoietic Cell Inflationを誘導する
A) 本研究で開発した拡張CMP(expanded CMP:exCMP)と、骨髄由来の通常のCMP(fresh CMP : fCMP)をマウスに移植し、発光イメージングにより造血動態を観察した結果、exCMPはfCMPよりも早期に脾臓での造血を誘導することが確認されました。
B) A)で観察した脾臓の発光シグナル強度を定量化した結果、exCMPはfCMPよりも早期に造血を回復させることが示されました。
C) exCMPとfCMP、および移植後早期の脾臓中に出現するCMP(SPaCMP)を対象としたscMultiome解析の結果、exCMPやSPaCMPにはHSCに類似した遺伝子発現パターンを示す細胞集団(赤点線)が多数含まれることが判明しました。
D) HSCに高発現する遺伝子Hlfをラベルしたマウス(Hlf-tdTomato reporterマウス)を用いて、Hlf高発現exCMPとHlf低発現exCMPを作製し、それぞれを移植した際の造血動態を発光イメージングにより観察した結果、Hlf高発現exCMPはHlf低発現exCMPと比較して、より強力なHematopoietic Cell Inflationを誘導する能力を示すことが明らかになりました。

exCMPは一過性に大量の血液細胞を供給できるため、致死的な放射線を照射したマウスに対し1週間ごとに投与するだけで、HSCが存在しなくても生存に必要な血球を産生し、マウスの長期的な生存を可能にしました。さらに、exCMPの免疫拒絶反応を抑制すべく、B2m遺伝子(注4)をノックアウトした「ユニバーサルexCMP」を開発しました。致死量の放射線を照射したマウスへ他家移植(注5)した実験では、ユニバーサルexCMPがHematopoietic Cell Inflationを引き起こし、マウスの生存を可能にしました(図4)。加えて、ヒト臍帯血由来CD34陽性細胞を用いても同様のユニバーサルexCMPを作製できることを確認しており、今後の臨床応用への大きな一歩となっています。
図4:exCMPの連続投与は放射線照射後のマウスを長期生存させる
A) 致死量の放射線を照射したマウスに対し、exCMPを1週間毎に連続投与した場合の生存曲線(黒)です。HSCが存在しない状態でも、exCMPのみで長期生存が可能となりました。一方、脾臓を摘出したマウス(ピンク)は生存しなかったことから、exCMPの効果が脾臓を介して発揮されていることが示唆されました。
B) 致死量の放射線を照射した異なる系統のマウスに対し、ユニバーサルexCMP(ピンク)またはコントロールexCMP(黒)を他家移植した際の生存曲線です。コントロールexCMPでは拒絶反応により生存を維持できませんでしたが、ユニバーサルexCMPは拒絶反応を引き起こすことなくマウスの生存を可能にしました。

これらの成果は、骨髄移植後の合併症リスクを軽減し、患者さんの負担を大幅に減らすための新たな戦略となり得ます。今後、ユニバーサルexCMPの技術をさらに発展させ、ヒト臨床応用に向けた包括的な解析と評価を進めてまいります。


 発表者・研究者等情報       

東京大学医科学研究所 附属システム疾患モデル研究センター 細胞制御研究分野
 山﨑 聡 教授
  兼:筑波大学医学医療系 客員教授
 余語 孝夫 研究当時:博士課程
  現:特任研究員
 


 論文情報       

雑誌名:Cell Reports
題 名:Progenitor effect in the spleen drives early recovery via universal hematopoietic cell inflation
著者名:Takao Yogo*, Hans Jiro Becker, Takaharu Kimura, Satoshi Iwano, Takahiro Kuchimaru, Atsushi Miyawaki, Tomomasa Yokomizo, Toshio Suda, Atsushi Iwama, Satoshi Yamazaki*(*責任著者)
DOI:10.1016/j.celrep.2025.115241
URL:https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(25)00012-9


 研究助成       

本研究は、科研費(#21F21108,#20K21612,# 24K19192,#23K15315)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(#21bm0404077h0001,#21bm0704055h0002,#23bm1223011h0001)の支援により実施されました。
 

 用語解説

(注1)共通骨髄系前駆細胞(CMP)
骨髄内に存在する血液細胞の前駆細胞で、赤血球、血小板、好中球、マクロファージなどの骨髄球へ分化する能力を持つ細胞。HSCよりも分化が進んだ段階に位置します。

(注2)AkaBLI
人工基質AkaLumineと人工酵素AkaLucから構成される新規の生物発光システムであり、生きた動物個体深部からのシグナルを、従来のシステムと比較して100-1,000倍の強さで検出可能な技術です(Science,2018)。本研究では、この技術をHSCに応用し、移植後造血動態の追跡を行いました。

(注3)シングルセル多層(scMultiome)解析
単一細胞レベルで遺伝子発現とエピゲノムの情報を同時に取得する解析する技術。細胞の機能や多様性を包括的に理解するために利用されます。

(注4)B2m遺伝子
β2ミクログロブリンをコードする遺伝子で、主要組織適合性複合体(MHC)クラスI分子の構成要素として免疫系において重要な役割を果たします。本研究では、ノックアウトすることにより、免疫拒絶反応を抑制する目的で使用しました。

(注5)他家移植
遺伝的に異なる個体(ドナー)から採取した細胞や臓器などをレシピエントに移植する方法。移植片の拒絶を回避するためには、免疫反応を制御することが重要となります。本研究では、B2m遺伝子をノックアウトした細胞を用いることにより、免疫拒絶反応の抑制を図りました。

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 附属システム疾患モデル研究センター 細胞制御研究分野
教授 山﨑 聡(やまざき さとし)
 
〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
 
国立大学法人筑波大学 広報局

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