発表のポイント |
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概要
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」(注1)は、2024年10月より接種が開始されたオミクロンJN.1株対応一価mRNAワクチン(注2)を接種した人の血清を用いて、複数のオミクロン亜株に対する中和活性の違いを検証しました。その結果、JN.1株対応一価mRNAワクチン接種によって、オミクロンXEC株を含むさまざまなオミクロン亜株に対する中和抗体(注3)が誘導されることが分かりました。本研究成果は2024年12月10日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。
発表内容
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2024年12月現在、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人近くを死に至らしめています。これまでにワクチン接種が進み、世界的にも感染者数や死亡者数は減少傾向にあるものの、現在も種々の変異株の出現が相次いでおり、2019年末に突如出現したこのウイルスの収束の兆しは未だ見えていません。現在の新型コロナウイルス感染流行の主流株は2021年11月26日、世界保健機関(WHO)により「オミクロン株」と名付けられたB.1.1.529株の子孫株となっています。これまでに、2022年にはオミクロンBA.5株、2023年にはオミクロンXBB.1.5株、そして同年末からはオミクロンJN.1株を中心とした複数のオミクロン亜株が相次ぎ出現してきました。WHOは2024年12月現在、世界的な主流行株となったオミクロンJN.1株を注目すべき変異株(VOI:variants of interest)(注4)に、JN.1株の子孫株(オミクロンKP.2株、オミクロンKP.3株、オミクロンKP.3.1.1株)を監視下の変異株(VUM:variants under monitoring)(注5)に指定しています。また、オミクロンKS.1.1株とオミクロンKP.3.3株のゲノムの遺伝子組み換えによって誕生した、新たな変異株であるオミクロンXEC株をVUMに含めて、流行動態を注視しています。
これまでにSARS-CoV-2感染症(COVID-19)の拡大や重症化を防ぐため、祖先株(D614G)ワクチンだけでなくオミクロンBA.4/5株対応ワクチンやXBB.1.5株対応ワクチンの接種体制が逐次整備されてきました。そして、本邦では2024年10月よりオミクロンJN.1子孫株やオミクロンXEC株などの流行による感染・重症化を防ぐため、オミクロンJN.1株対応一価mRNAワクチンが接種可能となりました。本研究では2種類のオミクロンJN.1株対応一価ワクチン(ファイザー/ビオンテック製および第一三共株式会社製)について、ワクチン接種前および接種3-4週間後の血清による中和抗体誘導効果を検証しました。これらの血清を用いて、これまでのオミクロンワクチン株およびオミクロンJN.1株とその子孫株に対する感染中和活性を検証したところ、ファイザー/ビオンテック製のJN.1株対応一価mRNAワクチンでは血清の中和活性が接種前(Pre)に比べ接種後(Post)は2.4-7.4倍(図A)へ、第一三共株式会社製のJN.1株対応一価mRNAワクチンでは血清の中和活性がPreに比べてPostは2.3-13倍(図B)へ有意に上昇しました。いずれのJN.1株対応一価mRNAワクチンにおいても、オミクロンJN.1株やその子孫株、オミクロンXEC株など免疫逃避能の高い変異株に対しても中和抗体応答が認められたことから、これらのJN.1株対応一価mRNAワクチンは現在の流行株に対する感染予防効果、重症化予防効果が期待されます。
現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでおり、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
オミクロンJN.1株対応mRNAワクチン(ファイザー/ビオンテック製:図A、第一三共株式会社製:図B)の接種前(Pre)と接種後(Post)の血清中和抗体の中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の中和活性(NT50値)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。横軸括弧内の数字はそれぞれの変異株に対するNT50値の幾何平均を示し、上下の波線はそれぞれ中和抗体価の検出上限(29160倍)および下限(40倍)を示している。横軸上の数字は中和抗体価が検出感度以下の血清数を示している。また、図中にはワクチン接種前後のNT50値の上昇倍率を、ウィルコクソンの符号順位検定結果とともに赤字で示している。
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野佐藤 佳(教授)
瓜生 慧也(特任研究員)
郭 悠(特任助教)
研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」
論文情報
雑誌名 :The Lancet Infectious Diseases題 名 :Antiviral humoral immunity induced by JN.1 monovalent mRNA vaccines against SARS-CoV-2 omicron subvariants including JN.1, KP.3.1.1, and XEC
著者名 :瓜生 慧也#,郭 悠#,上蓑 善典, 藤原 宏, 斎藤 史武, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 佐藤 佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
DOI: 10.1016/S1473-3099(24)00810-7
URL: https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(24)00810-7/fulltext
研究助成
本研究は、佐藤佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)(パンデミックの 5W1H を理解するための研究)」、「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(ヒト高次培養評価系を用いたエムポックスウイルスー宿主相互作用の理解と治療薬・予防薬開発への応用, 重点感染症の病態発現と宿主の遺伝的背景の関連解析とその実証)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(100日でワクチンを提供可能にする革新的ワクチン評価システムの構築)」、日本学術振興会(JSPS)「国際共同研究加速基金(国際先導研究)(JP23K20041)」、JSPS 「基盤研究(A)(JP24H00607)」などの支援の下で実施されました。用語解説
(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(注2)オミクロンJN.1株対応1価mRNAワクチン
オミクロンJN.1株のスパイクタンパク質の設計図となるメッセンジャーRNA(mRNA)を有効成分とする1価ワクチン。
(注3)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2の主にスパイクタンパク質の細胞への結合を阻害し、ウイルス感染を中和する作用がある。
(注4)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。
(注5)監視下の変異株(VUM:variants under monitoring)
新型コロナウイルスの変異株のうち、世界保健機関(WHO)が指定する今後流行拡大の可能性が懸念される変異株。
問合せ先
〈研究に関する問合せ〉国立大学法人東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html
〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/