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SARS-CoV-2オミクロンXEC株のウイルス学的特性の解明

発表のポイント
  • 2024年10月現在、オミクロンBA.2.86株の子孫株である「オミクロンXEC株」が世界各地で流行を拡大しつつある。
  • 本研究は、オミクロンXEC株の伝播力、培養細胞における感染性、液性免疫からの逃避能を明らかにした。
  • オミクロンXEC株は、オミクロンKP.3.3株への自然感染により誘導された中和抗体に対して、現在の主流行株であるオミクロンKP.3.1.1株よりも高い逃避能を有し、高い伝播力(実効再生産数)を有することが分かった。
    図:オミクロンXEC株は既存の流行株よりも高い伝播力を示す
 

 概要

東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) consortium」(注1)は、現在流行が拡大しつつある「オミクロンXEC株」の流行動態や免疫抵抗性等のウイルス学的特性を明らかにしました。XEC株は、「オミクロンKS.1.1株」および「オミクロンKP.3.3株」の組み換えにより誕生した変異株で、世界保健機関(WHO)により「監視下の変異株(currently circulating variants under monitoring,VUM)」(注2)に分類されています。

統計モデリング解析により、オミクロンXEC株は、現在の流行株であるオミクロンKP.3.1.1株よりも高い実効再生産数(注3)を示すことを複数の地域において確認しました。また、感染中和試験の結果、オミクロンXEC株は、これまでのオミクロン系統の流行株(XBB.1.5株、JN.1株およびKP.3.3株)の既感染もしくはブレイクスルー感染(breakthrough infection, BTI)(注4)によって誘導される中和抗体(注5)に対してオミクロンKP.3株より高い逃避能を示し、特にKP.3.3株BTI誘導中和抗体に対しては、オミクロンKP.3.1.1株より高い逃避能を示すことが分かりました。

本研究成果は2024年11月6日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。


 発表内容       

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2024年10月現在、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人以上を死に至らしめています。これまでにワクチン接種が進み、世界的にも感染者数や死亡者数は減少傾向にあるものの、現在も種々の変異株の出現が相次いでおり、2019年末に突如出現したこのウイルスの収束の兆しは未だ見えていません。

2023年11月に出現したオミクロンBA.2.86株の子孫株「オミクロンJN.1株(別名:BA.2.86.1.1)」の感染が世界中で急速に拡大し、世界保健機関(WHO)より注目すべき変異株(variants of interest, VOI)(注6)に指定されました。2024年10月現在、オミクロンJN.1株の子孫株「オミクロンKP.3.1.1株(別名:JN.1.11.1.3.1.1)」による感染拡大が主流となっており、さらにオミクロンKS.1.1株(JN.13.1.1.1) とオミクロンKP.3.3株(JN.1.11.1.3.3)のゲノムの遺伝子組み換え(注7)により、スパイク(S)タンパク質(注8)の22番目のアミノ酸がスレオニン(T)からアスパラギン酸(N)に置換された変異(S:T22N変異)と59番目のアミノ酸がフェニルアラニン(F)からセリン(S)に置換された変異(S:F59S変異)を持つ派生株「オミクロンXEC株」(図1)が急速に流行を拡大しています。
図1: オミクロンXEC株はオミクロンKS.1.1株とオミクロンKP.3.3株の組み換え体である

オミクロンXEC株とオミクロンKS.1.1株、オミクロンKP.3.3株のゲノムを比較している。オミクロンXEC株の遺伝子組み換えは21,738–22,599番目のDNA配列で起こっている。


本研究ではオミクロンXEC株の流行拡大のリスクおよびウイルス学的特性を明らかにするため、まずウイルスゲノム疫学調査情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロンXEC株の実効再生産数を推定しました。その結果、この変異株の実効再生産数は、現在の主流行株であるオミクロンKP.3.1.1株よりも高いことが複数の地域において確認されました(図2)。これは、オミクロンXEC株が今後さらに流行を拡大していく可能性を示しています。
図2:オミクロンXEC株は既存の流行株よりも高い伝播力を示す

公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いて各変異株の実効再生産数(伝播力の指標)を推定した。縦軸は変異株の実効再生産数を、オミクロンKP.3.1.1株の値を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。


 次に、培養細胞におけるウイルスの感染性を評価しました。オミクロンXEC株はKP.3株と比較して高い感染価を示しました(図3)。
図3: オミクロンXEC株はオミクロンKP.3株よりも高い感染価を示す

SARS-CoV-2変異株それぞれのSタンパク質を発現したウイルスの感染価を評価した。縦軸はオミクロンKP.3株の感染価を100%としたウイルスの感染価を示しており、値が高いほど感染価が強いことを意味する。グラフ上部の(*)はStudentのt検定(両側検定)による有意差(p<0.05)を示している。


次に、これまでのオミクロン系統の流行株(XBB.1.5株、JN.1株およびKP.3.3株)の既感染もしくはブレイクスルー感染(breakthrough infection, BTI)により誘導された中和抗体が、オミクロンKP.3.1.1株に対して感染中和活性を示すか検証しました。その結果、試験した全ての血清でオミクロンXEC株はオミクロンKP.3株に比べ高い中和抵抗性を示しました。また、オミクロンKP.3.3株感染により誘導される中和抗体に対してオミクロンXEC株はオミクロンKP.3.1.1株に比べても高い中和抵抗性を示しました(図4)。
図4: オミクロンXEC株は感染により誘導される中和抗体に対してオミクロンKP.3株よりも抵抗性を示す

オミクロンXBB.1.5株、オミクロンKP.3.3株のブレイクスルー(BTI)感染、オミクロンJN.1株への感染によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。横軸括弧内の数字はそれぞれの変異株に対するNT50値の中央値を示し、横軸上の数字は中和抗体価が検出感度以下(40倍)の血清数を示している。また、図中にオミクロンKP.3株と比較した際の中和抗体に対する抵抗性倍率を黒字で示し、ウィルコクソンの符号順位検定で有意差がみられなかったものを灰色で示している。さらにオミクロンXEC株ではオミクロンKP.3.1.1株との抵抗性倍率をオミクロンKP.3株との抵抗性倍率の後に赤字で記載し、有意差がみられない場合、抵抗性倍率を灰色で示している。


以上のことから、オミクロンXEC株は現在流行中のオミクロンKP.3.1.1変異株と比較して、より高い免疫逃避能を獲得していることが明らかとなりました。

この変異株は今後全世界に拡大し、流行の主体になる可能性が懸念されています。そのため、有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) consortium」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。


 発表者・研究者等情報       

東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
佐藤 佳 教授
郭 悠 特任助教
奥村 佳穂 技術補佐員
川久保 修佑 特任研究員
瓜生 慧也 特任研究員
陳 犖 大学院生
小杉 優介 日本学術振興会特別研究員、大学院生
伊東 潤平 准教授

ヒトレトロウイルス学共同研究センター熊本大学キャンパス 分子ウイルス・遺伝学分野
池田 輝政 准教授
MST Monira Begum 特別研究員
Sharee Leong 大学院生

研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) consortium」


 論文情報       

雑誌名 :The Lancet Infectious Diseases
題 名 :Virological characteristics of the SARS-CoV-2 XEC variant
著者名 :郭 悠#, 奥村 佳穂#, 川久保 修佑, 瓜生 慧也, 陳 犖, 小杉 優介, 上蓑義典, MST Monira Begum, Sharee Leong, 池田 輝政, 貞升健志, 浅倉弘幸, 長島真美, 吉村和久, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 伊東 潤平, 佐藤 佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
DOI : 10.1016/S1473-3099(24)00731-X
URL : https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(24)00731-X/fulltext


 研究助成       

本研究は、佐藤佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)(パンデミックの 5W1H を理解するための研究)」、「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(ヒト高次培養評価系を用いたエムポックスウイルスー宿主相互作用の理解と治療薬・予防薬開発への応用, 重点感染症の病態発現と宿主の遺伝的背景の関連解析とその実証)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(100日でワクチンを提供可能にする革新的ワクチン評価システムの構築)」、日本学術振興会(JSPS)「国際共同研究加速基金(国際先導研究)(JP23K20041)」、JSPS 「基盤研究(A)(JP24H00607)」、伊東 潤平准教授に対する科学技術振興機構(JST)「さきがけ(JPMJPR22R1)」、JSPS 「若手研究(JP23K14526)」などの支援の下で実施されました。
 

 用語解説

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) consortium 」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)監視下の変異株(VUM:currently circulating variants under monitoring)
ウイルスの特性に影響を与えると思われる遺伝子変異を持つものの、表現型や疫学的な影響の証拠は現時点では不明である変異株。

(注3)実効再生産数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いている。

(注4)ブレイクスルー感染(BTI:breakthrough infection)
新型コロナウイルスワクチンを2回接種したのち、2週間以上経ってからSARS-CoV-2に感染すること。

(注5)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2の主にスパイクタンパク質の細胞への結合を阻害し、ウイルス感染を中和する作用がある。

(注6)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。

(注7)ゲノムの遺伝子組み換え
SARS-CoV-2などのRNAウイルスにおいて、ゲノム(遺伝情報全体)の一部の遺伝子が2種類以上の同種もしくは近縁ウイルス間で組換わること。それにより新たなウイルスゲノムが生じる。

(注8)スパイク(S)タンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞に侵入するために必要な構造タンパク質。現在使用されている新型コロナウイルスワクチンの主な標的となっている。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html

〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

国立大学法人熊本大学 総務部総務課広報戦略室
https://www.kumamoto-u.ac.jp/

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