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14日を超えるヒト胚の体外培養についてどのように議論を深めるべきか? ――体外受精・顕微授精経験者の声からみえてきたもの――

発表のポイント
  • 体外受精・顕微授精経験者に対して、ヒト胚の14日を超える体外培養の是非についてフォーカス・グループ・インタビューを行いました。
  • 体外受精・顕微授精経験者は、ヒト胚の14日を超える体外培養を肯定的に受け止めていましたが、一定の懸念を抱えたものであることが明らかになりました。
  • ヒト胚研究のルールのあり方を検討する際、ステークホルダーである体外受精・顕微授精経験者の意見を聞くことが必要です。実際に意見を聞く際の配慮事項も示しました。

 概要

東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター公共政策研究分野の木矢幸孝特任研究員、渡部沙織特任研究員、武藤香織教授らの研究グループ、早稲田大学法学部の原田香菜講師、理化学研究所生命医科学研究センターの由井秀樹研究員、藤田医科大学橋渡し研究支援人材統合教育・育成センターの八代嘉美教授は、体外受精・顕微授精経験者22名(女性15名、男性7名)に対して、ヒト胚の14日を超える体外培養についてどのように捉えているかを明らかにしました。

体外受精・顕微授精経験者はヒト胚の14日を超える体外培養を肯定的に受け止めており、肯定的な評価の理由として6つの理由があることを特定しました。ただし、その理由には複数の選択肢の比較に基づく消極的な理由も含まれており、一定の懸念を抱えたものであることが明らかになりました。また、ヒト胚の14日を超える体外培養に対して、否定的な評価を下す方々もおり、その理由として2つのテーマが特定されました。

本研究成果は、2024年9月20日、「Regenerative Therapy」(オンライン版)に公開されました。


 発表内容       

研究の背景と目的
1980年代にヒト胚の受精後14日以降もしくは原始線条の形成以降の体外培養を禁止する、「14日ルール」が確立し、国際的に広がりました。また、当時から近年まで、ヒト胚の14日を超える体外培養は技術的に不可能でした。しかし、2016年以降、14日を超える体外培養が技術的に可能になりつつあることが海外の研究で示唆されました。ヒト胚培養の進歩と、このような研究が人間の健康と福祉を増進する有益な知見をもたらす可能性を踏まえ、2021年5月、国際幹細胞学会(International Society for Stem Cell Research: ISSCR)は「幹細胞研究・臨床応用に関するガイドライン」を改訂し、14日を超えた体外培養を禁止項目から外しています。

ただし、ISSCRは、無条件に緩和したのではなく、「各国の科学アカデミー、学会、研究助成機関、規制当局に対し、このような研究を許可することによる科学的意義と社会的・倫理的課題について社会との議論 (public conversations) をリードするよう求める。国や地域の法域内で社会から広範な支持が得られ、政策や規制によって容認されるならば、専門的な科学的・倫理的監視プロセスによって、科学的目的に照らし、14日を超えて培養することが必要かつ正当性を有するかどうかを検討し得る」と慎重な姿勢を示しています(国際幹細胞学会「幹細胞研究・臨床応用に関するガイドライン(2021)」、推奨2.2.2.1を参照)(注1)。

著者らは、「社会との議論」を進めるために、ヒト胚研究の進展に関する人々の態度に着目し、2023年にヒト胚の14日を超える体外培養に関する一般市民と研究者を対象にした量的調査の結果を公表しています。しかし、ヒト胚研究の大切なステークホルダーであり、研究用にヒト胚の提供を依頼されうる体外受精・顕微授精経験者が、ヒト胚の14日を超える体外培養をどのように捉えているかは、これまで明らかにされていませんでした。

そこで、本研究の目的は、体外受精・顕微授精経験者を対象に、14日ルール延長の評価や、近年研究が進展している胚モデル(注)の使用に関する評価を明らかにすることで、彼ら・彼女らを交えた「社会との議論」に資する知見を得ることとしました。熟議民主主義のアプローチを採用し、日本全国から22名の参加者を集めたオンライングループインタビューを実施し、14日を超えるヒト胚の体外培養についてどのように議論を深めていくべきかを検討しました。

方法
日本在住の体外受精・顕微授精経験者22名(女性15名、男性7名)に対して、フォーカス・グループ・インタビューを実施し、ヒト胚の14日を超える体外培養と胚モデルを研究に用いることについて、どのように評価しているか、その理由を含めて尋ねました。インタビューは、2022年10月9日、16日、28日にオンラインで行われました。調査対象者の募集にあたり、特定非営利活動法人Fineの協力を得ました。加えて、インタビューの実施にあたり、科学コミュニケーション研究所の協力を得ました。

結果
〈ヒト胚の14日を超える体外培養について〉
著者らは、調査協力者である体外受精・顕微授精経験者に14日ルールに関する情報を提供した後、ヒト胚の14日を超える体外培養についての評価を聞きました。1回目の評価として、「評価できる」「どちらかというと評価できる」「どちらかというと評価できない」「評価できない」の4段階で評価してもらいました。約1時間の討議後、2回目の評価として同様の4段階で評価してもらいました。
その結果、1回目では22名中21名(95.5%)が14日ルールを延長することを肯定的に評価しました。約1時間の討論後、2回目の評価では22名中19名(86.4%)が肯定的な態度を維持しました。14日ルールの延長に肯定的な評価をする理由として、6つのテーマが特定されました。6つテーマは以下の表1の通りです。

表1 ヒト胚の14日を超える体外培養に対する肯定的評価と否定的評価のテーマ

調査協力者の多くは、不妊治療と医学研究の進展を期待して肯定的に評価していました(テーマ1)。しかし、複数の選択肢の比較に基づく消極的な理由も含まれており、ヒト胚が滅失される予定がある場合、ヒト胚を無駄にしないことを重視する(テーマ2)、研究の進展と停滞を比較した場合に研究の進展には社会的な価値がある(テーマ3)などが挙げられていました。また、14日という区切り方が曖昧ゆえに14日以上の体外培養を認めうる(テーマ4)、科学者を信頼して委ねる必要がある(テーマ5)、ルールが厳しい場合、研究者が暴走することを懸念して、ルールには柔軟性を持たせる必要がある(テーマ6)など、ガバナンスの観点から受容する意見もみられました。このように、本調査の結果からは肯定的な評価には6つの理由があることが示されました。

一方、ヒト胚の14日を超える体外培養については、否定的な評価も下されていました。その理由としては、再生医療や幹細胞研究の内容理解の難しさ(テーマ7)、胚が発育しなかった自己の経験に基づいた、初期の14日間を対象とした研究の重視(テーマ8)が挙げられていました。

〈胚モデルの研究利用について〉
胚モデルの研究利用について、22名中16名(72.7%)が肯定的に評価していました。しかし、肯定的な評価をしている人の中でも、胚モデルに対する倫理的な抵抗感や胚モデルを用いた研究結果に対する不信感も語られており、肯定的な評価を下すからといって懸念がないわけではないことが示唆されました。

考察
体外受精・顕微授精経験者は、ヒト胚の提供者になりうるだけでなく、将来、再生医療や幹細胞研究の恩恵を受ける可能性もある重要なステークホルダーです。彼ら・彼女らを巻き込んだ、ヒト胚研究のルールの策定に向けて、著者らは政府や科学者コミュニティに次のような提案を行いました。即ち、政府および科学コミュニティは、研究についての十分な知識を提供する必要があること、胚モデルに対する抵抗感や不信感など多様な意見に耳を傾ける必要があること、体外受精・顕微授精経験者の心理的な安全を確保する環境が必要であること、体外受精・顕微授精経験者の肯定的な意見のみに基づいて14日ルールを早急に延長することは避けなければならないことです。

本論文の限界と今後の展望
本調査は、ヒト胚の14日を超える体外培養と胚モデルの研究利用に対する認識について、ヒト胚の提供者の立場である日本の体外受精・顕微授精経験者を対象に初めて明らかにしてものです。しかし、フォーカス・グループ・インタビュー(質的調査)という方法上の制約から、調査結果の一般化には限界があります。今後は体外受精・顕微授精経験者を対象にした量的調査も必要です。

また、2023年の著者らの調査ではヒト胚の14日を超える体外培養に関する一般市民と研究者を対象にした量的調査の結果が公表されていますが、それらの人びとの評価の理由は体外受精・顕微授精経験者と何が共通で何か異なるのでしょうか。この点も今後検討が必要だと考えています。

〇関連情報:
「ヒト胚を14日以上培養する研究についての意識調査」(2023/3/27)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/content/000007689.pdf


 発表者・研究者等情報      

東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター 公共政策研究分野
武藤 香織 教授
渡部 沙織 特任研究員
木矢 幸孝 特任研究員

早稲田大学法学部
原田 香菜 講師

理化学研究所 生命医科学研究センター
由井 秀樹 研究員
兼:山梨大学大学院総合研究部医学域 社会医学講座 特任助教

藤田医科大学 橋渡し研究支援人材統合教育・育成センター
八代 嘉美 教授


 論文情報       

雑誌名:Regenerative Therapy
題 名:Attitudes of patients with IVF/ICSI toward human embryo in vitro culture beyond 14 days
著者名:Yukitaka Kiya*, Saori Watanabe, Kana Harada, Hideki Yui, Yoshimi Yashiro, Kaori Muto
*責任著者
DOI:10.1016/j.reth.2024.09.005
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352320424001664 


 研究助成       

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム 再生医療の実現化支援課題「再生医療研究とその成果の応用に関する倫理的課題の解決支援(JP22bm0904002)」、厚生労働行政推進調査事業費補助金・成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業(健やか次世代育成総合研究事業)「生殖・周産期に係る倫理的・法的・社会的課題(ELSI:Ethical, Legal and Social Issues)の検討のための研究(JPMH22DA2002)」、公共政策研究分野運営費の支援を受けて実施されました。
 

 用語解説

(注1)国際幹細胞学会「幹細胞研究・臨床応用に関するガイドライン(2021)」、推奨2.2.2.1
「1. 倫理の基本原則」「2. 実験室で行うヒト胚性幹細胞研究、胚研究、および関連する研究活動」「3. 幹細胞研究のクリニカル・トランスレーション」「4. コミュニケーション」「5. 幹細胞研究の規格」 の5つの章により構成される。この中では総計96の推奨(recommendation)が示されている。「推奨2.2.2.1」は「幹細胞研究・臨床応用に関するガイドライン(2021)」における推奨の一つである。

(注2)胚モデル
胚そのものではないが、胚のような機能の再現やモデル化を目指したもの。国際幹細胞学会(ISSCR)は胚モデルを「胚のすべての種類の細胞で作成する統合胚モデル」と「一部の細胞が欠損した非統合胚モデル」の2種類に分類している。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター公共政策研究分野
教授 武藤 香織(むとう かおり)、特任研究員 木矢 幸孝(きや ゆきたか)

〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

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