English
Top

SARS-CoV-2オミクロンKP.3株、LB.1株、 KP.2.3株のウイルス学的特性の解明

発表のポイント
  • 2024年6月現在、オミクロンJN.1株の子孫株である「オミクロンKP.3株」、「オミクロンLB.1株」、「オミクロンKP.2.3株」が世界各地で流行を拡大しつつある。
  • 本研究は、オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株の伝播力、培養細胞における感染性、液性免疫からの逃避能を明らかにした。
  • オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株は、これらの親系統株であるオミクロンJN.1株と比べ、自然感染やワクチン接種により誘導された中和抗体に対して高い逃避能を有し、現在の主流行株であるオミクロンJN.1株やオミクロンKP.2株より高い伝播力(実効再生産数)を有することが分かった。
    図:オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株は
    既存の流行株よりも高い伝播力を示す
 

 発表概要

東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) consortium」(注1)は、世界保健機関(WHO)により「注目すべき変異株(variants of interest, VOI)」(注2)に分類されている「オミクロンJN.1株」から派生し、現在流行が拡大しつつある「オミクロンKP.3株」、「オミクロンLB.1株」、および「オミクロンKP.2.3株」の流行動態や免疫抵抗性等のウイルス学的特性を明らかにしました。

統計モデリング解析により、オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株は、現在の流行株であるオミクロンJN.1株よりも高い実効再生産数(注3)を示すことを複数の地域において確認しました。また、感染中和試験の結果、オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株は、これまでのオミクロン系統の流行株(XBB.1.5株、EG.5.株、HK.3株、およびJN.1株)の既感染もしくはブレイクスルー感染(breakthrough infection, BTI)(注4)、またはオミクロンXBB.1.5株対応1価ワクチン(注5)接種によって誘導される中和抗体(注6)に対してオミクロンJN.1株より高い逃避能を示すことが分かりました。

本研究成果は2024年6月28日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。


 発表内容       

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2024年6月現在、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人近くを死に至らしめています。これまでにワクチン接種が進み、世界的にも感染者数や死亡者数は減少傾向にあるものの、現在も種々の変異株の出現が相次いでおり、2019年末に突如出現したこのウイルスの収束の兆しは未だ見えていません。

2023年8月中旬、当時流行していたオミクロンXBB系統株と系統的に大きく異なる「オミクロンBA.2.86株」が新たに出現しました。オミクロンBA.2.86株はその親系統株であるオミクロンBA.2株と比較して、スパイク(S)タンパク質(注7)に30ヶ所以上もの変異を持っています。その後オミクロンBA.2.86株は世界各地で緩やかに流行を拡大していき、2023年11月に世界保健機関(WHO)より注目すべき変異株(variants of interest, VOI)に指定されています。

同月からはオミクロンBA.2.86株の子孫株でSタンパク質の455番目のアミノ酸がロイシン(L)からセリン(S)に置換された変異(S:L455S変異)を持つ「オミクロンJN.1株(別名:BA.2.86.1.1)」の感染が世界中で急速に拡大しました。現在、オミクロンJN.1株から派生した「オミクロンKP.2株(別名:JN.1.11.1.2)」、「オミクロンKP.3株(別名:JN.1.11.1.3)」、「オミクロンLB.1株(別名:JN.1.9.2.1)」、および「オミクロンKP.2.3株(別名:JN.1.11.1.2.3)」が流行を拡大しています。

本研究ではオミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株の流行拡大のリスク、およびウイルス学的特性を明らかにするため、まずウイルスゲノム疫学調査情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株の実効再生産数を推定しました。その結果、これら3種類の変異株の実効再生産数は、現在の主流行株であるオミクロンJN.1株よりも高いことが複数の地域において確認されました(図1)。これは、オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株が今後さらに流行を拡大していく可能性を示しています。
図1. オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株は
既存の流行株よりも高い伝播力を示す

公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いて各変異株の実効再生産数(伝播力の指標)を推定した。縦軸は変異株の実効再生産数を、オミクロンJN.1株の値を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。


次に、培養細胞におけるウイルスの感染性を評価しました。オミクロンKP.3株は親系統株であるオミクロンJN.1株と比較して低い感染価を示しましたが、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株はオミクロンJN.1株と同等の感染価を示しました(図2)。
図2. オミクロンKP.3株は親系統株のオミクロンJN.1株よりも低い感染価を示し、
オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株はオミクロンJN.1株と同等の感染価を示す

SARS-CoV-2変異株それぞれのSタンパク質を発現したウイルスの感染価を評価した。縦軸はオミクロンJN.1株の感染価を100%としたウイルスの感染価を示しており、値が高いほど感染価が強いことを意味する。グラフ上部の(*)はStudentのt検定(両側検定)による有意差(p<0.01)を示し、NSは有意差のない(not significant)ことを示している。


次に、これまでのオミクロン系統の流行株(XBB.1.5株、EG.5.株、HK.3株、およびJN.1株)の既感染もしくはブレイクスルー感染(breakthrough infection, BTI)によって誘導された中和抗体が、オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、およびオミクロンKP.2.3株に対して感染中和活性を示すか検証しました。同様に、これら3つの変異株に対する、オミクロンXBB.1.5株対応1価ワクチン接種により誘導される中和抗体の感染中和活性についても検証しました。その結果、試験した全ての中和抗体でオミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株に対する感染中和活性は既存の流行株に対するものに比べ有意に減弱していました。さらにオミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株はオミクロンKP.2株よりも高い中和抵抗性を示しました(図3,4)。
図3. オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株は既感染、ブレイクスルー感染(BTI)により誘導される中和抗体に対してオミクロンJN.1株よりも抵抗性を示す

オミクロンXBB.1.5株、オミクロンEG.5.1株のブレイクスルー(BTI)感染、オミクロンHK.3株およびオミクロンJN.1株への感染によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。横軸括弧内の数字はそれぞれの変異株に対するNT50値の幾何平均を示し、横軸上の数字は中和抗体価が検出感度以下(40倍)の血清数を示している。また、図中にオミクロンJN.1株と比較した際の中和抗体に対する抵抗性倍率を赤字で示し、ウィルコクソンの符号順位検定結果の有意差(p<0.05)を(*)で示している。
オミクロンKP.2株と比較した際の中和抗体に対する抵抗性倍率を青字で示している。

 
図4. オミクロンKP.3株、オミクロンLB.1株、オミクロンKP.2.3株はオミクロンXBB.1.5株対応1価ワクチンにより誘導される中和抗体に対してオミクロンJN.1株よりも抵抗性を示す

オミクロン株対応1価ワクチンの接種前にオミクロンXBB系統の変異株に感染歴の無い群とある群それぞれの対象者において、オミクロンXBB.1.5株対応1価ワクチンによって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。縦軸はNT50を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。横軸括弧内の数字はそれぞれの変異株に対するNT50値の幾何平均を示し、横軸上の数字は中和抗体価が検出感度以下(40倍)の血清数を示している。また、図中にオミクロンJN.1株と比較した際の中和抗体に対する抵抗性倍率を赤字で示し、ウィルコクソンの符号順位検定結果の有意差(p<0.05)を(*)で示している。
オミクロンKP.2株と比較した際の中和抗体に対する抵抗性倍率を青字で示している。
 

以上のことから、オミクロンKP.2株、オミクロンKP.3株は現在流行中の親系統株であるオミクロンJN.1変異株と比較して、より高い免疫逃避能を保持し、さらにオミクロンLB.1株ならびにオミクロンKP.2.3株はオミクロンKP.2株より高い免疫逃避能を保持することが明らかとなりました。
これらの変異株は今後全世界に拡大し、流行の主体になる可能性が懸念されています。そのため、有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。


 発表者       

東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
佐藤 佳(教授)
郭 悠(特任助教)
Maximilian Stanley Yo(大学院生)
Jarel Elgin Tolentino(大学院生)
瓜生 慧也(特任研究員)
奥村 佳穂(技術補佐員)
伊東 潤平(准教授)

研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」


 論文情報       

〈雑誌〉The Lancet Infectious Diseases
〈題名〉Virological characteristics of the SARS-CoV-2 KP.3, LB.1 and KP.2.3 variant
〈著者〉郭 悠#, Maximilian Stanley Yo#, Jarel Elgin Tolentino#, 瓜生 慧也#,奥村 佳穂#, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 伊東 潤平, 佐藤 佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
〈DOI〉 10.1016/S1473-3099(24)00415-8 
〈URL〉 https://doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00415-8 


 研究助成       

本研究は、佐藤佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)(JP24jf0126002)」、「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP24fk0108690)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, JP243fa627001h0003)、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(JP243fa727002)」、日本学術振興会(JSPS)「国際共同研究加速基金(国際先導研究)(JP23K20041)」、JSPS 「基盤研究(A)(JP24H00607)」、伊東 潤平准教授に対する科学技術振興機構(JST)「さきがけ(JPMJPR22R1)」、JSPS 「若手研究(JP23K14526)」などの支援の下で実施されました。
 

 用語解説

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
SARS-CoV-2の流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。

(注3)実効再生産数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いている。

(注4)ブレイクスルー感染(BTI:breakthrough infection)
新型コロナウイルスワクチンを2回接種したのち、2週間以上経ってからSARS-CoV-2に感染すること。

(注5)オミクロンXBB.1.5株対応1価ワクチン
オミクロンXBB.1.5株のスパイクタンパク質の設計図となるメッセンジャーRNA(mRNA)を有効成分とする1価ワクチン。

(注6)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2の主にスパイクタンパク質の細胞への結合を阻害し、ウイルス感染を中和する作用がある。

(注7)スパイク(S)タンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞に侵入するために必要な構造タンパク質。現在使用されている新型コロナウイルスワクチンの主な標的となっている。

(注8)監視下の変異株(variants under monitoring, VUM)
新型コロナウイルスの変異株のうち、世界保健機関(WHO)が指定する今後流行拡大の可能性が懸念される変異株。

 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html

〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
 

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:611KB)