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発表内容
東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター 河岡義裕 機構長らの研究グループは、2024年3月に米国の乳牛で検出された高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスの動物での病原性および感染伝播性、受容体への結合性を評価しました。H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルス(注1)はヒトに感染することは稀であり、ヒトからヒトへと飛沫伝播は起こしませんが、ヒトに感染した場合には重篤な症状を引き起こし、50%程度の致死率を有します。2020年から現在に至るまで、H5N1亜型 (clade 2.3.4.4b)の高病原性鳥インフルエンザウイルスが世界的に流行しており、ヒトを含む様々な哺乳類への感染例も報告されております。2024年3月以降、米国の12の州の乳牛においてH5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの感染例が報告されています。ウイルスに感染した牛の乳汁、体液を介したヒトへの感染例も報告されており、ヒトでのウイルスの感染拡大が懸念されています。
本研究では、牛由来高病原性鳥インフルエンザウイルス(Cow-H5N1)のマウスでの病原性を解析しました。マウスに経鼻的にウイルスを感染させて体重変化と50%マウス致死量(Mouse lethal dose 50: MLD50)(注2)を評価したところ、MLD50は31.6 感染価(注3)であり、本ウイルスはマウスに対して強い病原性を有していることがわかりました。続いて、マウスでのウイルスの増殖性を評価しました。マウスに牛由来高病原性鳥インフルエンザウイルス(Cow-H5N1)、ヒトに対して強い病原性を有している高病原性鳥インフルエンザウイルス(VN1203-H5N1)、季節性のヒトインフルエンザウイルス(Isumi-H1N1)の3種類をマウスに経鼻的に感染させ、3日目と6日目に全身の臓器中のウイルス量を測定しました。その結果、季節性インフルエンザウイルスは呼吸器のみでウイルスが検出された一方で、Cow-H5N1とVN1203-H5N1は脳や筋肉を含む全身の臓器でウイルスの増殖が認められました(図1)。また、同様の実験をフェレットでも行ったところ、フェレットにおいてもCow-H5N1は全身の臓器で増殖しました。これらの結果から、牛由来高病原性鳥インフルエンザウイルスはマウスおよびフェレットで強い病原性を有していることが明らかになりました。

当研究室は鳥インフルエンザウイルスを含む牛乳を摂取したマウスが発症することを報告しました(Guan et al, NEJM, 2024)が、ウイルスが授乳を介して垂直感染するか不明でした。そこで、感染した母マウスの授乳を介して仔マウスが感染するのかどうかを調べました。母マウスに100PFUのCow-H5N1を感染した後、仔マウスと同じケージで飼育し、感染後4日、7日、9日時点で母マウスと仔マウスの臓器中のウイルス量を測定しました。その結果、感染後7日、9日時点で仔マウスからウイルスが検出されました(図2)。また、感染した母マウスと同じケージに成マウスを同居した条件では、同居した成マウスからウイルスは検出されなかったことから、感染した母マウスの乳汁を介して仔マウスにウイルスが感染した(垂直感染)と考えられました。

続いて、牛由来高病原性鳥インフルエンザウイルスがフェレットからフェレットへ飛沫伝播するかどうかを調べました。2匹のフェレットを直接接触しないように置かれたケージで飼育し、一方のフェレット(感染群)にCow-H5N1を経鼻的に感染させ、飛沫を介してウイルスがフェレット(暴露群)に感染するかどうかを継時的に鼻腔スワブを採取して評価しました。その結果、暴露群の4匹のフェレットからは感染性のCow-H5N1は検出されなかったものの、暴露後21日時点で赤血球凝集抑制試験(注4)を行ったところ、暴露群の1匹のフェレットでCow-H5N1に対する抗体価が上昇していることがわかりました(図3)。この結果から、感染性のウイルスは鼻腔スワブで検出されなかったものの、Cow-H5N1はフェレット同士で低効率で飛沫伝播することがわかりました。フェレット同士で飛沫感染を起こすことがわかっている季節性のH1N1インフルエンザウイルス(Isumi-H1N1)は、4ペア中4ペアで飛沫感染が確認されました。


以上の結果から、牛由来高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスはマウスおよびフェレットに強い病原性を有していること、乳汁を介して垂直感染すること、低効率ながらフェレット間で飛沫伝播すること、さらにヒト型受容体に結合することが明らかになりました。本研究を通して得られた成果は、現在米国および世界中で流行しているclade 2.3.4.4bに属するH5N1鳥インフルエンザウイルスへの対策および、将来のインフルエンザウイルスによるパンデミック対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。
本研究は7月8日、英国科学誌「Nature」(オンライン版)に公表されました。
発表者
東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター河岡 義裕 特任教授/機構長
兼:
国立国際医療研究センター研究所 国際ウイルス感染症研究センター長
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門 特任教授
論文情報
雑誌名:Nature論文タイトル:Pathogenicity and Transmissibility of Bovine H5N1 Influenza Virus
著者名:Amie J. Eisfeld*, Asim Biswas*, Lizheng Guan*, Chunyang Gu*, Tadashi Maemura*, Sanja Trifkovic, Tong Wang, Lavanya Babujee, Randall Dahn, Peter J. Halfmann, Tera Barnhardt, Gabriele Neumann, Yasuo Suzuki, Alexis Thompson, Amy K. Swinford, Kiril M. Dimitrov, Keith Poulsen, Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者 ¶:責任著者
〈DOI〉10.1038/s41586-024-07766-6
〈URL〉https://www.nature.com/articles/s41586-024-07766-6
研究助成
本研究は、東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター、国立国際医療研究センター、東京大学医科学研究所、静岡県立大学、米国ウィスコンシン大学、米国Heritage Vet Partners、米国Texas A&M Veterinary Medical Diagnostic Laboratoryが共同で実施し、日本医療研究開発機構(AMED)、新興・再興感染症研究基盤創生事業 (中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究)ならびに、AMED SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))の一環として行われました。用語解説
(注1)鳥インフルエンザウイルスA、B、C、D型の4種類に分類されるインフルエンザウイルスの中で、A型インフルエンザウイルスは、変化しやすく過去に世界的な大流行(パンデミック)を起こしてきた。ウイルス表面にある2つの糖たんぱく質、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性の違いにより、さらに細かく亜型が分類されている。現在までに、HAでは18種類(H1からH18)、NAでは11種類(N1からN11)の亜型が報告されており、本研究で対象としたH5N1はH5亜型、N1亜型に分類されるA型インフルエンザウイルスのことをいう。
鳥インフルエンザはA型インフルエンザウイルスが原因となり生じる鳥の病気である。鳥インフルエンザウイルスは家禽に対する病原性を指標に、低病原性と高病原性に分類される。低病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した家禽は無症状か軽い呼吸器症状、下痢、産卵率の低下を示す程度であるが、高病原性鳥インフルエンザウイルスでは重篤な急性の全身症状を呈して、ほぼ100%の家禽が死亡する。
(注2)50%マウス致死量(Mouse lethal dose 50: MLD50)
半数のマウスが死亡する量。ここでは半数のマウスが死亡するウイルス量のことをいう。
(注3)感染価
感染性ウイルスの量
(注4)赤血球凝集抑制試験
一定量のウイルスと段階的に希釈した血清を混合させ、どの希釈濃度までインフルエンザウイルスの赤血球凝集反応を抑制するかで、抗体量を測定する試験。
問合せ先
〈研究に関する問合せ〉東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター
河岡 義裕 (かわおか よしひろ)特任教授/機構長
兼:
国立国際医療研究センター研究所 国際ウイルス感染症研究センター長
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門 特任教授
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html
〈報道に関する問合せ〉
東京大学新世代感染症センター(広報)
https://www.utopia.u-tokyo.ac.jp/
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
https://www.ncgm.go.jp/