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ナノポアを用いたアデノ随伴ウイルスベクター分析技術の開発 ――簡易かつ高性能な遺伝子治療用製品の品質管理が可能に――

発表のポイント
  • 成果:ナノポア技術を用いてアデノ随伴ウイルスベクター(AAVベクター)に含まれる完全体、中間体、中空粒子を簡易かつ詳細に判別する技術を開発した。
  • 新規性:これまでのAAVベクター計測法と比べ、圧倒的に少量のサンプルを非破壊で高性能に解析できるようになった。
  • 社会的意義、将来の展望:少量のサンプルから簡易に解析ができるため、品質管理にかかる費用が抑制され、遺伝子治療用製品の価格を抑える効果が期待される。さらに、技術が進歩すれば、これまではわからなかったAAVベクターの詳細な特徴を解析できるようになり、高品質な遺伝子治療用製品の開発につながることが期待される。
    ナノポアセンサと通過するAAVベクター
 

 発表概要

東京大学医科学研究所附属遺伝子細胞治療センター分子遺伝医学分野の岡田尚巳教授、恒川雄二助教、和田美加子特任研究員、名古屋大学未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所の有馬彰秀特任講師、馬場嘉信特任教授、大阪大学産業科学研究所の筒井真楠准教授、川合知二招へい教授らによる共同研究グループは、固体ナノポア法を用いてAAVベクター粒子の形状を詳細に解析する技術を開発しました。

固体ナノポア法は、半導体技術で作製した微小な穴(ナノポア)を、粒子が通過するときに発生するイオン電流を計測することで、通過する粒子を非破壊で検出・識別する方法です。今回の論文では、ナノ細孔の材料・構造設計と計測条件を最適化し、透過電子顕微鏡に匹敵するレベルの感度で水中にある微小物体の測長を可能にするナノポアセンサを開発しました。これにより、AAVベクターは封入されるDNAの長さによりその粒子径を僅かに変えることが世界で初めてわかりました。この実験結果を応用することにより、AAVベクターなどの遺伝子治療用製品の品質管理に応用されることが期待されます。

本研究成果は2024年6月5日、米国科学誌「ACS Nano」オンライン版で公開されました。
図1:ナノポアセンサの動作原理(左)。AAVベクターがナノポアを通過する際に生じるイオン電流変化を計測し、その電流波形からベクターの粒径を計算する(右)。

 


 発表内容       

〈研究の背景〉
遺伝子治療は、ウイルスまたは非ウイルス性ベクターを用いて、患者の遺伝子機能を増強または修正するために必要な導入遺伝子を導入する治療法です。非増殖性の小型ウイルスベクターであるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは、分裂細胞と非分裂細胞の両方における高い感染性、非分裂細胞における長期の遺伝子発現、血清型に依存した組織対流性、比較的低い免疫原性などの特徴をもち、遺伝子治療用製品およびワクチンモダリティとして注目されています。東京大学医科学研究所附属遺伝子細胞治療センター分子遺伝医学分野では、これまでにAAVベクターの効率的な製造工程開発、安全性を高めるための品質管理技術開発などに取り組んできました。AAVベクターの品質管理技術は、安全なAAVベクターを製造する上で欠かせない技術ですが、解析に必要なベクター量が多量かつ、高い精製度が求められるなどの課題がありました。これらの課題を解決するため、本共同研究チームは個体ナノポア技術を応用することで、少量のAAVベクターを簡便かつ高精度で品質管理できる技術の開発を始めました。

〈研究の内容〉
固体ナノポア法は、半導体技術で作製した微小な穴(ナノポア)を、粒子が通過するときに発生するイオン電流を計測することで、通過する粒子を非破壊で検出・識別する方法です(図1)。イオン電流測定を用い、AAVベクターが固体ナノポア内を移動する際の動きを追跡したところ、異なるカプシド(血清型)を持つAAVベクターを1分子レベルで判別することが可能であることがわかりました(図2)。さらに条件検討を進めると、AAVベクター内に内包されたDNAの長さによりAAVベクターのナノチャネル内移動時に計測されるイオン電流が異なることが新たにわかりました。そこで、さまざまな長さのDNAを内包したAAVベクターを作製し、イオン電流を比較したところ、DNAを全く含まない空のAAVベクターのイオン電流が最も小さく、DNAの長さが長くなるに従ってイオン電流も大きくなることがわかりました(図3)。イオン電流の大きさはナノチャネル内を通過する物体の大きさに比例するため、今回の結果によりAAVベクターは内包するDNAの長さによってその直径を変化させることが世界で初めて明らかになりました。

〈今後の展望〉
今回の発見は、固定ナノポアを用いて少量のAAVベクターを簡便かつ高精度で測定する技術を開発しました。現在は比較的高い精製かつ高濃度なサンプルが必要なため、今後はさらに低濃度かつ夾雑物を含むサンプルでも計測できるようにシステムを改良することが求められていくと思われます。このような計測機器の発展は単一粒子レベルでのAAVベクターの品質管理を可能とし、遺伝子治療やワクチンにおけるAAVベクターの使用を加速する事に貢献できると考えられます。
図2:ナノポアで計測したイオン電流とナノポアの電子顕微鏡像

電圧が-0.2 V(赤)ではベクターがナノポアを通過しないが、+0.2 V(青)では水流方向に従ってベクターが通過しイオン電流の変化を測定できる。

 
図3:直径66 nmのナノポアを用いて様々な長さのDNAを内包したAAVベクターを測定した結果

空ベクター、2599、3000、3500、4000、4800塩基を持つAAV9ベクターをナノポアで検出した。得られたイオン電流信号の波高からベクター粒径を計算し、その大きさがDNAの長さと比例関係にあることを明らかにした。


 発表者       

東京大学医科学研究所 附属遺伝子・細胞治療センター 分子遺伝医学分野
岡田 尚巳(教授)
恒川 雄二(助教)
和田 美加子(特任研究員)
 
佐々木 貴子 〈東京大学 医科学研究所 遺伝子・細胞治療センター 分子遺伝医学分野 学術専門職員〉
 
群馬大学
坂本 賢司〈東京大学 医科学研究所 遺伝子・細胞治療センター 分子遺伝医学分野 研究実習生〉
 
大阪大学 産業科学研究所
川合 知二(教授)
筒井 真楠(准教授)
 
名古屋大学 未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所
馬場 嘉信(特任教授)〈名古屋大学 未来社会創造機構 ナノライフシステム研究所 教授〉
有馬 彰秀(特任講師)〈名古屋大学 未来社会創造機構 ナノライフシステム研究所 特任講師〉
 
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 健康医工学研究部門
横田 一道(研究員)


 論文情報       

〈雑誌〉 ACS Nano
〈題名〉 Identifying viral vector characteristics by nanopore sensing
〈著者〉 Makusu Tsutsui✝, Mikako Wada✝, Akihide Arima✝, Yuji Tsunekawa✝,*, Takako Sasaki, Kenji Sakamoto, Kazumichi Yokota, Yoshinobu Baba, Tomoji Kawai, and Takashi Okada* (✝equally first authors, *corresponding authors)
〈DOI〉 10.1021/acsnano.4c01888


 研究助成       

本研究は、AMED 「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業/遺伝子治療製造技術開発 遺伝子・細胞治療用ベクターのプラットフォーム製造技術開発(JP21ae0201001、JP21ae0201005)」科研費「固体ナノポアを用いた単一生体粒子マルチオミクス測定法の創成(課題番号:22H01926)」、「1細胞物性を絶対値化する多段ポアデバイスの開発(課題番号:22K04893)」「複雑脳発生を明らかにする新規組み換え酵素ノックイン技術の開発(課題番号:20K06464」「アデノ随伴ウイルスベクター基盤技術開発と脳神経疾患に対する遺伝子細胞療法(課題番号:20H03788」」の支援により実施されました。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 附属遺伝子・細胞治療センター 分子遺伝医学分野
 
東海国立大学機構 名古屋大学未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所
特任講師 有馬 彰秀(ありま あきひで)
 
 
〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
 
東海国立大学機構 名古屋大学広報課

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