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SARS-CoV-2オミクロンJN.1株のウイルス学的特性の解明

発表のポイント
  • 2023年12月現在、オミクロンBA.2.86株の子孫株である「オミクロンJN.1株」が世界各地で流行を拡大しつつある。
  • 本研究は、オミクロンJN.1株の伝播力、培養細胞における感染性、液性免疫への逃避能を明らかにした。
  • オミクロンJN.1株は、自然感染やワクチン接種により誘導される中和抗体に対して高い逃避能を有し、現在の主流株の一つであるオミクロンEG.5.1株より高い伝播力(実効再生産数)を有することが分かった。
    図:オミクロンJN.1株は既存の流行株よりも高い伝播力を示す

 発表概要

東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注1)は、WHOにより「注目すべき変異株(variants of interest, VOI)」(注2)に分類されている「オミクロンBA.2.86株」の子孫株である「オミクロンJN.1株」の流行動態や免疫抵抗性等のウイルス学的特性を明らかにしました。

統計モデリング解析により、オミクロンJN.1株は、現在の流行株であるオミクロンEG.5.1株、HK.3株および先祖株であるBA.2.86株よりも高い実効再生産数(注3)を示すことを複数の地域において確認しました。また、オミクロンJN.1株は、オミクロンXBB系統株のブレイクスルー感染(BTI:breakthrough infection)(注4)やオミクロンXBB.1.5株対応1価ワクチン(注5)接種によって誘導される中和抗体(注6)に対してオミクロンBA.2.86株より強い抵抗性を示すことが分かりました。

本研究成果は2024年1月3日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。
 

 発表内容       

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2023年12月現在、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人近くを死に至らしめています。これまでにワクチン接種が進み、世界的にも感染者数や死亡者数は減少傾向にあるものの、現在も種々の変異株の出現が相次いでおり、2019年末に突如出現したこのウイルスの収束の兆しは未だ見えていません。

2021年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロン株(B.1.1.529系統およびBA系統)」は、同年11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。しかし、2022年1月には、世界の多数の国々においてオミクロン株の派生株であるオミクロンBA.2株が各地で検出され、日本を含めた世界各国の主流行株となりました。その後、オミクロンBA.2株は急速に多様化し、オミクロンXBB株を含む複数のオミクロン亜株が相次ぎ出現してきました。

2022年末以降は、オミクロンXBB系統がさらに多様化し、オミクロンXBB.1.5株などさまざまなオミクロンXBB系統の変異株が主に流行していました。しかし、2023年8月中旬に現在の流行株であるオミクロンXBB株とは系統的に大きく異なるオミクロンBA.2.86株が同定され、複数の地域から検出されるようになりました。オミクロンBA.2.86株は、オミクロンBA.2株の子孫株であるものの、オミクロンBA.2株と比較して、スパイク(S)タンパク質(注7)に30ヶ所以上もの変異が認められます。その後オミクロンBA.2.86株は世界各地で緩やかに流行を拡大していったことから、2023年7月にオミクロンXBB系統の変異株であるEG.5.1株とその子孫株であるHK.3株とともに世界保健機関(WHO)より注目すべき変異株(variants of interest, VOI)に指定されています。

11月時点で、オミクロンBA.2.86株の子孫株であるオミクロンJN.1株(別名:BA.2.86.1.1)の感染が世界中で急速に拡大しています。オミクロンJN.1株はオミクロンBA.2.86株と比較して、Sタンパク質の455番目のアミノ酸がロイシン(L)からセリン(S)に置換された変異(S:L455S変異)を有しており、オミクロンJN.1株の持つS:L455S変異が流行の拡大に重要であると予想されます。

本研究ではオミクロンJN.1株の流行拡大のリスク、およびウイルス学的特性を明らかにするため、まずウイルスゲノム疫学調査情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロンJN.1株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロンJN.1株の実効再生産数は、現在の主流行株であるオミクロンEG.5.1株やHK.3株よりも高いことが複数の地域において確認されました(図1)。これは、今後オミクロンJN.1株が主流行株のひとつになり得る可能性を示しています。
図1. オミクロンJN.1株は既存の流行株よりも高い伝播力を示す

公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いて各変異株の実効再生産数(伝播力の指標)を推定した。縦軸は変異株の実効再生産数を、オミクロンEG.5.1株の値を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。


次に、培養細胞におけるウイルスの感染性を評価しました。オミクロンJN.1株は先祖株のオミクロンBA.2.86株と比較してS:L455S変異というたった一つのアミノ酸の違いしかないにも関わらず、オミクロンBA.2.86株より高い感染価を示しました(図2)。
図2. オミクロンJN.1株は先祖株のオミクロンBA.2.86株よりも高い感染価を示す

SARS-CoV-2変異株それぞれのSタンパク質を発現したウイルスの感染価を評価した。縦軸はオミクロンBA.2.86株の感染価を100%としたウイルスの感染価を示しており、値が高いほど感染価が強いことを意味する。


オミクロンXBB系統株であるオミクロンXBB.1.5株およびオミクロンEG.5.1株のブレイクスルー感染よって誘導される中和抗体の中和活性についても検証しました。その結果、オミクロンJN.1株は、いずれの中和抗体に対しても先祖株であるオミクロンBA.2.86株よりもそれぞれ3.8倍高い中和抵抗性を示すことがわかりました。

同様にオミクロンJN.1株はオミクロンEG.5.1株の子孫株であるオミクロンHK.3株に比べ、XBB.1.5株およびオミクロンEG.5.1株のブレイクスルー感染よって誘導される中和抗体に対して、それぞれ2.6倍、3.1倍高い中和抵抗性を示しました(図3)。さらにオミクロンXBB.1.5株対応1価ワクチンにより誘導される中和抗体に対してもオミクロンJN.1株は、オミクロンBA.2.86株よりも3.6倍-4.5倍高い中和抵抗性を示しました(図4)。
図3. オミクロンJN.1株はオミクロンXBB.1.5株、オミクロンEG.5.1株のブレイクスルー感染により誘導される中和抗体に対して抵抗性を示す

オミクロンXBB.1.5株ならびにオミクロンEG.5.1株のブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。図中にオミクロンJN.1株の中和抗体に対する抵抗性倍率を、括弧内の統計検定結果のP値とともに示している。

図4. オミクロンJN.1株はオミクロンXBB.1.5株対応1価ワクチンにより誘導される中和抗体に対して抵抗性を示す

オミクロンXBB系統株感染または非感染の対象者においてオミクロン株対応1価ワクチンによって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。ワクチン接種前(Pre)とワクチン接種後(Post)の中和活性を示している。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。図中にオミクロンJN.1株の中和抗体に対する抵抗性倍率を、括弧内の統計検定結果のP値とともに示している。


以上のことから、オミクロンJN.1株は高い免疫逃避能を保持することが明らかとなりました。この変異株は今後全世界に拡大し、流行の主体になる可能性が懸念されています。そのため、有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
 

 発表者

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野
佐藤 佳(教授)
郭 悠(特任助教)
奥村 佳穂(技術補佐員、大学学部生)
小杉 優介(日本学術振興会特別研究員、大学院生)
瓜生 慧也(日本学術振興会特別研究員、大学院生)
Alfredo Hinay, Jr.(特任研究員)
陳 犖(大学院生)
Arnon Plianchaisuk (特任研究員)
伊東 潤平(准教授)

東京大学医科学研究所 ワクチン科学分野
石井 健(教授)
小檜山 康司(准教授)

研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」


   論文情報

〈雑誌〉The Lancet Infectious Diseases
〈題名〉Virological characteristics of the SARS-CoV-2 JN.1 variant
〈著者〉郭 悠#,奥村 佳穂#, Miguel Padilla-Blanco, 小杉 優介, 瓜生 慧也, Alfredo Hinay, Jr.,Arnon, 陳 犖, Arnon Plianchaisuk, 小檜山 康司, 石井 健, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, Jiri Zahradnik, 伊東 潤平, 佐藤 佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
〈DOI〉10.1016/S1473-3099(23)00813-7
〈URL〉https://doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00813-7
 

 研究助成

本研究は、佐藤 佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP22fk0108146, JP21fk0108494, JP21fk0108425, JP21fk0108432)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, JP223fa627001)、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(JP223fa727002)」、科学技術振興機構(JST) CREST(JPMJCR20H4)、伊東 潤平准教授に対するJSTさきがけ(JPMJPR22R1)などの支援の下で実施されました。


 用語解説

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。

(注3)実効再生産数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いている。

(注4)ブレイクスルー感染(BTI:breakthrough infection)
新型コロナウイルスワクチンを2回接種したのち、2週間以上経ってからSARS-CoV-2に感染すること。

(注5)オミクロン株対応1価ワクチン
オミクロン株XBB.1.5のスパイクタンパク質の設計図となるメッセンジャーRNA(mRNA)を有効成分とする1価ワクチン。

(注6)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2の主にスパイクタンパク質の細胞への結合を阻害し、ウイルス感染を中和する作用がある。

(注7)スパイク(S)タンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞に結合するために必要な構造タンパク質。現在使用されている新型コロナウイルスワクチンの主な標的となっている。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html

〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/
 

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