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FLip変異を保持するSARS-CoV-2オミクロンHK.3株の ウイルス学的特性解析

発表のポイント
  • 2023年11月以降、オミクロンEG.5.1株の子孫株である「オミクロンHK.3株」が世界各地で流行してきた。
  • 本研究は、オミクロンHK.3株の伝播力、培養細胞における感染性、液性免疫への逃避能を明らかにした。
  • オミクロンHK.3株は、自然感染により誘導される中和抗体に対して高い逃避能を有し、現在の主流株の一つであるオミクロンEG.5.1株より高い伝播力を有することが分かった。
    図:オミクロンHK.3株は中国、日本、アメリカなど、世界各地で流行が拡大しつつある

 発表概要

東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注1)は、WHOにより「注目すべき変異株(variants of interest, VOI)」(注2)に分類されている「オミクロンEG.5.1株」の子孫株である「オミクロンHK.3株」の流行動態や免疫抵抗性等の特徴を明らかにしました。まず、統計モデリング解析により、オミクロンHK.3株の実効再生産数(注3)は、現在の流行株のひとつであるオミクロンEG.5.1株に比べておよそ1.1倍高いことを見出しました。また、オミクロンHK.3株は、オミクロンXBB子孫株のブレイクスルー感染(注4)によって誘導される中和抗体(注5)に対してオミクロンEG.5.1株より強い抵抗性を示すことが分かりました。

本研究成果は2024年1月11日、英国科学雑誌「The Lancet Microbe」オンライン版で公開されました。
 

 発表内容       

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2024年1月現在、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人近くを死に至らしめています。これまでにワクチン接種が進み、世界的にも感染者数や死亡者数は減少傾向にあるものの、現在も種々の変異株の出現が相次いでおり、2019年末に突如出現したこのウイルスの収束の兆しは未だ見えていません。

2021年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロンBA.1株」は、同年11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。しかし、2022年1月から世界各国で、オミクロン株の派生株であるオミクロンBA.2株が検出され、日本を含めた世界の多数の国々に拡がり、オミクロンBA.2株が主流行株となりました。その後、オミクロンBA.2株は急速に多様化し、オミクロンBA.5株、BA.2.75株、BQ.1.1株、そしてXBB株など、複数のオミクロン亜株が相次ぎ出現してきました。そして現在、オミクロンXBB株の子孫株であるオミクロンXBB.1.5株、XBB.1.9株、XBB.1.16株、EG.5.1株(別名:XBB.1.9.2.5.1)が世界中で猛威を奮っており、世界保健機関(WHO)はオミクロンXBB.1.5株、XBB.1.16株、EG.5.1株を注目すべき変異株(variants of interest, VOI)に、オミクロンXBB.1.9株を監視下の変異株(variants under monitoring, VUM)(注6)に、それぞれ指定しています。

2023年11月以降、オミクロンEG.5.1株の子孫株であるオミクロンHK.3株(別名:XBB.1.9.2.5.1.1.3)の感染が世界各地で拡大してきました。オミクロンHK.3株はスパイクタンパク質にL455F変異とF456L変異を保持しており、FLip変異株(注7)の1つとされています。このようなFLip変異株は現在まで収斂的に出現してきており、この2つの変異が変異株の流行の拡大に重要であると予想されます。

本研究ではFLip変異株の一つであるオミクロンHK.3株の流行拡大のリスク、およびウイルス学的特性を明らかにするため、まずウイルスゲノム疫学調査情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロンHK.3株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロンHK.3株の実効再生産数は、現在の主流行株であるオミクロンXBB.1.5株に比べておよそ1.3倍、オミクロンEG.5.1株に比べておよそ1.1倍高いことを明らかにしました(図1)。これは、今後オミクロンHK.3株が主流行株のひとつになり得る可能性を示しています。

図1. オミクロンHK.3株はオミクロンXBB派生株よりも高い伝播力を示す

公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いてウイルスの伝播力を推定した。縦軸は各ウイルスの伝播力を、オミクロンXBB.1.5株の伝播力を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。


一方で、ウイルスの培養細胞における感染性を評価したところ、オミクロンHK.3株はオミクロンEG.5.1株と同程度の感染価を示しました(図2)。この結果から、オミクロンHK.3株の実効再生産数の上昇は、感染性の上昇によるものではないことがわかりました。

図2. オミクロンHK.3株はオミクロンEG.5.1株と同程度の感染価を示す

オミクロンHK.3株のスパイクタンパク質を発現したウイルスの感染価を評価した。縦軸はウイルスの感染価を示している。オミクロンEG.5.1株の感染価を100%として、値が高いほど感染価が強いことを意味する。


次に、4つのオミクロンXBB子孫株 (オミクロンXBB.1.5株、オミクロンXBB.1.9株、オミクロンXBB.1.16株、オミクロンEG.5.1株)のブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体の中和活性についても検証しました。その結果、オミクロンHK.3株は、いずれの中和抗体に対してもオミクロンEG.5.1株よりも高い中和抵抗性を示すことがわかりました(図3)。

図3. オミクロンHK.3株はオミクロンXBB株のブレイクスルー感染により誘導される中和抗体に対して抵抗性を示す

4つのオミクロンXBB子孫株 (オミクロンXBB.1.5株、オミクロンXBB.1.9株、オミクロンXBB.1.16株、オミクロンEG.5.1株)のブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。括弧内の数字は各ウイルスに対するNT50の幾何平均をそれぞれ示している。


以上のことから、オミクロンHK.3株は高い免疫逃避能を保持することが明らかとなりました。この変異株は今後全世界に拡大し、流行の主体になる可能性が懸念されております。そのため、有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。


 発表者       

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野
佐藤 佳(教授、一般社団法人G2P-Japan 代表理事)
小杉 優介(日本学術振興会特別研究員、大学院生)
Arnon Plianchaisuk (特任研究員)
Olivia Putri(留学生(インターン))
瓜生 慧也(日本学術振興会特別研究員、大学院生)
郭 悠(特任助教)
Alfredo Hinay, Jr(特任研究員)
伊東 潤平(助教)

研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」


 論文情報       

〈雑誌〉The Lancet Microbe
〈題名〉Characteristics of the SARS-CoV-2 omicron HK.3 variant harbouring the FLip substitution
〈著者〉小杉 優介#, Arnon Plianchaisuk#, Olivia Putri#, 瓜生 慧也, 郭 悠, Alfredo Hinay, Jr,倉持 仁, 貞升 健志, 吉村 和久, 浅倉 弘幸, 長島 真美, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 伊東 潤平, 佐藤 佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
〈DOI〉10.1016/S2666-5247(23)00373-7
〈URL〉https://www.thelancet.com/journals/lanmic/article/PIIS2666-5247(23)00373-7/fulltext


 研究助成       

本研究は、佐藤 佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP22fk0108146, JP21fk0108494, JP21fk0108425, JP21fk0108432)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, JP223fa627001)、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(JP223fa727002)」、科学技術振興機構(JST) CREST(JPMJCR20H4)、伊東 潤平助教に対するJSTさきがけ(JPMJPR22R1)などの支援の下で実施されました。
 

 用語解説

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。

(注3)実効再生産数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いている。

(注4)ブレイクスルー感染
新型コロナウイルスワクチンを2回接種したのち、2週間以上経ってから感染してしまうこと。

(注5)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を中和する作用がある。

(注6)監視下の変異株(variants under monitoring, VUM)
新型コロナウイルスの変異株のうち、世界保健機関(WHO)が指定する今後流行拡大の可能性が懸念される変異株。

(注7)FLip変異株
オミクロンXBB株の子孫株のうち、スパイクタンパク質にL455F変異、F456Lを保持する変異株。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html

〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

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