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CK2核内移行により形成されたCK2複合体が細胞周期特異的な遺伝子発現ネットワークを活性化する

 

 研究成果の発表について      

CK2(慣用名 Casein Kinase 2)は、セリン・スレオニンキナーゼ(タンパクリン酸化酵素)の一つです。 CK2 は全ての真核生物において主に細胞質に存在することが知られており、酵母やマウスの遺伝子改変実験から CK2 は生存と増殖に必須であること、ヒト癌試料を用いた解析から種々癌組織において CK2 mRNA もしくはタンパクレベルが増大することが報告されてきました。一方で、CK2 活性制御の仕組みや細胞質以外のさまざまな細胞内局在の詳細については不明な点が多く残されハウスキーピング酵素のように考えられてきました。私たちはこれまでに CK2 タンパク質の細胞核内への蓄積が乳癌再発等のがん悪性化と関連することを見出して来ましたが、その生物学的意義は不明でした。本研究では CK2 タンパク質が細胞周期進行に伴い核内へ移行し、細胞周期特異的な遺伝子ネットワークを活性化することを、プロテオーム解析、エピゲノム解析、分子生物学的実験、さまざまなアプローチを併用して明らかにしました。本研究は今後の CK2 を標的としたがんの治療戦略の基盤となることが期待されます。本研究についての論文が Life Science Alliance 誌(欧州分子生物学研究機構、EMBO Press)出版に先立ち、オープンアクセス版 (2023 年 10 月 31 日)となりましたので、お知らせいたします。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究戦略的推進プログラム事業ならびに医療研究開発推進事業費補助金、等の公的研究費支援(本間美和子代表)により実施されました。


 研究成果のポイント

1. 正常ヒト由来線維芽細胞の細胞周期を同調的に移行させる実験系を用い G0 期から G1 期を経由してDNA 複製を行う S 期までの間に、一部の CK2 がリン酸化され細胞質から核内へ移行し活性化されることを見出しました。リン酸化プロテオミクス技術により CK2 分子内リン酸化部位複数箇所を同定し特にCK2 アミノ酸配列7番目のセリン残基リン酸化が、CK2 核移行と活性化へ関与することが分かりました。

2. 核における CK2 複合体をプロテオミクス技術により同定したところ、CK2 は細胞周期特異的に転写因子などの構成要素と連携することが判明し、核における遺伝子発現へ関与することが示唆されました。

3. 抗 CK2 抗体によるクロマチン免疫沈降実験(CK2-ChIP-Seq)を行い、CK2 が転写調節に直接関与すると考えられるゲノム領域を明らかにしました。その結果、転写がアクティブな状態にあるゲノム領域、代表例としては、ヒストン遺伝子座やリボソーマル DNA 遺伝子座等の転写開始点(TSS)近傍へ CK2 がリクルートされることを見出しました。


 研究の背景

我々グループはこれまでに、癌抑制遺伝子 APC の機能を解析する過程で APC タンパクがリン酸化されることを見出し、その責任キナーゼとして CK2 を同定しました。APC と CK2 は細胞周期進行後半 G2 から M 期特異的に相互作用しますが、その結果 CK2 活性が正常型 APC タンパクにより抑制されること、さらにその下流で CK2 が翻訳開始因子 eIF5 をリン酸化することで細胞周期進行を制御することなどを示し、細胞内での CK2 挙動とリン酸化ターゲットが細胞周期進行と密接に関連することを明らかにしてきました。また mTORC1 complex を CK2 がリン酸化し制御することが報告されるなど、細胞の置かれた環境から導かれるリン酸化反応は厳密に制御されており、生命活動の根幹を担うシグナルの一つと考えられています。我々グループは、正常細胞における細胞周期進行プロセスならびに癌細胞増殖過程において、細胞質中の CK2 が細胞核内へ移行する現象を捉えていましたが、ヒト乳癌術時試料の免疫組織化学的解析によって”核小体”と呼ばれる核内局所での明瞭な CK2 集積が観察される乳癌症例では術後数年を経た後の再発と関連すること、統計学的に唯一の独立変数であることを見出し、乳癌予後マーカーとしての新規性を 2021 年に初めて報告しました。 

CK2 が高等生物の生存に必須であることはマウス個体で遺伝学的に証明されていましたが、癌との関連性については CK2 遺伝子導入マウス個体の 6%(n = 9/139)が血液癌のひとつ T lymphoma を発症したとの報告を端緒に、頭頸部癌などでは CK2 局在が変化し核内発現量が増える傾向にあること、多種類の癌で CK2 mRNA やタンパクレベルの増大が予後不良と関連する事が報告されています。現在、欧米ではCK2 特異的阻害薬 CX-4945 を用いた臨床治験が進行中で 胆嚢癌、リンパ腫、乳癌、子宮癌、他臓器への転移を伴う再発癌等の多様な癌疾患を対象として、治療効果への検証が進められています。


 研究の概要

本研究は、ヒト由来正常細胞が細胞周期を進行させるプロセスにおいて CK2 の一部が核内へ移行すること(図 1)、その際に高度なリン酸化を受けること、核内における CK2 複合体がその構成要素であるタンパク質を細胞周期特異的に変化させ、遺伝子発現を調節する可能性を明らかにしました(図 1)。
図1:細胞周期進行に伴うCK2分子一部プールの核移行

細胞周期進行の時系列に分けて解析した生化学的プロテオミクス解析技術(*)や、分子生物学的手法である CK2-ChIP-Seq 解析(*)により、CK2 がリクルートされるゲノム上の特定遺伝子座(gene locus)を同定し、CK2 分子がエピジェネティック(*)な転写調節に関与する可能性を世界で初めて示すことに成功しました。近年、PKC, ERK, CDK11 等、複数のプロテインキナーゼが細胞分化のプロセスや増殖因子等の外部刺激により核内へ移行し、ゲノム機能を直接コントロールすることが報告されていますが、ヒト正常細胞において細胞周期進行と関連する詳細な解析は本研究が初めての報告となります。図2に、細胞周期進行の DNA 合成期へ入る直前 G1 後期の CK2 を取巻くタンパク複合体を分離した後、プロテオミクス解析により同定して機能解析を行った結果を示しています。新生 RNA 成熟や遺伝子発現と関連する分子群やタンパク合成へ繋がるシグナル分子群(EIF2 signaling)であることが明らかになりました(図2上段)。さらに CK2-ChIP-Seq データから抽出されたゲノム遺伝子座について機能解析した場合も、遺伝子発現ならびにタンパク合成に関連する分子群の遺伝子座へ CK2 がリクルートされることが示されました(図2下段)。  

図2:核内CK2 complexes(上段)ならびにCK2-ChIP-Seqターゲット遺伝子(下段)のGO 解析結果
CK2 がリクルートされるターゲット遺伝子の一つであるヒストンは核内 DNA を機能的に格納する“ヌクレオソーム(*)”単位の主構成要素であり、DNA 複製前には複数種類のヒストンタンパク質を増産する必要があることが知られています。CK2 はヒストン遺伝子の転写促進に関与することが示唆されました。また、細胞周期進行に伴い遺伝子発現が変化する遺伝子群と照合すると、増殖期に増大する上位遺伝子群と CK2-ChIP-Seq 解析から得られた遺伝子座はほぼ一致し、ヒストン遺伝子座以外にも増殖関連遺伝子の一部の遺伝子座にも CK2 がリクルートされることを CK2-ChIP-qPCR 法によっても証明しました。なお、本論文では CK2-ChIP 解析をより詳細に検証する目的で、CRISPR-Cas9 システムを用いて CK2遺伝子をノックアウトした細胞を独自に樹立し解析に活用しました(図3)。 
図3:ヒストン遺伝子座におけるCK2-ChIP-Seq解析結果の一部(CK2遺伝子KO細胞の結果を併記)
CK2-ChIP-Seq データから CK2 リクルートメントは数個の遺伝子座だけではなくゲノム全体にわたることが示されたことから、細胞周期 G1 後期におけるゲノム上の CK2 分布全体像について、バイオインフォマティクス手法により相関係数を用いた階層的クラスタリングを行いました。DNA から mRNA への転写が活発に行われるアクティブな遺伝子領域についてのマーカー(RNA ポリメラーゼ II, H3K4 トリメチル, H3K27 アセチル等)、ならびに mRNA 転写が抑えられ不活性な遺伝子領域マーカーと比較するとCK2 は前者グループと似た分布を示すことが分りました。この結果から CK2 は活発な遺伝子発現が行われるゲノム領域へリクルートされることが明らかとなりました(図4)。 
図4:ChIP-Seqデータに基づくピアソン相関図
先行研究で得られた癌組織での CK2 核小体集積の知見については、そのメカニズムを解明する目的で、今回得られた CK2-ChIP-Seq データと、核小体機能に関して DDX21 分子のゲノム機能に関する既報デ ータを基にバイオインフォマティクス解析を行いました。核小体内にはリボソーマル遺伝子(rDNA)数百コピーが格納されていて精密な転写制御と順序だった RNA 成熟課程を経て細胞活動に必須なタンパク合成装置リボソームが産生され、いわば生命活動の根幹を担う生物機能の司令塔としても重要な役割を果たしていることが知られています。その一方で一部の rDNA しか転写されない等、高等生物においては未解明な部分も多い遺伝子です。今回の解析の結果、CK2 は rDNA 遺伝子座のプロモーター近傍へもリクルートされることが確認され, その遺伝子発現へ関与することが明らかとなりました。さらに核小体に局在するとされる RNA ヘリカーゼ DDX21 等の、クロマチンリモデリング因子と呼ばれるゲノム機能の動的変化へ関与する複数のタンパク群と CK2 が核内で相互作用することを、プロテオミクス解析、ならびに抗 CK2 抗体免疫沈降実験により検証しました。これまでにプロテオミクス解析により子宮頸癌由来Hela細胞の核小体精製画分中に CK2 を検出した報告がなされた他、AKT-CK2 シグナル活性化による RNA Pol I 関連転写因子”TIF-IA”のリン酸化が報告されています。本研究で、CK2 が核小体機能と関連する従来の知見へ分子生物学的な観点から検証を行った結果、CK2 が rDNA プロモーター近傍に作用し複数種類の核小体タンパクと相互作用し連携する可能性を示しており、rDNA 遺伝子発現の仕組みの一端をより詳細に明らかにすることが出来たと考えられます。

 

 今後の展望

本論文は正常細胞の培養細胞実験系を用いて, 細胞周期進行過程における生化学的なタンパク相互作用と分子生物学的なゲノム機能への関与について検証しました。本来は、厳密に制御されるべき  細胞内シグナル」、特に迅速なエネルギー反応とされる「リン酸化反応」における不具合や異常な亢進等は、癌疾患をはじめとする様々な病態と密接に関与することが予想されています。本論文で明らかにした正常な増殖過程における時系列ごとの CK2 相互作用分子群や、CK2 がリクルートされるゲノム上の特定遺伝子群が、多様な病態においてはどのように変化するのかについて今後検証を進めたいと考えています(図5)。特に癌疾患については、癌再発を予防する視点からの新規プラットフォーム創出へ繋がる方策を検討しています。本論文で提示した分子基盤的情報が、広くリポジトリーを通して活用され次の研究展開へ繋がることを願っています。
図5:CK2核内移行によるゲノムへのリクルートメントと遺伝子発現

 論文情報

論文タイトル:Cell cycle-dependent gene networks for cell proliferation activated by nuclear CK2α complexes. 細胞核内 CK2 複合体が細胞周期特異的な遺伝子発現ネットワークを活性化する 

著者:Miwako Kato Homma*, Ryuichiro Nakato, Atsushi Niida, Masashige Bando, Katsunori Fujiki, Naoko Yokota, So Yamamoto, Takeshi Shibata, Motoki Takagi, Junko Yamaki, Hiroko Kozuka-Hata, Masaaki Oyama, Katsuhiko Shirahige4 , Yoshimi Homma. 
本間美和子、八巻淳子、山元想、本間好:福島県立医科大学 
中戸隆一郎、横田直子:東京大学定量生命科学研究所 
新井田厚司:東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター 
坂東優篤、藤木克則:東京大学定量生命科学研究所 
柴田猛:株式会社 エービー・サイエックス 
髙木基樹:福島県立医科大学 医療・産業トランスレーショナルリサーチセンター 
尾山大明、秦裕子:東京大学医科学研究所 疾患プロテオミクスラボラトリー 
白髭克彦:東京大学定量生命科学研究所、カロリンスカ研究所 

掲載誌名:Life Science Alliance
DOI: 10.26508/lsa.202302077 
https://www.life-science-alliance.org/content/7/1/e202302077 
https://x.com/LSAjournal/status/1719377953883058397?s=20 
 

   お問い合わせ先

<研究に関すること> 
公立大学法人福島県立医科大学 医療研究推進課
https://www.fmu.ac.jp/ 

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国立大学法人 東京大学 医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報) 
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