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ミンク由来高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスの性状解析

発表のポイント
  • 2022年にスペインのミンク農場で発生した高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1亜型、clade 2.3.4.4b)のアウトブレイクで分離された2種類のウイルスを作製し、動物モデルで性状解析を行いました。
  • フェレットを用いてミンク由来H5N1ウイルスの飛沫伝播性を評価したところ、飛沫伝播は確認されませんでした。
  • マウスとフェレットを用いてミンク由来H5N1ウイルスの増殖性と病原性を評価した結果、ウイルスは呼吸器および、脳を含む呼吸器以外の臓器からも検出されました。またミンク由来H5N1ウイルスはマウスとフェレットに対して致死的な感染を引き起こすことがわかりました。

 発表内容       

東京大学国際高等研究所新世代感染症センター 河岡義裕 機構長らの研究グループは、スペインのミンク農場で発生した高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1亜型、clade 2.3.4.4b)(注1)のアウトブレイクで分離された2種類のウイルスを作製し、動物モデルでその性状解析を行いました。

H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスは、ヒトに感染すると重篤な症状を引き起こし、50%程度の致死率を有します。これまで分離された高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスは哺乳類間で飛沫を介して感染伝播しませんが、ウイルス表面のヘマグルチニン(HA)蛋白質に変異を獲得することによって哺乳類間で飛沫伝播を起こすようになることが報告されており、高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスによるパンデミックの発生が危惧されております。

2020年から現在に至るまで、H5N1亜型 (clade 2.3.4.4b)の高病原性鳥インフルエンザウイルスが世界的に流行しており、哺乳類への感染例も報告されております。2022年にはスペインのミンク農場でH5N1亜型の鳥インフルエンザウイルスが流行し、5万匹以上のミンクが殺処分されました。ミンク農場でのアウトブレイクでは、ミンクからミンクへとウイルスが感染拡大したことが示唆されていましたが、このウイルスが飛沫を介して感染伝播するのかどうかは不明でした。

本研究では、インフルエンザウイルスの飛沫伝播モデルであるフェレットを使用して、スペインのミンク農場で分離された高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルスが、フェレット間で飛沫を介して伝播するのかどうかを検証しました。またフェレットとマウスを用いて、本ウイルスの病原性および増殖性を解析しました。

はじめに、スペインのミンク農場で分離された2種類の高病原性H5N1鳥インフルエンザウイルス(A/mink/Spain/22VIR12774-13_3869-2/2022 (ミンク3869-2)およびA/mink/Spain/22VIR12774-14_3869-3/2022 (ミンク3869-3))をリバースジェネティクス法(注2)を用いて作製しました。それぞれのウイルスをマウスに経鼻的に感染させて体重変化と50%マウス致死量(Mouse lethal dose 50: MLD50)(注3)を評価したところ、ミンク3869-2(MLD50:48.1 PFU)とミンク3869-3ウイルス(MLD50:30.0 PFU)は類似した強い病原性を示しました(図1)。哺乳類に対する病原性が非常に強いH5N1鳥インフルエンザウイルスであるA/Vietnam/1203/2004(VN1203)(MLD50:2.2 PFU)と比較すると、ミンク由来H5N1ウイルスは病原性が低いことがわかりました(図1)。

次に、ミンク由来H5N1ウイルスがフェレットからフェレットへ飛沫伝播するかどうかを調べました。2匹のフェレットを直接的な接触が生じないように置かれたケージで飼育し、一方のフェレット(感染群)にミンク由来H5N1ウイルスを経鼻的に感染させ、飛沫を介してウイルスがフェレット(暴露群)に感染するかどうかについて、継時的に鼻腔スワブを採取して評価しました。その結果、ミンク由来H5N1ウイルスは暴露群のフェレットからは検出されず(3ペア中0ペア)、飛沫感染は確認されませんでした(図2)。フェレット同士で飛沫感染を起こすことがわかっている季節性のH1N1インフルエンザウイルスは、3ペア中3ペアで飛沫感染が確認されました(図2)。

続いてマウスとフェレットでのミンク由来H5N1ウイルスの増殖性を評価しました。その結果、ミンク3869-2およびミンク3869-3ウイルスは、呼吸器および脳を含む呼吸器以外の臓器での増殖が確認されました(図3)。
 
以上の結果から、スペインのミンク農場でアウトブレイクを起こしたH5N1亜型 (clade 2.3.4.4b)の高病原性鳥インフルエンザウイルスは、マウスおよびフェレットで強い病原性を有しているものの、哺乳類間で飛沫伝播する可能性は低いということが明らかになりました。これらの知見は、現在世界中で流行しているclade 2.3.4.4bに属するH5N1鳥インフルエンザウイルスへの対策および、将来のインフルエンザウイルスによるパンデミック対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。

本研究は10月7日、英国医学誌「eBioMedicine」(オンライン版)に公表されました。
 

 発表者

東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター 機構長
河岡 義裕(特任教授)〈東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門/
国立国際医療研究センター 研究所 国際ウイルス感染症研究センター長〉

   論文情報

〈雑誌〉 eBioMedicine (10月7日オンライン版)
〈題名〉 Characterization of highly pathogenic clade 2.3.4.4b H5N1 mink influenza viruses
〈著者〉 Tadashi Maemura*, Lizheng Guan, Chunyang Gu, Amie Eisfeld, Asim Biswas, Peter Halfmann, Gabriele Neumann, Yoshihiro Kawaoka¶
*: 筆頭著者 ¶: 責任著者
〈DOI〉 10.1016/j.ebiom.2023.104827
〈URL〉 https://www.thelancet.com/journals/ebiom/article/PIIS2352-3964(23)00393-6/fulltext

 研究助成

本研究は、東京大学、国立国際医療研究センター、ウィスコンシン大学マディソン校が共同で実施し、新興・再興感染症研究基盤創生事業 (中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究)ならびに、ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))の支援により行われました。
 

 用語解説

(注1)鳥インフルエンザウイルス
A、B、C、D型の4種類に分類されるインフルエンザウイルスの中で、A型インフルエンザウイルスは、変化しやすく過去に世界的な大流行(パンデミック)を起こしてきた。ウイルス表面にある2つの糖たんぱく質、ヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の抗原性の違いにより、さらに細かく亜型が分類されている。現在までに、HAでは18種類(H1からH18)、NAでは11種類(N1からN11)の亜型が報告されており、H5N1というのは、H5亜型、N1亜型に分類されるA型インフルエンザウイルスのことをいう。

鳥インフルエンザはA型インフルエンザウイルスが原因となり生じる鳥の病気である。鳥インフルエンザウイルスは家禽に対する病原性を指標に、低病原性と高病原性に分類される。低病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した家禽は無症状か軽い呼吸器症状、下痢、産卵率の低下を示す程度であるが、高病原性鳥インフルエンザウイルスでは重篤な急性の全身症状を呈して、ほぼ100%の家禽が死亡する。

(注2)リバースジェネティクス法
ウイルスゲノムから感染性ウイルスを人工的に作製する技術。

(注3)50%マウス致死量(Mouse lethal dose 50: MLD50)
半数のマウスが死亡する量。ここでは半数のマウスが死亡するウイルス量のことをいう。

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html

〈報道に関する問合せ〉
東京大学新世代感染症センター(広報)
https://www.utopia.u-tokyo.ac.jp/

東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
https://www.ncgm.go.jp/
 

 

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