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SARS-CoV-2オミクロンBA.2.86株の 伝播力、感染性および免疫抵抗性

発表のポイント
  • 2023年8月中旬、現在の主流行株であるオミクロンXBB株と系統学的に著しく異なる「オミクロンBA.2.86株」が同定され、この株が世界各地の水面下で流行していることが明らかとなった。
  • 本研究は、オミクロンBA.2.86株の伝播力、培養細胞における感染性、液性免疫への逃避能を明らかにした。
  • オミクロンBA.2.86株は、ワクチン接種や自然感染により誘導される中和抗体に対して高い逃避能を有し、現在の主流株の一つであるXBB.1.5株より高い伝播力を有することが分かった。
    オミクロンBA.2.86株はオミクロンXBB派生株よりも高い伝播力を示す

 発表概要

東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注1)は、WHOにより「監視下の変異株(variants under monitoring, VUM)」(注2)に分類されている新型コロナウイルス「オミクロンBA.2.86株」の流行動態や免疫抵抗性等の特徴を明らかにしました。まず、統計モデリング解析により、オミクロンBA.2.86株の実効再生産数(注3)は、現在の流行株のひとつであるオミクロンXBB.1.5株に比べておよそ1.3倍高いことを見出しました。また、オミクロンBA.2.86株は、ワクチン接種やオミクロンXBBブレイクスルー感染(注4)によって誘導される中和抗体(注5)、およびに治療用抗体医薬に対して極めて強い抵抗性を示すことが分かりました。

本研究成果は2023年9月18日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。
 

 発表内容       

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2023年9月現在、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人近くを死に至らしめています。これまでにワクチン接種が進み、世界的にも感染者数や死亡者数は減少傾向にあるものの、現在も種々の変異株の出現が相次いでおり、2019年末に突如出現したこのウイルスの収束の兆しは未だ見えていません。

2021年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロンBA.1株」は、同年11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。しかし、2022年1月から世界各国で、オミクロン株の派生株であるオミクロンBA.2株が検出され、日本を含めた世界の多数の国々に拡がり、オミクロンBA.2株が主流行株となりました。その後、オミクロン株は急速に多様化し、オミクロンBA.5株、BA.2.75株、BQ.1.1株、そしてXBB株など、複数のオミクロン亜株が相次ぎ出現してきました。そして現在、オミクロンXBB株の子孫株であるオミクロンXBB.1.5株、XBB.1.16株、EG.5.1株(別名:XBB.1.9.2.5.1)が世界中で猛威を奮っており、世界保健機関(WHO)はこれらの変異株を注目すべき変異株(variants of interest, VOI)に指定しています。

2023年8月中旬に、現在の流行株であるオミクロンXBB株(注6)とは系統的に大きく異なる変異株が同定され、複数の地域から検出されるようになりました。オミクロンBA.2.86株と命名されたこのウイルスは、オミクロンBA.2株の子孫株であるものの、オミクロンBA.2株と比較して、スパイク(S)タンパク質に30ヶ所以上もの変異が認められます。このウイルスの配列検出数は2023年8月末現在でおよそ100程度ですが、その変異の多さからWHOは2023年8月17日、この変異株を「監視下の変異株(variants under monitoring, VUM)」に指定しました。

本研究ではオミクロンBA.2.86株の流行拡大のリスク、ワクチンや抗体医薬の効果を明らかにするため、まず、デンマークのウイルスゲノム疫学調査情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロンBA.2.86株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロンBA.2.86株の実効再生産数は、現在の主流行株の一つであるオミクロンXBB.1.5株に比べておよそ1.3倍高いことを明らかにしました(図1)。
図1. オミクロンBA.2.86株はオミクロンXBB派生株よりも高い伝播力を示す

公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いてウイルスの伝播力を推定した。縦軸は各ウイルスの伝播力を、オミクロンXBB.1.5株の伝播力を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。


また、この値はオミクロンEG.5.1株と同程度に高い値であり、今後オミクロンBA.2.86株が流行株のひとつになり得る可能性を示しています。
次にオミクロンBA.2.86株に対する中和抗体の中和活性について実験的に検証しました。中和抗体はウイルスの感染を防ぐ重要な役割を持ちます。しかし、これまで流行している変異株の多くは中和抗体に対して抵抗性を示すようになっており、有効な感染対策を講じるためには流行株に対する中和抗体の活性を検証することが必要です。検証の結果、オミクロンBA.2.86株は、ワクチン接種によって誘導される中和抗体に対して極めて強い抵抗性を示し、この抵抗性の強さは現在の主流行株であるオミクロンEG.5.1株と同程度でした(図2)。
図2. オミクロンBA.2.86株はワクチン接種により誘導される中和抗体に対して抵抗性を示す

ワクチン接種によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(50% Neutralization titer)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。また、括弧内の数字は各ウイルスに対する50% Neutralization titerの幾何平均をそれぞれ示しており、グラフ内の点線の下の数字は50% Neutralization titerが検出限界以下だった検体数を示している。また、アスタリスクは従来株(B.1.1)に比べ、統計的有意に50% Neutralization titerの値が小さいものを示す。


また、祖先株であるオミクロンBA.2株に対して中和活性が認められる4種類の抗体医薬(ベブテロビマブ、ソトロビマブ、シルガビマブ、チクサゲビマブ)は、オミクロンBA.2.86株に対していずれも中和活性が認められませんでした(図3)。
図3. オミクロンBA.2.86株は抗体医薬に対して抵抗性を示す

オミクロンBA.2株に対して有効な抗体医薬の感染中和活性を評価した。縦軸はウイルスの感染価を示しており、抗体医薬非存在下での感染価を100%とした相対値を示しており、横軸に抗体医薬の濃度を示している。グラフ中の赤字の数字は、ウイルスの感染を50%阻害する抗体医薬の濃度を示し、値が小さいほど、そのウイルスに対する中和活性が高いことを示す。


さらに、オミクロンXBB株のブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体の中和活性についても検証しました。その結果、オミクロンBA.2.86株は、オミクロンEG.5.1株以上に中和されにくいことが分かりました(図4)。
図4. オミクロンBA.2.86株はオミクロンXBBブレイクスルー感染により誘導される中和抗体に対して抵抗性を示す

オミクロンXBBブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。縦軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(50% Neutralization titer)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。また、括弧内の数字は各ウイルスに対するNT50の幾何平均をそれぞれ示しており、グラフ内の点線の下の数字は50% Neutralization titerが検出限界以下だった検体数を示している。また、アスタリスクは従来株(B.1.1)に比べ、統計的有意に50% Neutralization titerの値が小さいものを示す。


これらの結果から、オミクロンBA.2.86株は、これまでの変異株の中で最も中和抗体に対する抵抗性を高めた変異株の一つであることが明らかになりました。

以上のことから、オミクロンBA.2.86株は、今後全世界に拡大していく可能性が懸念されており、さらに現在の中和抗体による感染防御の有効性も低いことが予想されるため、有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
 

 発表者

東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野
佐藤 佳(教授)
瓜生 慧也(日本学術振興会特別研究員、大学院生)
伊東 潤平(助教)
小杉 優介(日本学術振興会特別研究員、大学院生)
郭 子毅(特任研究員)
Alfredo Hinay, Jr(特任研究員)
Olivia Putri(留学生(インターン))
金 允珍(留学生(インターン))

宮崎大学農学部獣医学科 獣医微生物学研究室
齊藤 暁(准教授)
田中 友理(学部生)

ヒトレトロウイルス学共同研究センター(熊本大学キャンパス) 分子ウイルス・遺伝学分野
池田 輝政(准教授)
麦田 友佳(大学院生)
清水 凌(大学院生)
MST Monira Begum(大学院生)
Michael Jonathan(大学院生)

研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」

   論文情報

〈雑誌〉The Lancet Infectious Diseases
〈題名〉Transmissibility, infectivity, and immune resistance of the SARS-CoV-2 BA.2.86 variant
〈著者〉瓜生慧也#, 伊東潤平#, 小杉優介, 田中友理, 麦田友佳, 郭子毅, Alfredo HINAY, Jr, Olivia Putri, 金允珍, 清水凌, MST Monira Begum, Michael Jonathan, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 齊藤暁, 池田輝政, 佐藤佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
〈DOI〉10.1016/S1473-3099(23)00575-3
〈URL〉https://doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00575-3

 研究助成

本研究は、佐藤 佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP22fk0108146, JP21fk0108494, JP21fk0108425, JP21fk0108432)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, JP223fa627001)、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(JP223fa727002)」、科学技術振興機構(JST) CREST(JPMJCR20H4)、伊東 潤平助教に対するJSTさきがけ(JPMJPR22R1)などの支援の下で実施されました。
 

 用語解説

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)監視下の変異株(variants under monitoring, VUM)
新型コロナウイルスの変異株のうち、世界保健機関(WHO)が指定する今後流行拡大の可能性が懸念される変異株。

(注3)実効再生産数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いている。

(注4)ブレイクスルー感染
新型コロナウイルスワクチンを2回接種したのち、2週間以上経ってから感染してしまうこと。

(注5)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を中和する作用がある。

(注6)オミクロンXBB株
新型コロナウイルス「オミクロン株」の亜株のひとつ。現在世界中で流行している変異株(オミクロンXBB.1.5株、オミクロンXBB.1.16株、オミクロンEG.5.1株など)の祖先株。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html

〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

宮崎大学 企画総務部総務広報課
https://www.miyazaki-u.ac.jp/

熊本大学 総務部総務課広報戦略室
https://www.kumamoto-u.ac.jp/
 

 

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