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発表概要
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注1)は、新型コロナウイルスの「注目すべき変異株(VOI:variants of interest)」(注2)に分類されるオミクロンXBB系統株(注3)の一種「オミクロンEG.5.1株」のウイルス学的特性を、流行動態、感染性、免疫抵抗性等の観点から明らかにしました。まず、統計モデリング解析により、オミクロンEG.5.1株の実効再生産数(注4)は、現在の流行の主流株であるオミクロンXBB.1.5株に比べて1.2倍程度高いことを明らかにしました。また、オミクロンEG.5.1株の培養細胞における感染力が、オミクロンXBB.1.5株よりも低下していることを示しました。そして、オミクロンEG.5.1株はXBB株のブレイクスルー感染(注5)によって誘導される中和抗体(注6)に対してオミクロンXBB.1.5株の1.4倍高い抵抗性を示すことを明らかにしました。
本研究成果は2023年9月11日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」に掲載されました。
発表内容
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2023年8月現在、全世界において7.7億人以上が感染し、700万人近くを死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスは種々の変異株が相次いで出現しており、未だ収束の兆しは見えていません。2021年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルスオミクロンBA.1株は、同年11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。その後、オミクロン株は急速に多様化し、オミクロンBA.2株、BA.5株、BA.2.75株、BQ.1.1株、そしてXBB株などの様々なオミクロン亜株が相次ぎ出現してきました。2023年8月の時点では、オミクロンXBB株の子孫株であるオミクロンXBB.1.5株、XBB.1.16株、XBB.1.9.2株が世界中で猛威を奮っています。
2023年8月現在、アジア、北アメリカ諸国を中心にオミクロンXBB.1.9.2株の子孫株であるオミクロンEG.5.1株の感染が急激に増えています。そこで本研究では、急速に感染拡大が続くオミクロンEG.5.1株のウイルス学的特徴を明らかにするために、まず、ウイルスゲノム疫学調査情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロン株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロンEG.5.1株の実効再生産数は、現在の主流株であるオミクロンXBB.1.5株に比べて1.2倍程度高いことを明らかにしました(図1)。
公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いてウイルスの伝播力を推定した。Y軸は各ウイルスの伝播力を、オミクロンXBB.1.5株の伝播力を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。
その一方で、ウイルスの培養細胞における感染性を評価したところ、オミクロンEG.5.1株はオミクロンXBB.1.5株より有意に低い感染価を示しました(図2)。
オミクロンEG.5.1株のスパイクタンパク質を発現したウイルスの感染価を評価した。Y軸はウイルスの感染価を示している。オミクロンXBB.1.5株の感染価を100%として、値が高いほど感染価が強いことを意味する。
次にオミクロンEG.5.1株に対する中和抗体の中和活性について実験的に検証しました。中和抗体はウイルスの感染を防ぐ重要な役割を持ちます。しかし、これまで流行している変異株の多くは中和抗体に対して抵抗性を示すようになっており、有効な感染対策を講じるためには流行株に対する中和抗体の活性を検証することが必要です。検証の結果、オミクロンEG.5.1株は、オミクロンXBB株のブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体に対して極めて強い抵抗性を示し、この抵抗性の強さは現在の主流株であるオミクロンXBB.1.5株の1.4倍でした。さらに、オミクロンEG.5.1株がオミクロンXBB.1.5株よりも高い中和抵抗性を示すのは、オミクロンEG.5.1株のスパイクタンパク質に存在するF456L変異によるものであることを示しました(図3)。
以上から、オミクロンEG.5.1株は高い免疫逃避能を保持していることが明らかとなりました。今後、オミクロンEG.5.1株の流行は全世界に拡大していくことが予想され、流行の主体になる可能性も懸念されることから、これを回避するために有効な感染対策を講じることが肝要です。
現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
オミクロンXBB株ブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。Y軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。括弧内の数字は各ウイルスに対するNT50の幾何平均をそれぞれ示している。
発表者
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野佐藤 佳(教授)
郭 悠(特任助教)
小杉 優介(博士課程、日本学術振興会特別研究員)
瓜生 慧也(博士課程、日本学術振興会特別研究員)
ヒナイ アルフレッド ジュニア(特任研究員)
伊東 潤平(助教)
研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
論文情報
研究助成
本研究は、佐藤 佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP22fk0108146, JP21fk0108494, JP21fk0108425, JP21fk0108432, JP22fk0108511, JP22fk0108516, JP22fk0108506)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, JP223fa627001)、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(JP223fa727002)」、科学技術振興機構CREST(JPMJCR20H4)、日本学術振興会 Core-to-Core Program (A. Advanced Research Networks) (JPJSCCA20190008)、The Tokyo Biochemical Research Foundation、The Mitsubishi Foundation、伊東 潤平助教に対する科学技術振興機構 さきがけ(JPMJPR22R1)、日本学術振興会 科研費若手研究(23K14526)などの支援の下で実施されました。
用語解説
(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(注2)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。
(注3)オミクロンXBB系統株
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現したオミクロンBA.1株、オミクロンBA.2株、オミクロンBA.5株などを含むオミクロン株の亜系統株のひとつ。顕著な変異を有する系統株でオミクロンXBB.1.5株、オミクロンXBB.1.16株、オミクロンEG.5.1株が注目すべき変異株(VOI:variants of interest)に指定されている。現在、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。
(注4)実効再生産数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いている。
(注5)ブレイクスルー感染
新型コロナウイルスワクチンを2回接種したのち、2週間以上経ってから感染してしまうこと。
(注6)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を中和する作用がある。