English
Top

ゾコーバ耐性新型コロナウイルスの性状解析

発表のポイント
  • 新型コロナウイルス感染症に対する経口治療薬エンシトレルビル(製品名ゾコーバ)に対し感受性低下を示す変異ウイルスを3種類作製しました。
  • 作製した耐性ウイルスの培養細胞およびハムスターにおける増殖性・病原性は、1種類では野生型ウイルスと同様であったのに対し、残りの2種類では若干低下していました。
  • エンシトレルビル耐性ウイルスに感染したハムスターを、新型コロナウイルスに対する治療薬であるニルマトレルビルあるいはモルヌピラビルで治療したところ、その増殖を効果的に抑制しました。
    エンシトレルビル耐性ウイルス感染ハムスター肺の病理像

 発表内容

東京大学国際高等研究所新世代感染症センター 河岡義裕 機構長らの研究グループは、経口新型コロナウイルス感染症治療薬エンシトレルビル(製品名ゾコーバ;注1)に対する感受性を低下させるアミノ酸変異を導入したSARS-CoV-2を作出し、その性状を解析しました。

現在市販されている新型コロナウイルス感染症に対する治療薬は、ウイルスのS蛋白質を標的とする抗体薬、ウイルスのRNAポリメラーゼを阻害する薬剤、ならびにウイルスのプロテアーゼを阻害する薬剤の3種類に大別されます。これらの薬剤に対する感受性を低下させるアミノ酸変異は、臨床分離株を用いた研究や精製蛋白質を用いた研究により検証が行われ、感受性低下を示すアミノ酸変異が多数報告されています。今回、ウイルスのプロテアーゼである3CLpro(nsp5)を標的とした治療薬であるエンシトレルビル(製品名ゾコーバ)に対して、感受性低下を示すアミノ酸変異Nsp5-M49L、Nsp5-E166AならびにNsp5-M49L/E166Aを持つ3種類の変異ウイルスを作製し、エンシトレルビルと同じ作用機序を持つニルマトレルビル(注2)や異なる作用機序であるモルヌピラビル(注3)に対する感受性を評価すると共に、エンシトレルビル耐性ウイルスの培養細胞における増殖性、ならびにハムスターにおける増殖性や病原性を比較解析しました。

はじめに、エンシトレルビルに対し感受性低下を示すアミノ酸変異を同定するために、エンシトレルビル存在下で新型コロナウイルスの継代を繰り返しました。その結果、エンシトレルビル存在下でも増殖可能なウイルスが得られ、そのNsp5遺伝子のゲノム配列を解析したところ、M49L変異、E166A変異またはM49L/E166A変異という3種類のアミノ酸変異が確認されました。そこで、これら3種類のアミノ酸変異を持つウイルスの性状解析を行いました。まず、これらの変異ウイルスのエンシトレルビル、ニルマトレルビル、モルヌピラビル、レムデシビルに対する感受性を測定したところ、3種類の変異ウイルスは野生型ウイルスに比べ、エンシトレルビルに対する感受性が低下していましたが、その他の3種類の治療薬に対する感受性に大きな変化は認められませんでした(表1)。ニルマトレルビルはエンシトレルビルと同じNsp5阻害薬ですが、結合様式の違いにより感受性の低下が起こらなかったと考えられます。
 
表1 3種類の変異ウイルスの各抗新型コロナウイルス治療薬に対する感受性
各治療薬に対する感受性を測定し、50%感染阻害濃度 (μM)として示しました。

次に、エンシトレルビル存在下と非存在下における3種類の変異ウイルスの培養細胞における増殖性を野生型ウイルスと比較しました(図1)。エンシトレルビル非存在下において、Nsp5-M49L変異ウイルスおよびNsp5-E166A変異ウイルスの増殖性は、野生型ウイルスと同様であったのに対し、Nsp5-M49L/E166A変異ウイルスの増殖性は低下していることが分かりました。エンシトレルビル存在下において、野生型ウイルスおよびNsp5-E166A変異ウイルスが全く増殖しなかったのに対し、Nsp5-M49L変異ウイルスの増殖は著しく遅延していました。Nsp5-M49L/E166A変異ウイルスはエンシトレルビル存在下であっても、非存在下と同様の増殖性を示しました。
図1 エンシトレルビル存在下または非存在下における
3種類の耐性ウイルスの培養細胞における増殖性

各ウイルスを培養細胞に感染させ、エンシトレルビル非存在下(実線)
または存在下(破線)で感染細胞を培養し、サンプルに含まれる感染性ウイルス量を測定した。

 

次に、3種類の耐性ウイルスのハムスターにおける病原性を、野生型ウイルスと比較しました(図2)。Nsp5-M49L変異ウイルスを感染させたハムスターでは、野生型ウイルスを感染させた場合と同様な体重減少および呼吸機能の低下が認められました。一方、Nsp5-E166A変異ウイルスおよびNsp5-M49L/E166A変異ウイルスを感染させたハムスターでは、野生型ウイルスを感染させたハムスターよりも体重減少は少なく、野生型ウイルスを感染させたハムスターでみられたほどの呼吸機能の低下は認められませんでした。さらに、感染3日後の鼻甲介および肺におけるウイルス力価を比較したところ、Nsp5-E166A変異ウイルスおよびNsp5-M49L/E166A変異ウイルスの肺におけるウイルス力価は、野生型ウイルスを感染させた場合よりも有意に低下していました。同様に、肺胞領域のウイルス抗原を検出したところ、野生型ウイルスおよびNsp5-M49L変異ウイルスでは多数の抗原陽性細胞が広範囲に検出されたのに対し、Nsp5-E166A変異ウイルスおよびNsp5-M49L/E166A変異ウイルスでは少数の抗原陽性細胞が限られた範囲で検出されました。以上の結果から、Nsp5-E166A変異ウイルスおよびNsp5-M49L/E166A変異ウイルスのハムスターにおける病原性は若干低下していることが明らかとなりました。
図2 3種類のエンシトレルビル耐性ウイルスのハムスターにおける病原性

各ウイルスをハムスターに感染させ、体重(左上)と呼吸機能(中上)を経時的に評価した。
感染3日後のハムスターの鼻甲介および肺におけるウイルス力価を測定すると共に(右上)、肺胞領域におけるウイルス抗原(茶色)を検出した(下)。

 

さらに、エンシトレルビル耐性ウイルスに感染した際の抗ウイルス薬の治療効果を、ハムスター感染モデルを用いて評価しました(図3)。野生型ウイルスを感染させたハムスターの肺におけるウイルス力価は、エンシトレルビル、ニルマトレルビルおよびモルヌピラビルのいずれの投与によっても低下しており、治療効果が確認されました。一方、Nsp5-M49L/E166A変異ウイルスを感染させたハムスターの肺におけるウイルス力価は、ニルマトレルビルおよびモルヌピラビルの投与により低下しており治療効果が確認されましたが、エンシトレルビル投与ではウイルス増殖を抑制できておらず、治療効果が低下していました。
図3 エンシトレルビル耐性ウイルス感染ハムスターにおける抗ウイルス薬の治療効果

野生型ウイルスまたはNsp5-M49L/E166A変異ウイルスをハムスターに感染させ、感染1日後から各抗ウイルス薬による治療を開始した。感染4日後のハムスターの肺におけるウイルス力価を測定し、抗ウイルス薬の治療効果を評価した。


以上の結果から、今回用いた3種類の耐性ウイルスの内、Nsp5-M49L変異ウイルスは野生型ウイルスと同様の病原性を示し、Nsp5-E166A変異ウイルスおよびNsp5-M49L/E166A変異ウイルスは野生型ウイルスよりも若干弱毒化していました。このような耐性ウイルスが検出された場合、作用機序の異なる抗ウイルス薬(モルヌピラビルなど)での治療が第一選択であることも示されました。この知見は、今後のエンシトレルビル耐性ウイルスに対する流行対策を講じる際に、有用な知見をもたらしました。
本研究は7月15日、国際学術誌「Nature Communications」(オンライン版)に公表されました。
 

 発表者       

東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター 機構長
河岡 義裕(特任教授)
<東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門/
国立国際医療研究センター 研究所 国際ウイルス感染症研究センター長>

 論文情報

〈雑誌〉Nature Communications(7月15日オンライン版)
〈題名〉In vitro and in vivo characterization of SARS-CoV-2 resistant to ensitrelvir
〈著者〉Maki Kiso*, Seiya Yamayoshi¶, Shun Iida, Yuri Furusawa, Yuichiro Hirata, 
Ryuta Uraki, Masaki Imai, Tadaki Suzuki, Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者 ¶:責任著者
〈DOI〉10.1038/s41467-023-40018-1
〈URL〉https://www.nature.com/articles/s41467-023-40018-1
 

   研究助成

本研究は、東京大学、国立国際医療研究センター、国立感染症研究所、ウィスコンシン大学マディソン校が共同で実施し、新興・再興感染症研究基盤創生事業 (中国拠点を基軸とした新興・再興および輸入感染症制御に向けた基盤研究)ならびに、ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))の支援により行われました。
 

 用語解説

(注1)エンシトレルビル
塩野義製薬が販売する新型コロナウイルス感染症治療薬。製品名ゾコーバ。3CLpro(Nsp5)を阻害する。経口投与することで、感染性を有するSARS-CoV-2ウイルスが陰性となるまでの時間を有意に短縮させる。投与開始時点の症状スコアが高い患者において、咳や喉の痛み、倦怠感、味覚異常などの症状を改善し、さらに集中力・思考力の低下や物忘れ、不眠など、神経系の罹患後症状のリスクを減少させることが報告されている。

(注2)ニルマトレルビル
ファイザーがリトナビルとの合剤“パキロビッドパック”として販売する新型コロナウイルス感染症治療薬。3CLpro(Nsp5)を阻害する。経口投与することで、重症化や入院を抑制することが報告されている。

(注3)モルヌピラビル
メルクが販売する新型コロナウイルス感染症治療薬。製品名ラゲブリオ。ウイルスのポリメラーゼ活性を阻害する。発症後5日以内かつ治療開始時に中等症以下であれば、入院または死亡を減少させることが報告されている。

 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html

〈報道に関する問合せ〉
東京大学新世代感染症センター(広報)
https://www.utopia.u-tokyo.ac.jp/

東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
https://www.ncgm.go.jp/

 

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:825KB)