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SARS-CoV-2オミクロンXBB.1.16株の ウイルス学的特性の解明

発表のポイント
  • 2023年4月インドにおいて、新型コロナウイルス「オミクロンXBB.1.5株」の子孫株であるオミクロンXBB1.16株の感染が急激に増加しているが、そのウイルス学的特性はこれまで明らかではなかった。
  • 本研究ではオミクロンXBB.1.16株のウイルス学的特性を、流行動態、感染性、免疫抵抗性等の観点から明らかにした。
  • オミクロンXBB.1.16株は、現在の主流株であるオミクロンXBB.1.5株よりも高い実効再生産数を示す一方で、オミクロンBA.2株またはBA.5株のブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体に対してオミクロンXBB1.5株と同程度の極めて強い抵抗性を示した。
オミクロンXBB1.16株の流行動態と実効再生産数

 発表概要

東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注1)は、新型コロナウイルスの「注目すべき変異株(VOI:variants of interest)」(注2)に分類されるオミクロン株(注3)の一種「XBB.1.16株」のウイルス学的特性を、流行動態、感染性、免疫抵抗性等の観点から明らかにしました。

まず、統計モデリング解析により、オミクロンXBB.1.16株の実効再生産数(注4)は、現在の流行の主流株であるオミクロンXBB.1.5株に比べて1.13倍高いことを明らかにしました。また、オミクロンXBB.1.16株が、オミクロンXBB.1.5株と同程度の感染力を維持していることを実験的に示しました。そして、オミクロンXBB.1.16株は、オミクロンBA.2株またはBA.5株ブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体(注5)に対してオミクロンXBB1.5株と同様に極めて強い抵抗性を示すことを明らかにしました。

本研究成果は2023年5月3日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版に掲載されました。

 

 発表内容       

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2023年1月現在、全世界において6億人以上が感染し、670万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスは種々の変異株が相次いで出現しており、未だ収束の兆しは見えていません。

2021年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルスオミクロンBA.1株は、11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。その後、オミクロン株は急速に多様化し、オミクロンBA.2株、BA.5株、BA.2.75株、BQ.1.1株、そしてXBB株などの様々なオミクロン亜株が相次ぎ出現してきました。2023年4月の時点では、オミクロンXBB株の子孫株であるオミクロンXBB.1.5株が世界中で猛威を奮っており、流行の主流株となっています。

2023年4月の現在、インドを中心にオミクロンXBB株の子孫株であるオミクロンXBB.1.16株の感染が急激に増えています。本研究では、急速に感染拡大が続くオミクロンXBB.1.16株のウイルス学的特性を明らかにするために、まず、インド国内のウイルスゲノム疫学調査情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロン株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロンXBB.1.16株の実効再生産数は、現在の主流株であるオミクロンXBB.1.5株に比べて1.13倍高いことを突き止めました(図1)。
図1 オミクロンXBB.1.16株はオミクロンXBB.1.5株よりも高い伝播力を示す

公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いてウイルスの伝播力を推定した。Y軸は各ウイルスの伝播力を、オミクロンXBB.1株の伝播力を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。


また、スパイクタンパク質(注6)と感染受容体ACE2(注7)との結合を実験的に検証した結果、オミクロンXBB.1.16株スパイクタンパク質のACE2への結合力が、オミクロンXBB.1.5株と比べて低下していることが明らかになりました。その一方で、ウイルスの感染性を評価したところ、オミクロンXBB.1.16株はオミクロンXBB.1.5株と同程度の感染力を示しました(図2)。
図2 オミクロンXBB.1.16株はオミクロンXBB.1.5株と同程度の感染力を示す

オミクロンXBB1.16株のスパイクタンパク質を発現したウイルスの感染価を評価した。Y軸はウイルスの感染価を示している。オミクロンXBB1.5株の感染価を100%として、値が高いほど感染価が強いことを意味する。


次にオミクロンXBB.1.16株に対する中和抗体の中和活性について実験的に検証しました。中和抗体はウイルスの感染を防ぐ重要な役割を持ちます。しかし、これまで流行している変異株の多くは中和抗体に対して抵抗性を示すようになっており、有効な感染対策を講じるためには流行株に対する中和抗体の活性を検証することが必要です。検証の結果、オミクロンXBB.1.16株は、オミクロンBA.2株、もしくはオミクロンBA.5株のブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体に対して極めて強い抵抗性を示し、この抵抗性の強さは祖先株であるオミクロンXBB.1株やXBB1.5株と同程度でした(図3)。

すなわち、オミクロンXBB.1.5株は高い免疫逃避能を保持していることが明らかとなりました。さらに臨床的に利用可能な6種類の治療用モノクローナル抗体の中和活性について検証したところ、オミクロンXBB.1.16株を含むオミクロンXBB関連変異株に対して抗ウイルス活性を示すのはソトロビマブのみでした。今後、オミクロンXBB.1.16株の流行は全世界に拡大していくことが予想されており、第10波の主体になる可能性も懸念されており、これを回避するために有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
図3 オミクロンXBB.1.16株は中和抗体に対して強い抵抗性を示す

オミクロンBA.2株またはBA.5株ブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。Y軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。括弧内の数字は各ウイルスに対するNT50の幾何平均をそれぞれ示している。
 

 

 発表者

東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
佐藤 佳(教授)
山岨 大智(客員研究員)〈神戸大学医学部医学科 学士課程〉
瓜生 慧也(博士課程、日本学術振興会特別研究員)
プリアンチャイスク アーノン(特任研究員)
小杉 優介(博士課程、日本学術振興会特別研究員)
潘琳(修士課程)
伊東潤平(助教)

研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
 

  論文情報

〈雑誌〉 The Lancet Infectious Diseases
〈題名〉 Virological characteristics of the SARS-CoV-2 Omicron XBB.1.16 variant
〈著者〉 山岨大智#, 瓜生慧也#, Arnon Plianchaisuk#, 小杉優介#, Lin Pan#, Jiri Zahradni, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 伊東潤平, 佐藤佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
〈DOI〉 10.1016/S1473-3099(23)00278-5
 

 研究助成

本研究は、佐藤 佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP22fk0108146, JP21fk0108494, JP21fk0108425, JP21fk0108432)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, JP223fa627001)、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(JP223fa727002)」、科学技術振興機構(JST) CREST(JPMJCR20H4)、伊東 潤平助教に対するJSTさきがけ(JPMJPR22R1)などの支援の下で実施されました。
 

 用語解説

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)注目すべき変異株(VOI:variants of interest)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のことであり、今後感染者の増加が懸念される変異株。

(注3)オミクロン株 
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。オミクロンBA.1株、オミクロンBA.2株、オミクロンBA.5株などが含まれる。現在、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。

(注4)実効再生産数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いている。

(注5)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される抗体でSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を中和する作用がある。

(注6)スパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞に結合するために必要なタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。

(注7)ACE2
Angiotensin-Converting Enzyme 2(アンジオテンシン変換酵素2)の略称で、新型コロナウイルスが細胞に感染する際に受容体として機能する。
 

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
 
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)

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