English
Top

新しい計算論的アプローチにより、原因不明の希少3疾患の遺伝的病因が明らかに

発表のポイント
  • 新しい計算論的アプローチと国際共同疾患研究により、これまで原因不明であった希少3疾患(原発性リンパ浮腫、胸部大動脈疾患、先天性聴覚障害)の遺伝的病因が同定された。
  • 希少疾患の病因遺伝子の大半はまだ不明である。今回、表現型データと膨大な遺伝情報を基に、統計学的方法と計算論的アプローチにより、3疾患の新規遺伝的病因を明らかにした。
  • 今回の研究は、当該疾患ならびに他の希少疾患の治療法開発への道筋となる。

 概要

東京大学医科学研究所の森崎特任研究員らは、米国 マウント・サイナイ・アイカーン医科大学のErnest Turro准教授・Daniel Greene助教、英国 ブリストル大学のAndrew Mumford教授、ベルギー ルーベン大学のKathleen Freson教授、米国メリーランド大学のZubair M. Ahmed教授、英国インペリアル・カレッジ・ロンドンのGraeme M. Birdsey講師らとともに、表現型(注1)データと膨大な遺伝情報(全ゲノム配列解析データ; 注2)を基にした統計学的方法と計算論的アプローチの解析と疾患関連の検証を行い、希少3疾患(原発性リンパ浮腫、胸部大動脈疾患、先天性聴覚障害)の遺伝的病因を明らかにしました。表現型情報と膨大な遺伝情報を利用して複数の希少疾患の病因を一挙に解明する道筋を示し、希少疾患(注3)の治療法開発につながる展望を開きました。
 
研究の背景・これまでの課題:
希少疾患の半数以上は遺伝的病因がいまだ不明であり、大規模な患者集団のゲノム配列と表現型の情報は、未知の遺伝的病因を明らかにするために必要です。しかし、その解明には効率的で強力な分析手法が必要でした。今回、表現型情報と膨大な遺伝情報を利用して希少疾患の病因を解明する道筋を示しました。

・研究手法などの詳細:
米国 Ernest Turro准教授らは、英国10万人ゲノムプロジェクトの全ゲノム配列解析が行われた希少疾患患者77,539人の希少バリアント遺伝型と表現型を含むコンパクトなデータベース「Rareservoir」を構築しました。BeviMedと呼ばれる関連付け手法により、疾患患者を269種の希少疾患グループに分類し、そのそれぞれと遺伝型との関連を検討した結果、241の既知の遺伝子との関連と19の未知の遺伝子との関連が明らかとなりました。

森崎特任研究員ら各国の研究者が共同で、ERGPMEPA1GPR156と各疾患との関連を検証し、(1)ERG遺伝子の変異が原発性リンパ浮腫を、(2)PMEPA1遺伝子の変異が大動脈疾患であるロイス・ディーツ症候群を、(3)GPR156遺伝子変異が先天性聴覚障害を、それぞれ引き起こすことを明らかにしました。

本研究により、データベースRareservoirが、数万人規模の希少疾病コホート研究に必要な遺伝的データ・表現型情報を統合する、軽量かつ柔軟なポータブルシステムとなることが明らかとなりました。今回の対象疾患のみならず他の希少疾患の治療法開発への道筋を示しました。本研究成果は2023年3月16日、国際医科学雑誌「Nature Medicine」(オンライン版)に掲載されました。
 

 発表内容

希少疾患といえども半数以上の遺伝的な病因は、まだ明らかにされていません。大規模な患者コホートの標準化された全ゲノム配列解析や表現型解析は、未知の病因の発見機会を提供しますが、効率的で強力な解析手法が求められています。

マウント・サイナイ・アイカーン医科大学のErnest Turro准教授、東京大学医科学研究所の森崎特任研究員らは、全ゲノム配列解析が行われた7万7539人の患者参加者について、まれなバリアントの遺伝子型と表現型を含むデータベース「Rareservoir」を構築し、遺伝的関連のベイズ推定法であるBeviMedを用いて、遺伝子と、医師が患者参加者を割り付けた269のまれな疾患分類との関連を推定しました。その結果、既知の241の関連と、これまで知られていなかった19の関連を見いだしました。さらに、他のコホートで家系探索を行い、バイオインフォマティクス的手法と実験的手法を用いて、疾患とERGPMEPA1GPR156との関連を検証し、原発性リンパ浮腫、ロイス・ディーツ症候群、劣性の先天性聴覚障害の3つの疾患原因としての根拠を得ました。

(1)ETS(Erythroblast Transformation Specific)ファミリー転写因子をコードするERG遺伝子の機能喪失型バリアントは原発性リンパ浮腫を引き起こす。
(2)トランスフォーミング増殖因子(TGF)β調節因子をコードするPMEPA1遺伝子の最終エキソン内の欠失型バリアントはロイス・ディーツ症候群の原因となる。
(3)GPR156遺伝子の機能喪失型バリアントは劣性の先天性聴覚障害を生じる。

本研究により、データベースRareservoirは、数万人の参加者で構成された、まれな疾患コホートの研究に必要な遺伝的データと表現型データを統合する、軽量で柔軟なポータブルシステムとなることが分かりました。今後、今回の対象疾患のみならず他の希少疾患の治療法開発への道筋となることを示しました。
 

図 269種の希少疾患グループと関連を認めた遺伝子画像
 

 発表雑誌

雑誌名:Nature Medicine(3月16日付オンライン版)
タイトル:Genetic association analysis of 77,539 genomes reveals rare disease etiologies
著者名:Daniel Greene, Genomics England Research Consortium, Daniela Pirri,
Karen Frudd, Ege Sackey, Mohammed Al-Owain, Arnaud P. J. Giese,
Khushnooda Ramzan, Sehar Riaz, Itaru Yamanaka, Nele Boeckx, Chantal Thys, 
Bruce D. Gelb, Paul Brennan, Verity Hartill, Julie Harvengt, Tomoki Kosho, 
Sahar Mansour, Mitsuo Masuno, Takako Ohata, Helen Stewart, Khalid Taibah, 
Claire L. S. Turner, Faiqa Imtiaz, Saima Riazuddin, Takayuki Morisaki*, Pia Ostergaard,
Bart L. Loeys, Hiroko Morisaki, Zubair M. Ahmed*, Graeme M. Birdsey*, Kathleen Freson*, 
Andrew Mumford* & Ernest Turro*
(*責任著者ならびに各疾患担当著者)
DOI:10.1038/s41591-023-02211-z
URL:https://www.nature.com/articles/s41591-023-02211-z
 


 用語解説

(注1)表現型:
生物に実際に現れた性質のことであるが、人の疾患では、症状や検査結果などでの病気の特徴に相当する。
 
(注2)全ゲノム配列解析:
ゲノムを構成するDNAの塩基配列を全て解読すること。
 
(注3)希少疾患:
患者数が極めて少ない疾患を指 し、疾患 一つ一つの患者数は少ないが、まれな疾患自体は約 7,000 種類もあると考えられ、患者数は世界全人口の約 5%と 推定されている。
 

 問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ> 
東京大学医科学研究所  人癌病因遺伝子分野
特任研究員   森崎隆幸(もりさき たかゆき)
 
 
<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
 




 

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:620KB)