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新型コロナウイルス・オミクロン変異株のBA.2.75系統の性状解析

発表のポイント
  • 患者検体から分離されたBA.2.75系統(注)のオミクロン株(BA.2.75株)を感染させた動物では、体重減少と呼吸器症状の悪化がみられなかったが、2022年に流行していたBA.5系統のオミクロン株(BA.5株)では見られなかった肺での炎症が観察された。
  • BA.5株とBA.2.75株を同時に同じ個体に感染させ、どちらの株がハムスターの呼吸器でより増えやすいのか競合試験を行った。呼吸器での増殖性はBA.2.75株の方が高かった。
  • オミクロン株の中には、肺で炎症を起こしうるウイルスが存在することがわかった

 発表内容

2022年夏ごろ、世界ではオミクロン株のBA.5系統が流行していましたが、インドやネパールなどの一部の国ではオミクロン株のBA.2.系統から派生したBA.2.75系統が、BA.5系統に変わり流行しました。現在では、BA.2.75系統そのものの流行は収束していますが、BA.2.75系統から派生したXBF系統、BN.1系統やCH.1系統などが出現し、感染例が数多く報告されています。

東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、COVID-19感染モデル動物のハムスターを用いて、患者から分離したBA.2.75株の増殖能と病原性をデルタ株やBA.2株、BA.5株と比較しました。はじめに、BA.2.75株の3株をハムスターに感染させたところ、BA.2株やBA.5株と同様に、全ての株において感染ハムスターは体重減少を示しませんでした (図A)。一方、デルタ株を感染させたハムスターは全ての個体で体重が減少していました。また、BA.2.75株を感染させたハムスターでは、呼吸器症状の悪化もほとんど認められませんでした(図B)。一方、ハムスターの肺や鼻におけるBA.2.75株の増殖能は、デルタ株と比べると低いものの、BA.2株やBA.5株よりも高いことが明らかとなりました(図C)。さらに、感染動物肺の病理解析を行ったところ、BA.2.75株感染ハムスターでは、炎症の程度はデルタ株よりは低いものの、BA.5株感染ハムスターでは見られなかったウイルス性肺炎像が観察されました(図D)。
 

図 野生型ハムスターにおけるウイルスの病原性と増殖力
新型コロナウイルス・オミクロン株をハムスターの鼻腔内に接種した。
(A)接種後、非感染動物(対照群)と感染動物の体重を毎日測定した。オミクロンBA.2.75株に感染した群ではオミクロンBA.2株やBA.5株感染群と同様、全ての株で体重が増加した。
(B)呼吸機能の評価指標の1つである最大呼気流量は、気道の状態を測定できる指標である。オミクロンBA.2.75株感染ハムスターでは、感染後の低下は認められず非感染ハムスターや、BA.2やBA.5株感染ハムスターと同程度であった。
(C)感染後3日目の鼻と肺におけるウイルス量を測定した。オミクロンBA.2.75株はオミクロンBA.2やBA.5株よりも高い増殖能を示した。
(D)感染後6日目の肺の病理解析を行なった。オミクロンBA.2.75株感染ハムスターでは、炎症の程度はデルタ株よりは低いものの、BA.5株感染ハムスターでは見られなかったウイルス性肺炎像が観察された。

続いて、BA.5株とBA.2.75株を同時に同じ個体に感染させ、どちらの株がハムスターの呼吸器でより増えやすいのか競合試験を行いました。呼吸器での増殖性はBA.5株よりもBA.2.75株の方が高いことが明らかとなりました。


本研究グループは、患者から分離した複数のBA.2.75株のハムスターにおける増殖能と病原性が、デルタ株と比べると低いものの、BA.2株やBA.5株よりも高いことをCOVID-19動物モデルを用いて明らかにしました。現在、BA.2.75系統は流行していませんが、BA.2.75系統から派生したXBF系統、BN.1系統やCH.1系統などが発生・流行しており、本研究を通して得られた成果は、これらBA.2.75系統から派生した系統のリスク評価など、行政機関が今後の新型コロナウイルス感染症対策計画を策定・実施する上で、重要な情報となります。
本研究は3月23日付け英国医学誌「Nature Communications」(オンライン版)に公表されました。

本研究は、東京大学、国立感染症研究所、ウィスコンシン大学、国立国際医療研究センター、ユタ州立大学、ロスアラモス国立研究所が共同で行ったものです。また、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP21fk0108552, JP21fk0108615, JP22fk0108637)、新興・再興感染症研究基盤創生事業 (JP22wm0125002, JP22wm0125008)並びにワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (JP223fa627001)の一環として行われました。
 
  •  発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(3月23日オンライン版)
論文タイトル:Characterization of SARS-CoV-2 Omicron BA.2.75 clinical isolates
著者:Ryuta Uraki*, Shun Iida*, Peter J. Halfmann*, Seiya Yamayoshi*, Yuichiro Hirata, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Maki Kiso, Mutsumi Ito, Yuri Furusawa, Hiroshi Ueki, Yuko Sakai-Tagawa, Makoto Kuroda, Tadashi Maemura, Taksoo Kim, Sohtaro Mine, Noriko Iwamoto, Rong Li, Yanan Liu, Deanna Larson, Shuetsu Fukushi, Shinji Watanabe, Ken Maeda, Zhongde Wang, Norio Ohmagari, James Theiler, Will Fischer, Bette Korber¶, Masaki Imai¶, Tadaki Suzuki¶, and Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者
¶:責任著者
DOI:10.1038/s41467-023-37059-x
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-023-37059-x


 問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
https://www.ncgm.go.jp/


 用語解説

(注)オミクロン株BA.2.75系統:
ウイルス感染は、コロナウイルス粒子表面に存在するスパイク蛋白質を介してウイルス粒子が宿主細胞表面の受容体蛋白質に結合することで始まる。実用化されたあるいは開発中のCOVID-19に対する抗体薬は、このスパイク蛋白質を標的としており、その機能を失わせる(中和する)ことを目的としている。BA.2系統は、そのスパイク蛋白質に少なくとも31ヶ所の変異を有する。BA.2.75系統は、BA.2系統と共通する29ヶ所の変異に加えて、8ヶ所の変異を有する。

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:415KB)