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ヒト胚を14日以上培養する研究についての意識調査

発表のポイント
  • 一般市民と科学者に対して、ヒト胚を14日以上培養する研究について意識調査を行いました。
  • 一般市民では、設問内容の理解度が高いほど、「判断ができない」と比較して、容認、あるいは禁止という回答が増える傾向にありました。

 発表概要

国立大学法人東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター 公共政策研究分野の武藤香織教授、国立大学法人山梨大学大学院 総合研究部 医学域社会医学講座の山縣然太朗教授らの研究チーム(本研究主担当者:由井秀樹 山梨大学大学院特任助教)、東京都健康長寿医療センターの八代嘉美専門部長は、14日を超える期間ヒト胚を培養する研究についての意識調査を実施しました。

この研究では、2022年1月に日本の一般市民3,000人にアンケートを行うとともに、2022年3月に幹細胞や胚関連の研究を行う科学者(日本再生医療学会の会員及び日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて関連する研究を行っている科学者)535人へもアンケートを実施しました。

その結果、ヒト胚の14日を超える期間の培養について、日本のルールでどのように取り扱うべきか「判断ができない」という回答が、一般市民で科学者よりも多く見られました。また、一般市民では設問内容の理解度が高いほど、「判断ができない」と比較し、日本のルールで「容認すべき」、あるいは、「禁止すべき」という回答が増える傾向にありました。

今後、ヒト胚の14日を超える期間の培養について、日本のルールをどうするかという議論が生じると予想されます。その際、一般市民を置き去りせず、議論の水準を高めるためにも情報提供が必要であることが本研究から示唆されました。

本研究成果は米国東部夏時間2023年3月23日午前11時(日本時間24日午前0時)、国際学術雑誌Stem Cell Reports(オンライン版)に掲載されました。

この研究は、日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム再生医療の実現化支援課題「再生医療研究とその成果の応用に関する倫理的課題の解決支援」の活動として実施されました。
 
  •  発表内容

研究の背景
ヒト胚を用いる研究を通して、ヒトの発生過程に関する知見や、不妊治療の向上につながる知識が得られます。発生過程の理解の向上は、再生医療の進展につながることが期待されています。もしヒト胚を長期間、体外で培養することができれば、こうした知識をより多く得られます。
 
ヒト胚を研究に使う際は、14日以内の培養に留めることが各国のルールで求められてきました。これは「14日ルール」と呼ばれています。日本でも、曖昧な部分はありますが、14日ルールを採用しているといえます(「⑦ 補足」をご参照ください)。
 
14日ルールが広まった1980年代当時、14日を超える期間ヒト胚を培養することは技術的に不可能でした。しかし近年、14日を超える期間ヒト胚を培養することが技術的に可能になりつつあることが示されました。
 
こうした動向を受け、著名な国際学会である国際幹細胞学会(International Society for Stem Cell Research)が2021年に新たなガイドラインを発表し、ヒト胚の14日を超える期間の培養の容認に含みを持たせました。同学会の従来のガイドラインでは明確に禁止されていましたが、2021年のガイドラインでは禁止カテゴリーから除外されました。このガイドラインは日本のメディアでも取り上げられ、14日ルールの取り扱いをめぐる議論が各国で徐々に始められつつあります。
 
研究内容と成果
日本の一般市民3000人と、幹細胞や胚関連の研究を行っている科学者(日本再生医療学会員及び、日本医療研究開発機構(AMED)からの支援を受けて関連する研究を行っている科学者)535人に対してwebアンケートを実施し、14日を超える期間ヒト胚を培養する研究について、日本のルールでどう取り扱うべきか意見を訊ねました。一般市民に対する調査は2022年1月、科学者に対する調査は2022年3月に行われました。
 
結果、一般市民の37.9%、科学者の46.2%がヒト胚の14日を超える期間の培養を日本のルールで「容認すべき」と答えました。その一方、一般市民の19.2%、科学者の24.5%が「禁止すべき」と答えました。加えて、一般市民の42.9%、科学者の29.3%が「判断ができない」と回答しました。また、一般市民では設問内容の理解度が高いほど、「判断ができない」と比較し、日本のルールで「容認すべき」、あるいは、「禁止すべき」という回答が増える傾向にありました。
 
この結果が示すように、科学者は一般市民に比べて容認と回答した割合が高かったのですが、その一方で、禁止と答えた割合も高かったことが示されました。言い換えれば、「判断ができない」の回答が多いことが、一般市民の特徴だといえます。
 
一般市民のデータを詳細に分析すると、設問の理解度が高いほど、「判断ができない」に比べて、容認や禁止の回答が増加する傾向にありました。もちろん、理解度が高くとも価値判断ができない、という場合はありますが、この結果から示唆されるのは、理解度を高めれば、価値判断ができる場合が多くなるということです。
 
今後、ヒト胚の14日を超える期間の培養について、日本のルールでの取り扱いが議論されることが予想されます。ヒト胚を使う研究のルールのあり方を決めるにあたり、国民的な議論が求められています。一般市民を置き去りにせず、議論の水準を高めるためにも、情報発信が必要であることが本研究から示唆されました。
 
設問の説明方法を変えれば、回答の傾向も変化した可能性があるため、人々の意見をより正確に把握するためには、さらなる調査が必要です。本研究が、研究用にヒト胚の提供を依頼される可能性がある、体外受精・顕微授精の経験者を含めた、国民的な議論のきっかけとなることが期待されます。
 
今後の展開
人々の意見をより正確に把握するには、さらなる調査が必要です。その際、14日を超える期間の培養が許容されるとしたら、次の培養可能期間の線引きをどこにするのか、また、質の高い国民的議論のためにはどのような情報提供が必要なのか、などの点も合わせて検討することが重要です。また、研究用にヒト胚の提供を依頼される可能性がある、体外受精・顕微授精の経験者への調査や配慮事項の検討につなげる必要があります。
 
発表雑誌
雑誌名: Stem Cell Reports(オンライン版:日本時間3月24日午前0 時 [米国東部夏時間2023年3月23日午前11時]掲載)
論文タイトル:Survey of Japanese researchers and the public regarding the culture of human embryos in vitro beyond 14 days
著者:Hideki Yui*; Kaori Muto; Yoshimi Yashiro; Saori Watanabe; Yukitaka Kiya; Kumiko Fujisawa; Kana Harada, Yusuke Inoue; Zentaro Yamagata
DOI:10.1016/j.stemcr.2023.02.005
 
問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】 
東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター 公共政策研究分野 武藤香織 教授

山梨大学大学院 総合研究部 医学域社会医学講座 由井秀樹 特任助教
 
【広報・報道に関する問い合わせ】
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)

山梨大学 企画部 広報企画課

地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター 経営企画局事務部 総務課 総務係 広報担当
https://www.tmghig.jp/
 
⑥参考図
 
補足
補足1: 国際幹細胞学会(International Society for Stem Cell Research)「幹細胞の臨床応用に関するガイドライン(2021)」の日本語訳
 
国際幹細胞学会のウェブサイトに、本論文の著者らが中心になって翻訳を行った、幹細胞の臨床応用に関するガイドライン(2021)の日本語訳が掲載されました。
 
補足2:この話題に関連する市民公開講座
第22回日本再生医療学会総会の市民公開講座として、2023年3月25日に「みんなで考える幹細胞研究~『生命の萌芽』のこれまでとこれから」(主催:一般社団法人日本再生医療学会)が開催されます。
 
補足3:日本のルールの現状
日本では、ヒト胚関連の研究についてのルールは行政による指針や、「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」(クローン規制法)に基づく指針によって決められています。具体的には、胚性幹細胞(ES細胞)の作成には「ヒトES細胞の樹立に関する指針」、ヒト胚に対するゲノム編集には「ヒト受精胚に遺伝情報改変技術等を用いる研究に関する倫理指針」、生殖補助医療の研究ために新たにヒト胚を作成することについては「ヒト受精胚の作成を行う生殖補助医療研究に関する倫理指針」、ヒトクローン胚の作成や胚へのミトコンドリア置換にはクローン規制法に紐づく「特定胚の取扱いに関する指針」が適用されます。これらの指針には、14日ルールが明記されています。詳しくは、以下の論文をご参照ください。
 
由井秀樹・武藤香織・八代嘉美・渡部沙織・木矢幸孝・神里彩子・井上悠輔・山縣然太朗.国際幹細胞学会(ISSCR)2021 年版ガイドラインにおける実験室で行うヒト幹細胞、胚関連研究の取扱い―日本の関連指針との比較検討.CBEL Report, 4(2).
 
https://www.tmghig.jp/
Hideki Yui, Kaori Muto, Yoshimi Yashiro, Saori Watanabe, Yukitaka Kiya, Ayako Kamisato, Yusuke Inoue, Zentaro Yamagata, "Comparison of the 2021 International Society for Stem Cell Research (ISSCR) guidelines for “laboratory-based human stem cell research, embryo research, and related research activities” and the corresponding Japanese regulations", Regenerative Therapy 21: 46-51.
 

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