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SARS-CoV-2オミクロンXBB.1.5株のウイルス学的性状の解明

発表のポイント
 
  • オミクロンXBB.1.5株は、オミクロンXBB.1株と比較して1.2倍高い実効再生産数を示した。
  • オミクロンXBB.1.5株のスパイクタンパク質は、感染受容体であるACE2に対しオミクロンXBB.1株よりも強く結合した。
  • オミクロンXBB.1.5株は、オミクロンBA.2株またはBA.5株ブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体に対して極めて抵抗性を示した。

 発表内容

2021年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)」(注2)は、当初オミクロンBA.1株が全世界に伝播し、その後オミクロンBA.2株へと置き換わりました。これまでにオミクロンBA.2株の亜系統(BQ.1.1, XBB.1など)が断続的に出現しています。

2022年末アメリカにおいて、XBB.1株の子孫株であるXBB1.5株の感染が急激に増加しています。XBB.1.5株は、新型コロナウイルスの「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」(注3)に分類されています。
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」は、オミクロンXBB.1.5株のウイルス学的特徴を、流行動態、感染性、免疫抵抗性等の観点から明らかにしました。

まず、統計モデリング解析により、オミクロンXBB.1.5株の実効再生産数(注4)は、オミクロンXBB.1株に比べて1.2倍高いことを見出しました。また、オミクロンXBB.1.5株のスパイクタンパク質(注5)が感染受容体ACE2(注6)とオミクロンXBB.1株より強く結合すること、およびオミクロンXBB.1.5株の感染力がオミクロンXBB.1株より高まっていることを実験的に示しました。そして、オミクロンXBB.1.5株は、オミクロンBA.2株またはBA.5株ブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体(注7)に対して極めて抵抗性を示すことを明らかにしました。

本研究成果は2023年1月31日、英国科学雑誌「The Lancet Infectious Diseases」オンライン版で公開されました。

 

 発表内容 

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2023年1月現在、全世界において6億人以上が感染し、670万人以上を死に至らしめています。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスは種々の変異株が相次いで出現しており、未だ収束の兆しは見えていません。

本研究では、オミクロンXBB.1.5株のウイルス学的特徴を明らかにするために、まず、アメリカ国内のウイルスゲノム取得情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロン株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロンXBB.1.5株の実効再生産数は、オミクロンXBB.1株に比べて1.2倍高いことを突き止めました(図1)。

 

  • 図1 オミクロンXBB.1.5株はオミクロンXBB.1株よりも高い伝播力を示す
    公共データベースに登録されたウイルスのゲノム配列から数理モデルを用いてウイルスの伝播力を推定した。Y軸は各ウイルスの伝播力をオミクロンXBB.1株の伝播力を基準として示している。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。

また、スパイクタンパク質と感染受容体ACE2との結合を実験的に検証した結果、オミクロンXBB.1.5株スパイクタンパク質のACE2への結合力がオミクロンBA.2株と比べると6倍、オミクロンXBB.1株と比べると4倍高くなっていることが明らかになりました(図2)。
 

  • 2 オミクロンXBB.1.5株はオミクロンXBB.1株よりも強くACE2受容体に結合する
    新型コロナウイルスの受容体であるACE2とスパイクタンパク質との結合を評価した。Y軸は結合係数(KD)を示し、値が小さいほど結合が強いことを示す。統計的有意差をアスタリスクで示している(**, P < 0.001; ***, P < 0.0001)。
     
さらにウイルスの感染性を評価したところ、オミクロンXBB.1.5株はオミクロンXBB.1株と比べて3倍高い感染力を示しました。オミクロンXBB.1.5株のスパイクタンパク質は、オミクロンXBB.1株のスパイクタンパク質と比較してS486Pという変異を保有しています。つまりオミクロンXBB.1.5株は、スパイクタンパク質にS486P変異を獲得したことで、オミクロンXBB.1株よりも強く感染受容体ACE2と結合できるようになり、その感染性を高めたと考えられます。

次にオミクロンXBB.1.5株に対する中和抗体の感染中和活性について実験的に検証しました。中和抗体はウイルスの感染を防ぐ重要な役割を持ちます。しかし、これまで流行している変異株の多くは中和抗体に対して抵抗性を示すようになっており、有効な感染対策を講じるためには流行株に対する中和抗体の活性を検証することが必要です。検証の結果、オミクロンXBB.1.5株は、オミクロンBA.2株、もしくはオミクロンBA.5株のブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体に対して極めて強い抵抗性を示し、この抵抗性の強さは祖先株であるオミクロンXBB.1株と同程度でした(図3)。
 

  • 3 オミクロンXBB.1.5株は中和抗体に対して極めて抵抗性を示す
    オミクロンBA.2株またはBA.5株ブレイクスルー感染によって誘導される中和抗体の感染中和活性を評価した。Y軸はウイルス感染を50%阻害する中和抗体の感染中和活性(NT50)を示し、値が大きいほど中和活性が高いことを示す。括弧内の数字は各ウイルスに対するNT50の幾何平均をそれぞれ示している。統計的有意差をアスタリスクで示している(**, P < 0.001; ***, P < 0.0001)。
     
すなわち、オミクロンXBB.1.5株は高い免疫逃避能を保持しつつ、細胞への感染性をより高めた変異株であることが明らかとなりました。今後、オミクロンXBB.1.5株の流行は全世界に拡大していくことが予想されており、第9波の主体になる可能性も懸念されており、これを回避するために有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、「G2P-Japan」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な性状解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

<本研究への支援>
本研究は、佐藤 佳教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP22fk0108146, JP21fk0108494, JP21fk0108425, JP21fk0108432)」、AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(UTOPIA, JP223fa627001)、AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(JP223fa727002)」、科学技術振興機構(JST) CREST(JPMJCR20H4)、伊東 潤平助教に対するJSTさきがけ(JPMJPR22R1)などの支援の下で実施されました。
 
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 発表雑誌

雑誌名:「The Lancet Infectious Diseases」2023年1月31日オンライン版
論文タイトル:Enhanced transmissibility, infectivity and immune resistance of the SARS-CoV-2 Omicron XBB.1.5 variant
著者:
瓜生慧也#, 伊東潤平#, Jiri Zahradnik#, 藤田滋, 小杉優介, Gideon Schreiber, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 佐藤佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
DOI: 10.1016/S1473-3099(23)00051-8
URL: https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(23)00051-8/fulltext

 

 問い合わせ先

<研究についてのお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html

<報道についてのお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/

 

 用語解説 

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。オミクロンBA.1株、オミクロンBA.2株、オミクロンBA.5株などが含まれる。現在、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。

(注3)懸念される変異株(VOC:variant of concern)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。現在まで、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2, AY系統)、オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)が、「懸念される変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。多数の国々で流行拡大していることが確認された株が分類される。

(注4)実効再生産数
「1人の感染者がその後何人の人に感染させるか」の指標

(注5)スパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞に結合するために必要なタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。

(注6)ACE2
Angiotensin-Converting Enzyme 2(アンジオテンシン変換酵素2)の略称で、新型コロナウイルスが細胞に感染する際に受容体として機能する。

(注7)中和抗体
獲得免疫応答のひとつ。B細胞によって産生される中和抗体による免疫システムのこと。

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:441KB)