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臨床検体から分離した新型コロナウイルス・オミクロン株 BA.4.6系統に対する治療薬の効果を検証

発表のポイント
 
  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の4種類の抗体薬(ソトロビマブ、ベブテロビマブ、カシリビマブ・イムデビマブ、チキサゲビマブ・シルガビマブ)の中で、ベブテロビマブのみがBA.4.6系統に対して高い感染阻害効果を示した。
  • COVID-19の3種類の抗ウイルス薬(レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビル・リトナビル)は、いずれもBA.4.6系統に対して高い増殖抑制効果を示した。
  • BA.4.6系統は、ワクチン被接種者あるいはブレイクスルー感染者の血漿により中和されたが、これら血漿のBA.4.6系統に対する中和活性は、従来株に対する活性よりも低かった。

 発表内容

2021年末から始まった新型コロナウイルス変異株・オミクロン株の流行は、現在も続いています。オミクロン株は、5つの系統(BA.1、BA.2、BA.3、BA.4、BA.5)に分類されます。2022年10月現在、日本と米国を含む多くの国々で、BA.5系統に属する株が主流となっています。しかし、米国では、BA.4系統から派生したオミクロン株BA.4.6系統(注1)の感染例が増加しています。世界保健機関(WHO)は、このBA.4.6系統を監視下のオミクロン株の亜系統(Omicron subvariants under monitoring)に指定しています。

国内では、3種類の抗体薬(注2;カシリビマブ・イムデビマブ、ソトロビマブ、チキサゲビマブ・シルガビマブ)と3種類の抗ウイルス薬(注3;レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビル・リトナビル)がCOVID-19に対する治療薬として承認を受けています。しかし、これらの治療薬がオミクロン株のBA.4.6系統に対して有効かどうかについては、明らかにされていませんでした。

東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、患者から分離したBA.4.6系統の2株に対する治療薬の効果を調べました。

はじめに、4種類の抗体薬(ソトロビマブ、ベブテロビマブ、カシリビマブ・イムデビマブ、チキサゲビマブ・シルガビマブ)がオミクロン株BA.4.6系統の感染阻害効果(中和活性;注4)を調べました(表1)。BA.4.6系統の2株に対するソトロビマブとチキサゲビマブ・シルガビマブの中和活性は、著しく低いことがわかりました。一方、カシリビマブ・イムデビマブは、BA.4.6系統に対する中和活性を維持していました。しかし、そのBA.4.6系統に対する活性は従来株(注5)に対するそれよりも低いことがわかりました。4種類の抗体薬の中で、ベブテロビマブのみがBA.4.6系統の2株に対して高い中和活性を示し、その活性は、従来株に対するそれと同程度であることが判明しました。

続いて、3種類の抗ウイルス薬(レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビル)の効果を解析しました。全ての薬剤がBA.4.6系統の2株に対して高い増殖抑制効果を示し、それらの抑制効果は、従来株に対するそれと同程度であることが判明しました(表2)。
 
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最後に、mRNAワクチン被接種者あるいはBA.2系統ブレイクスルー感染者の血漿がBA.4.6系統の感染を阻害するかどうかを調べました(図1)。その結果、被接種者と感染者の血漿のBA.4.6系統に対する中和活性は、従来株に対する活性よりも低いことが明らかになりました。また、これら血漿のBA.4.6系統に対する中和活性は、BA.2に対する活性と比較しても低いことがわかりました。

  • 図1. mRNAワクチン被接種者あるいはブレイクスルー感染者の血漿のオミクロン株に対する中和抗体価
    ワクチン被接種者、mRNAワクチンの接種を3回受けたヒト;ブレイクスルー感染者、mRNAワクチンを3回接種した後、2週間以上たってBA.2に感染したヒト。棒グラフ上の数値は血漿中和抗体価の幾何平均値(GMT; geometric mean titer)を示す。
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本研究を通して得られた成果は、医療現場における適切なCOVID-19治療薬の選択に役立つだけでなく、オミクロン株の各系統のリスク評価など行政機関が今後の新型コロナウイルス感染症対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。

本研究成果は、2022年11月 16日(米国東部時間午後5時)、米国医学雑誌「New England Journal of Medicine (NEJM)」のオンライン速報版で公開されました。

なお、本研究は、東京大学、国立感染症研究所、米国ウィスコンシン大学、国立国際医療研究センターが共同で行ったものです。また、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業並びに厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業の一環として行われました。
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 発表雑誌

雑誌名:New England Journal of Medicine (NEJM) 
論文タイトル:In Vitro Efficacy of Antiviral Agents against the Omicron Subvariant BA.4.6
著者: Emi Takashita*, Seiya Yamayoshi*, Peter Halfmann, Nancy Wilson, Hunter Ries, Alex Richardson, Max Bobholz, William Vuyk, Robert Maddox, David A. Baker, Thomas C. Friedrich, David H. O’Connor, Ryuta Uraki, Mutsumi Ito, Yuko Sakai-Tagawa, Eisuke Adachi, Makoto Saito, Michiko Koga, Takeya Tsutsumi, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Maki Kiso, Hiroshi Yotsuyanagi, Shinji Watanabe, Hideki Hasegawa, Masaki Imai, Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者
¶:責任著者
DOI: 10.1056/NEJMc2211845
URL: https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2211845
 

 問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
https://www.ncgm.go.jp/

 

 用語解説 

(注1)オミクロン株BA.4.6系統:
ウイルス感染は、コロナウイルス粒子表面に存在するスパイク蛋白質を介してウイルス粒子が宿主細胞表面の受容体蛋白質に結合することで始まる。実用化されたあるいは開発中のCOVID-19に対する抗体薬は、このスパイク蛋白質を標的としており、その機能を失わせる(中和する)ことを目的としている。BA.4系統は、そのスパイク蛋白質に少なくとも34ヶ所の変異を有する。BA. 4.6系統は、BA.4系統が有する34ヶ所の変異に加えて、2ヶ所の変異を有する。

(注2)抗体薬:
カシリビマブ・イムデビマブ(販売名:ロナプリーブ注射液セット)は令和3年7月19日に特例承認を受けた。ソトロビマブ(販売名:ゼビュディ点滴静注液)は令和3年9月27日に特例承認を受けた。チキサゲビマブ・シルガビマブ(販売名:エバシェルド筋注セット)は令和4年8月30日に特例承認を受けた。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000996967.pdfを参照。
米食品医薬品局(FDA)は、ベブテロビマブに緊急使用許可を出している(令和4年2月11日)。

(注3)抗ウイルス薬:
レムデシビル(販売名:ベクルリー点滴静注液)は令和2年5月7日に特例承認を受けた。モルヌピラビル(販売名:ラゲブリオ)は令和3年12月24日に特例承認を受けた。ニルマトレルビル・リトナビル(販売名:パキロビッドパック)は令和4年2月10日に特例承認を受けた。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000996967.pdfを参照。

(注4)感染阻害効果(中和活性):
抗体が持つウイルスの細胞への感染を阻害する機能。

(注5)従来株:
国内での流行初期に検出された中国武漢由来の株。

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:321KB)