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A型およびB型インフルエンザウイルスのNA蛋白質に交差反応する 中和ヒトモノクローナル抗体の性状解析

発表のポイント
 
  • A型およびB型インフルエンザウイルスのNA蛋白質を広く認識し、中和活性を示すヒトモノクローナル抗体(抗体名:3E17)を樹立した。
  • 3E17抗体はNA蛋白質の酵素活性部位の高度に保存されたアミノ酸を認識しており、本抗体から逃れるエスケープ変異ウイルスの増殖性は著しく低下していた。
  •  本抗体のエピトープはユニバーサルワクチンのターゲットとして適していることが示唆された。

 発表概要

今後起こる可能性があるインフルエンザウイルスによるパンデミックに対して、幅広いインフルエンザウイルスに対して予防効果を発揮するワクチンの開発が求められています。これまでインフルエンザワクチンや治療用抗体の開発は、ウイルス膜表面に存在するヘマグルチニン(HA)蛋白質を標的として行われてきました。一方で、もう一つの主要な膜蛋白質であるノイラミニダーゼ(NA)蛋白質を標的としたワクチンの開発は進んでおらず、広範な反応性を持つ抗NA抗体についてもあまり研究されていませんでした。

本研究では、A型およびB型インフルエンザウイルスのNA蛋白質に交叉反応するヒトモノクローナル抗体(抗体名:3E17)を樹立し、その性状を解析しました。本抗体はNA蛋白質の酵素活性部位に直接作用し、培養細胞およびマウスにおいて幅広い亜型のインフルエンザウイルスの感染に対して防御効果を発揮しました。また、3E17抗体はNA蛋白質の酵素活性部位の高度に保存されたアミノ酸を認識しており、本抗体から逃れるエスケープ変異ウイルスの増殖性は著しく低下してました。これらの結果から、本抗体のエピトープはユニバーサルワクチンのターゲットとして適していることが示唆されました。

 

 発表内容

インフルエンザウイルスは、20世紀に入って以降、1918年、1957年、1968年、2009年と4回のパンデミックを引き起こしており、動物からヒトに新たな亜型のインフルエンザウイルスが伝播することに起因しています。そのようなウイルスは既存のウイルスとは抗原性が大きく異なるため、ヒトは免疫を持たないことにより、パンデミック時には多く人が犠牲となりました。21世紀に入っても、高病原性鳥インフルエンザウイルス(A/H5亜型やA/H7亜型)のヒトへの感染が問題となっており、パンデミックになる前に先回りして封じ込める対策が講じられています。その一つとして、インフルエンザウイルス間で高度に保存されたエピトープに結合することで感染防御効果を示す“交差反応抗体”が注目されています。このような交差反応抗体の性状解析をもとに、保存されたエピトープを認識する抗体を効率的に誘導するユニバーサルワクチン(注1)の開発が世界的に行われています。

インフルエンザウイルスに対する防御抗体の主要な標的は、ウイルス粒子表面上にあるヘマグルチニン(HA)蛋白質とノイラミニダーゼ(NA)蛋白質(注2)です。これまでインフルエンザウイルスの感染防御には抗HA抗体が重要であるとして、HA蛋白質を抗原としたワクチンが多く開発されてきました。一方で、NA 蛋白質の抗原性変化はHA蛋白質より緩やかに進むことから、NA 蛋白質を用いたワクチンは抗原性変化の影響を受けにくいことが期待されており、ワクチン抗原としてNA蛋白質が注目されています。しかしながら、NA蛋白質を認識する交差反応性抗体の研究は限られており、保存されたエピトープの情報が十分ではないため、NA蛋白質を抗原とするユニバーサルワクチンの開発は進んでいません。

東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、A型インフルエンザウイルスに感染した患者から、複数の亜型のNA蛋白質に交差反応性を示すヒトモノクローナル抗体(抗体名:3E17)をハイブリドーマ法により樹立し、結合性、感染防御活性およびエピトープ解析を実施しました。

NA蛋白質はその抗原性により、3つのグループ[A型Group1(N1,N4,N5およびN8亜型)、A型Group2(N2,N3,N6,N7 およびN9亜型)、B型(Yamagata系統とVictoria系統)]に分類されます。抗体3E17がこれらの亜型に交差反応するかを検証したところ、本抗体は全ての亜型のNA蛋白質に結合することがわかりました(図1A)。さらに、培養細胞およびマウスにおいてウイルスの感染を防御することも確認されました。(A/H1N1pdm09亜型およびB/Yamagata系統ウイルスを用いたマウスにおける感染防御実験の結果を図1Bに示しています)

  • 図1.3E17抗体の交差反応性とマウスにおける感染防御能
    (A)3E17抗体はGroup1およびGroup2のA型ウイルスおよびB型ウイルスのNA蛋白質に交差反応した。(B)3E17抗体を投与されたマウスではA/H1N1pdm09亜型およびB/Yamagata系統ウイルス感染による体重減少が抑制された。
     
本抗体のエピトープを同定するため、抗体存在下でウイルスを継代し、抗体の結合から逃れるエスケープ変異ウイルスを作製しました。得られたエスケープ変異ウイルスのNA分節の塩基配列を解析し、導入されたアミノ酸変異を確認したところ、エスケープ変異ウイルスは酵素活性部位内の151番目と439番目のアミノ酸に変異を持っていました(図2A)。これらのアミノ酸の保存性は非常に高く、151番目のアミノ酸はA型およびB型インフルエンザウイルス内で99%以上、439番目のアミノ酸もA型ウイルスの99%以上で保存されています。また、エスケープ変異(D151GまたはD151N)を持つウイルスの増殖性を野生型と比較したところ、変異株の増殖性は著しく低下していることがわかりました(図2B)。

これらのことから、本抗体はNA蛋白質の酵素活性部位の高度に保存されたアミノ酸を認識しており、本抗体から逃れるエスケープ変異ウイルスは、発生しても直ちに流行株にはなりにくいことが示唆されました。これらの結果から、本抗体のエピトープはユニバーサルワクチンのターゲットとして適していると考えられ、本研究の成果はユニバーサルワクチン開発に役立つことが期待されます。

 

  • 図2.3E17抗体のエピトープおよびエスケープ変異ウイルスの増殖性比較
    (A)3E17抗体はNA蛋白質の酵素活性部位の高度に保存されたアミノ酸(151番目と439番目)を認識していた。(B)エスケープ変異(D151GまたはD151N)を持つウイルスは、野生型と比較して増殖性が著しく低下していた。

本研究は、2022年11月3日付け国際科学誌「Nature Communications」(11月3日オンライン版)に掲載されました。

なお、本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED) 新興・再興感染症研究基盤創生事業・海外拠点研究領域(JP21wm0125002)、日本学術振興会科学研究費助成事業(18K07141、21K07038)、アメリカ国立アレルギー・感染症研究所CRIP(HHSN272201400008C)、アメリカ国立衛生研究所(75N93021C00014)、MUFJ-FGワクチン開発支援(215100000358)の支援の下で実施されました。
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 発表雑誌

雑誌名:Nature Communications(11月3日オンライン版)
論文タイトル:
A broadly protective human monoclonal antibody targeting the sialidase activity of influenza A and B virus neuraminidases
著者:
Atsuhiro Yasuhara, Seiya Yamayoshi*, Maki Kiso, Yuko Sakai-Tagawa, Moe Okuda, Yoshihiro Kawaoka*(*Corresponding author)
DOI:10.1038/s41467-022-34521-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-34521-0

 

 問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
https://www.ncgm.go.jp/

 

 用語解説

(注1)ユニバーサルワクチン:
全ての種類のインフルエンザウイルスに対して予防効果が期待されるワクチン。現在のインフルエンザワクチンは、インフルエンザウイルスの表面蛋白質を標的とする抗体を誘導する。しかし、誘導された抗体が結合する領域は頻繁に変異するため、それに合わせて新たなワクチンを開発する必要がある。一方、ユニバーサルワクチンはインフルエンザウイルスの亜型間で広く保存された領域を標的とするため、ウイルスが変異して抗体から逃れる可能性が低いことが期待されている。

(注2)ヘマグルチニン(HA)蛋白質とノイラミニダーゼ(NA)蛋白質:
インフルエンザウイルスの膜表面に存在する蛋白質。ヘマグルチニン蛋白質は、感染の最初のステップとなる標的細胞への結合を担っており、ノイラミニダーゼ蛋白質は、細胞内で増殖したウイルスが感染細胞から外へ出て行く際に、ウイルスを細胞から遊離させる役割を持つ。

 

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:403KB)