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患者から分離した新型コロナウイルス・オミクロン変異株のBA.4系統ならびにBA.5系統の性状解明

発表のポイント
 
  • BA.4系統または現在流行の主流であるBA.5系統に属するオミクロン株(BA.4株、BA.5株)(注1)に感染した患者の臨床検体からウイルスを分離し、その性状を解析した。
  • BA.5株を感染させた動物では、体重減少と呼吸器症状の悪化が見られないなど、病理解析の結果を含めその病原性はデルタ株(注2)よりも低く、2月から6月頃まで流行していたBA.2系統のオミクロン株(BA.2株)と同程度であった。
  • BA.2株とBA.4株を同時に同じ個体に感染させ、どちらの株がハムスターの呼吸器でより増えやすいのか競合試験を行った。呼吸器で検出されたそれぞれの株の割合は、同程度か、ややBA.4株の方が高かった。一方、BA.2株とBA.5株を同時感染させたハムスターの呼吸器における割合は、BA.5株の方が高かった。

 発表概要

東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、新型コロナウイルス・オミクロン変異株のBA.4系統とBA.5系統(図1)の特性を明らかにしました。
 

  • 図1. 新型コロナウイルス・オミクロン変異株BA.5系統の走査型電子顕微鏡写真
    走査型電子顕微鏡法を用いて、オミクロン変異株のBA.5系統を感染させたVero/TMPRSS2細胞の表面を観察した。感染細胞表面上に多数のウイルス粒子(シアン)が観察される。
    (撮影:河岡研究室 横田京子さん・今井正樹 客員教授)

2021年末に新型コロナウイルスの変異株・オミクロン株が南アフリカで確認されて以降、本変異株による流行が現在も世界規模で続いています。オミクロン株は、少なくとも5つの亜系統(BA.1、BA.2、BA.3、BA.4、BA.5)に分類されます。オミクロン株の流行が始まってから数ヶ月間は、BA.1系統に属する株(BA.1株)が世界の主流でしたが、2022年1月上旬からBA.2系統に属する株(BA.2株)の感染例が増加し始め、同年6月にはBA.2株が世界でもっとも流行していました。しかし、2022年7月以降、日本を含む多くの国々でBA.2系統からBA.5系統への置き換わりが急速に進み、BA.5株が主流となっています。一方、南アフリカやボツワナなどの一部の国では、BA.4系統に属する株(BA.4株)の感染例が一時的に増えました。

本研究グループは今回、BA.4株ならびにBA.5株を患者検体から分離し、その性状を新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の動物モデル(ハムスター)を用いて評価し、オミクロン変異株出現前に流行していたデルタ株およびBA.2株と比較しました。その結果、BA.4株とBA.5株のハムスターにおける増殖力と病原性は、いずれもBA.2株と同程度でしたが、デルタ株と比較すると低いことが明らかになりました。

また、BA.2株とBA.4株を同時に同じ個体に感染させ、どちらの株がハムスターの呼吸器でより増えやすいのかを調べるために競合試験を行いました。呼吸器で検出されたそれぞれの株の割合は、同程度か、ややBA.4株の方が高い傾向が見られました。一方、BA.2株とBA.5株を同時に感染させたハムスターの呼吸器では、BA.5株の割合が高いことがわかりました。

本研究成果は、BA.4株とBA.5株のリスク評価など行政機関が今後の新型コロナウイルス感染症対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。本研究成果は、2022年11月2日、英国科学雑誌「Nature」オンライン速報版で公開されました。

なお、本研究は、東京大学、国立国際医療研究センター、米国ウィスコンシン大学、国立感染症研究所、米国ユタ州立大学が共同で行ったものです。また、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業並びに厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業の一環として行われました。

 

 発表内容

2021年11月に、新型コロナウイルスのスパイク蛋白質(注3)に少なくとも30ヶ所の変異を有するオミクロン株が南アフリカで初めて確認されました。オミクロン株は、少なくとも5つの系統(BA.1、BA.2、BA.3、BA.4、BA.5)に分類されます。オミクロン株の流行が始まってから数ヶ月間は、BA.1系統に属する株(BA.1株)が世界の主流でしたが、2022年1月上旬からBA.2系統に属する株(BA.2株)の感染例が増加し始め、同年6月にはBA.2株が世界でもっとも流行していました。しかし、2022年7月以降、日本を含む多くの国々でBA.2系統からBA.5系統への置き換わりが急速に進み、BA.5株が主流となっています。一方、南アフリカやボツワナなどの一部の国では、BA.4系統に属する株(BA.4株)の感染例が一時的に増えました。

東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、COVID-19感染モデル動物のハムスターを用いて、患者から分離したBA.4株とBA.5株の増殖能と病原性をデルタ株やBA.2株と比較しました。BA.4株の2株およびBA.5株の3株をハムスターに感染させたところ、BA.2株と同様に、全ての株において感染ハムスターは体重減少を示しませんでした (図2)。一方、デルタ株を感染させたハムスターは全ての個体で体重が減少しました。また、BA.4株あるいはBA.5株を感染させたハムスターでは、呼吸器症状の悪化も認められませんでした(図2)。ハムスターの肺や鼻におけるBA.4株とBA.5株の増殖能は、BA.2株と同程度でしたが、デルタ株と比べると低いことが明らかとなりました(図2)。さらに、感染動物肺の病理解析を行ったところ、BA.4株およびBA.5株感染ハムスターでは、BA.2株感染ハムスターと同程度の軽度の炎症しか見られませんでした。新型コロナウイルスの受容体であるヒトhACE2を発現するハムスターを用いた感染実験においても、BA.4株およびBA.5株の病原性と増殖能はデルタ株よりも低いことが明らかとなりました。
 


  • 図2 野生型ハムスターにおけるウイルスの病原性と増殖力
    新型コロナウイルス・オミクロン株をハムスターの鼻腔内に接種した。
    (A)接種後、非感染動物(対照群)と感染動物の体重を毎日測定した。オミクロン/BA.4株ならびにオミクロン/BA.5株に感染群ではオミクロン/BA.2感染群と同様、全ての株で体重が増加した。
    (B)呼吸機能の評価指標の1つである最大呼気流量は、気道の状態を測定できる指標である。オミクロン/BA.4株ならびにオミクロン/BA.5株ともに感染後の低下は認められず非感染ハムスターやオミクロン/BA.2株感染ハムスターと同程度であった。
    (C)感染後3日目の鼻と肺におけるウイルス量を測定した。オミクロン/BA.4株ならびオミクロン/BA.5株はオミクロン/BA.2株と同程度の増殖を示した。

続いて、BA.2株とBA.4株を同時に同じ個体に感染させ、どちらの株がハムスターの呼吸器でより増えやすいのか競合試験を行いました。呼吸器で検出されたそれぞれの株の割合は、同程度か、ややBA.4株の方が高い傾向が見られました。一方、BA.2株とBA.5株を同時に感染させたハムスターの呼吸器では、BA.5株の割合が高いことがわかりました。

本研究グループは、COVID-19動物モデルを用いて、患者から分離した複数のBA. 4株およびBA.5株の性状を解析しました。これら変異株の増殖能と病原性は、BA.2株と同程度でしたが、デルタ株と比べると低いことがわかりました。

BA.2株をもとに、スパイク(S)蛋白質のみをBA.4株やBA.5株と置き換えた組換えウイルスを用いた感染実験では、BA.4株やBA.5株のS蛋白質を有するウイルスの病原性がBA.2株よりも高いとする報告があります。一方、患者から分離したウイルスを用いた本研究では、BA.2株、BA.4株およびBA.5株の3株間では病原性に違いがないことが明らかになりました。組換えウイルスではなく、患者から分離したウイルスそのものを感染させた動物の病態は、オミクロン株感染者の病態をより反映していると考えられます。

本研究を通して得られた成果は、変異株のリスク評価など行政機関が今後のCOVID-19対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。

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 発表雑誌

雑誌名:「Nature」(11月2日オンライン速報版)
論文タイトル:Characterization of SARS-CoV-2 Omicron BA.4 and BA.5 isolates in rodents
著者: 
Ryuta Uraki*, Peter J. Halfmann*, Shun Iida*, Seiya Yamayoshi*, Yuri Furusawa, Maki Kiso, Mutsumi Ito, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Sohtaro Mine, Makoto Kuroda, Tadashi Maemura, Yuko Sakai-Tagawa, Hiroshi Ueki, Rong Li, Yanan Liu, Deanna Larson, Shuetsu Fukushi, Shinji Watanabe, Ken Maeda, Andrew Pekosz, Ahmed Kandeil, Richard J Webby, Zhongde Wang, Masaki Imai¶, Tadaki Suzuki¶, Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者
¶:責任著者
DOI: 10.1038/s41586-022-05482-7
URL: https://www.nature.com/articles/s41586-022-05482-7

 

 問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/

国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
https://www.ncgm.go.jp/

 

 用語解説 

  • (注1)BA.4系統またはBA.5系統に属するオミクロン株(オミクロン/BA.4株、オミクロン/BA.5株):
    ウイルス感染は、コロナウイルス粒子表面に存在するスパイク蛋白質を介してウイルス粒子が宿主細胞表面の受容体蛋白質に結合することで始まる。今回用いたオミクロン/BA.4 株ならびにオミクロン/BA.5株のスパイク蛋白質には、オミクロン/BA.2株と比較すると、少なくとも共通して5ヶ所(69-70del, L452R, F486V, R493Q)の違いがある。

    (注2)デルタ株:
    2020年12月にインドで最初に検出されたB.1.617.2系統に分類されるデルタ株は、オミクロン株が出現するまで世界で最も流行していた変異ウイルスである。デルタ株に存在するスパイク蛋白質の特定の変異(L452RやP681R)がデルタ株の増殖性や伝播効率の上昇に寄与する可能性が示唆されている。

    (注3)スパイク蛋白質:
    コロナウイルス粒子表面に存在する蛋白質。ウイルスが宿主細胞に侵入・感染する際に要となる蛋白質であり、スパイク蛋白質上のアミノ酸変異は病原性や伝播性に影響を与えることが報告されている。


     

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