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SARS-CoV-2オミクロンBA.5株およびBA.2系統株のウイルス学的性状の解明

発表のポイント
 
  • 昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)」(注2)は、当初オミクロンBA.1株が全世界に伝播したが、その後オミクロンBA.2株へと置き換わった。現在、複数出現したオミクロンBA.2株の亜系統(BA.2.12.1, BA.5など)のうち、BA.5株への置き換わりが国内外で急速に進んでいる。本邦で現在進行中の第7波は、BA.5株が主流である。
  • オミクロンBA.5株は、オミクロンBA.2株と比較してヒト集団内における実効再生産数が1.4倍高いことを明らかにした。
  • オミクロンBA.5株は、オミクロンBA.2株や他の亜系統株と比べて、感染や3回のワクチン接種によって誘導される中和抗体により抵抗性を示すこと、オミクロンBA.2株とオミクロンBA.5株では抗原性(注3)が異なることを明らかにした。
  • オミクロンBA.5株のスパイクタンパク質(注4)の合胞体形成活性(注5)は、オミクロンBA.2株や他の亜系統株のスパイクタンパク質に比べて有意に高かった。
  • ハムスターを用いた感染実験の結果、オミクロンBA.5株のスパイクタンパク質の遺伝子を持つウイルスは、オミクロンBA.2株よりも高い病原性を示すことを突き止めた。

 発表概要

東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」は、新型コロナウイルスの「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」(注6)のひとつである「オミクロンBA.5株」のウイルス学的特徴を、流行動態、免疫抵抗性、および実験動物への病原性等の観点から明らかにしました。

まず、統計モデリング解析により、オミクロンBA.5株の実効再生産数は、オミクロンBA.2株に比べて1.4倍高いことを見出しました。また、オミクロンBA.5株の抗原性が、オミクロンBA.2株とは異なることを明らかにしました。さらに、オミクロンBA.5株のスパイクタンパク質の合胞体形成活性は、オミクロンBA.2株に比べて有意に高いことを明らかにしました。そして、オミクロンBA.5株のスパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.2株に比べてハムスターにおける病原性が高いことを突き止めました。
本研究成果は2022年9月13日、米国科学雑誌「Cell」オンライン版で公開されました。

 

 発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2022年8月現在、全世界において6億人以上が感染し、600万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、流行動態の関連については、ほとんど分かっていません。

2020年以降、新型コロナウイルスが、その流行の過程において高度に多様化し、さまざまな新たな特性を獲得した「変異株」が出現していることが明らかとなっています。昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロンBA.1株」は、11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。その後、2022年1月から世界各国で、オミクロン株の派生株である「オミクロンBA.2株」が検出され、日本を含めた世界の多数の国々に広がりました。現在、オミクロンBA.2株の亜株の一つであるBA.5への置き換わりが世界中で急速に進んでいます。

本研究では、オミクロンBA.5株のウイルス学的特徴を明らかにするために、まず、世界各国のウイルスゲノム取得情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロン株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロン株BA.5株のヒト集団での増殖速度は、オミクロンBA.2株に比べて1.4倍高いことを突き止めました。

また、オミクロンBA.5株は、オミクロンBA.2株やBA.2.9.1株、BA.2.11株、BA.2.12.1株と比べると、感染や3回のワクチンによって誘導される中和抗体に抵抗性を示すこと、さらに、オミクロンBA.1株やオミクロンBA.2株感染者、オミクロンBA.2株やオミクロンBA.5株免疫動物の検体を用いた解析の結果、オミクロンBA.1株やオミクロンBA.2株単独によって誘導される抗体は、オミクロンBA.5株への中和活性が低下していること、オミクロンBA.5株単独によって誘導される抗体は、オミクロンBA.1株やオミクロンBA.2株への中和活性が低下していること、つまり、オミクロンBA.1株とオミクロンBA.2株、そしてオミクロンBA.5株はそれぞれ抗原性が異なることを明らかにしました。さらに、培養細胞を用いた感染実験の結果、オミクロン株BA.5株は、オミクロンBA.2株よりも、合胞体形成活性が高いことを見出しました(図1)。
 

  • 図1 オミクロンBA.2亜系統(BA.2.9.1, BA.2.11, BA.2.12.1, BA.5株)のスパイクによる合胞体形成
    (左)HEK293細胞に、図中に示したオミクロンBA.2亜系統(BA.2, BA.2.9.1, BA.2.11, BA.2.12.1, BA.5)スパイクタンパク質を発現させ(effector cells)、HEK293細胞(上段)あるいはHEK293-ACE2/TMPRSS2細胞(新型コロナウイルスの受容体を発現する細胞、下段)(target cells)と共培養させた。共培養後48時間において、緑色蛍光(effector cellsとtarget cellsが融合した場合のみ発光する)を指標として合胞体細胞を可視化した。
    (右)合胞体細胞の面積。カッコ内の数字は、計数した細胞の数を示す。

      
さらに、ヒトiPS細胞由来肺細胞を用いた感染実験の結果、オミクロンBA.5株は、オミクロンBA.2株よりも肺細胞における増殖効率が高いことを確認しました。最後に、ハムスターを用いた感染実験の結果、オミクロンBA.5株スパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.2株のスパイクタンパク質を持つウイルスに比べ、体重減少が有意に大きく、また呼吸機能の異常を示す検査数値が有意に高いことを突き止めました(図2)。
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  • 図2 オミクロンBA.5株のスパイクタンパク質を持つウイルスの病原性
    それぞれオミクロンBA.2株(rBA.2、緑)、オミクロンBA.2.12.1株のスパイクタンパク質を持つウイルス(rBA.2.12.1、紫)、BA.5株のスパイクタンパク質を持つウイルス(rBA.5、赤)をハムスターに経鼻接種し、体重(左)、および、呼吸機能(Penh, Rpef, 皮下血中酸素濃度 [SpO2])を経時的に測定した。その結果、オミクロンBA.5株のスパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.2株およびBA.2.12.1株のスパイクタンパク質を持つウイルスに比べ、病原性が高い(体重減少が大きく、呼吸機能の異常の程度も高い)ことが明らかとなった。各図左下の数字は、重回帰検定による調整済P値を示す。d.p.i., days postinfection(感染後日数)。
     
本研究により、オミクロンBA.5株は、オミクロンBA.2株よりも病原性が高いことが明らかになりました。また、本研究により、オミクロンBA.2株とオミクロンBA.5株では抗原性が異なること、そして、オミクロンBA.5株のヒト集団での実効再生産数は、オミクロンBA.2株に比べて1.4倍高いことも判明しました。現在、オミクロンBA.5株による加速的な流行拡大による医療逼迫が起きており、これを回避するために有効な感染対策を講じることが肝要です。

現在、「G2P-Japan」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な正常解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
 
<本研究への支援>
本研究は、佐藤佳教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413、20fk0108451、20fk0108407)、科学技術振興機構 CREST(JPMJCR20H4)などの支援の下で実施されました。

 

 発表雑誌

雑誌名:「Cell」9月13日オンライン版
論文タイトル:Virological characteristics of the SARS-CoV-2 Omicron BA.2 subvariants including BA.4 and BA.5
著者:
木村出海#, 山岨大智#, 田村 友和#, 直亨則#, 鈴木干城#, 小田義崇#, 三苫修也#, 伊東潤平#, Hesham Nasser#, Jiri Zahradnik#, 瓜生慧也, 藤田滋, 小杉優介, 王磊, 津田真寿美, 岸本麻衣, 伊藤駿, 鈴木理滋, 清水凌, MST Monira Begum, 吉松組子, 木村香菜子, 佐々木 慈英, 田畑香織, 山本佑樹, 永元哲治, 金宗潤, 小檜山浩司, 浅倉弘幸, 長島真美, 貞升健志, 吉村和久, 白川康太郎, 高折晃史, 倉持仁, Gideon Schreiber, 石井健, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 橋口 隆生*, 池田輝政*, 齊藤暁*, 福原崇介*, 田中伸哉*, 松野啓太*, 佐藤佳*.
(#Equal contribution; *Corresponding author)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.cell.2022.09.018
URL: https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(22)01190-4

 
 問い合わせ先

<研究についてのお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/ggclink/section04.html

<報道についてのお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/

北海道大学 社会共創部広報課
https://www.hokudai.ac.jp/

宮崎大学 企画総務部 総務広報課
https://www.miyazaki-u.ac.jp/

熊本大学 総務部総務課広報戦略室
https://www.kumamoto-u.ac.jp/

京都大学 総務部広報課国際広報室
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja

HiLung株式会社 広報担当
https://www.hilung.com/
 

 用語解説 

(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

(注2)オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。オミクロンBA.1株、オミクロンBA.2株などが含まれる。現在、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。

(注3)抗原性
抗原となる物質が宿主の免疫(ここでは抗体)を特異的に認識して結合する性質のこと。

(注4)スパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。

(注5)合胞体形成活性
合胞体とは、新型コロナウイルスに感染した細胞が、スパイクタンパク質を細胞表面に発現し、周囲の細胞と融合することによって形成される大きな細胞塊のこと。合胞体形成活性とは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を介して、合胞体を形成する能力のこと。

(注6)懸念される変異株(VOC:variant of concern)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。現在まで、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2, AY系統)、オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)が、「懸念される変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。多数の国々で流行拡大していることが確認された株が分類される。
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