発表のポイント |
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発表概要
- 2021年11月に初めて南アフリカで確認されたオミクロン株は、スパイク蛋白質に少なくとも30ヶ所の変異を有しており、それまでの世界的な流行株であったデルタ株(注1)に置き換わり、世界中に広がりました。世界保健機関(WHO)は、オミクロン株もデルタ株同様、「懸念される変異株(Variants of concern; VOC)」(注2)に指定しています。
東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、現行のmRNAワクチンでは、従来株に対する感染予防効果を比べ、新型コロナウイルスの変異株・オミクロン株に対する効果が低くなっていること、また従来株感染によって得られる免疫でもオミクロン株の鼻での増殖を十分に抑えられないことを明らかにしました。これらのことが、すでにオミクロン株出現以前に新型コロナウイルスに感染したことのある人や、ワクチンを接種した人への感染(ブレイクスルー感染)を進行させた要因の1つとして考えられます。
本研究グループは今回、新型コロナウイル感染症(COVID-19)の感染動物モデルであるハムスターを用いて、パンデミック初期のウイルス(従来株)の遺伝子情報をもとに設計されたmRNA ワクチンの接種、あるいは従来株の感染によって誘導される免疫応答がオミクロン株に対して感染防御効果を有するかどうかを評価しました。
その結果、現行のmRNAワクチンを2回接種したハムスターは従来株に対しては高い抵抗性を示すものの、オミクロン株に対しては十分な抵抗性を示しませんでした。また、従来株に感染してから長期間経過したハムスターは、オミクロン株に再感染後に肺からはウイルスは検出されませんでしたが、鼻からはある程度ウイルスが増殖していました。これらの結果は、オミクロン株に対する現行のワクチンの有効性が、従来株に対する有効性と比べると低くなること、加えて、従来株の感染によって得られる免疫では十分に上気道での増殖を抑制できないことがオミクロン株の感染拡大をもたらした要因の1つであることを示唆しています。
本研究成果は、今後の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。本研究成果は、2022年3月27日、米国科学雑誌「Cell Reports」に公開されました。
なお本研究は、東京大学、米国ウィスコンシン大学、国立国際医療研究センター、米国ウィスコンシン州立衛生研究所が共同で行ったものです。また、本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の一環として行われました。
発表内容
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、ウイルス粒子の表面に露出したスパイク蛋白質を使って宿主細胞の表面にあるウイルス受容体に結合することで、標的とする細胞に吸着し、感染していきます。オミクロン株は、このスパイク蛋白質の30カ所以上にアミノ酸変異が生じていることが報告されており、ウイルス受容体と結合する部位にも15カ所のアミノ酸変異を有します。ウイルスの細胞への吸着や感染を阻害する中和抗体(注3)は、ウイルス粒子上のスパイク蛋白質(特に受容体との結合部位)に結合することによって作用します。
現行のmRNA ワクチンはパンデミック初期のウイルス(従来株)の遺伝子情報をもとに設計されているため、オミクロン株のスパイク蛋白質上に起きた変異はワクチンの効果に減弱させるおそれがあります。現在、多くの人がワクチンの1回または2回接種を受けることにより、あるいは流行株に感染することによりすでに免疫を獲得しているのにも関わらず、オミクロン株は急速に世界中に広がりました。
そこで、東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、COVID-19感染動物モデルであるハムスターを用いて、従来株に対して誘導された免疫応答が、オミクロン株への感染に与える影響について、COVID-19感染動物モデルであるハムスターを用いて検証しました。
ハムスターにmRNAワクチン(モデルナ社製)を1回または2回接種(4週間後に2回目の接種)し、その7ヶ月後に従来株(パンデミック初期のウイルス株)またはオミクロン株に感染させ、肺と鼻でのウイルス量を測定しました(図1)。その結果、従来株に対しては、1回のワクチン接種で100分の1に、2回接種で1,00,000分の1に、肺と鼻でのウイルスの増殖を抑えることができるのに対し、オミクロン株に対しては1回の接種のみでは顕著な効果は見られず、2回接種した場合でも30-50分の1にしかウイルス増殖を抑制できませんでした。
次に、従来株感染から回復したハムスターのオミクロン株に対する抵抗性を調べました。初感染から7-22ヶ月が経過したハムスターに、従来株またはオミクロン株を再感染させて、肺および鼻でのウイルス量を測定しました(図2)。
従来株を再感染させたハムスターでは、全ての個体の肺および鼻の両方でウイルスは検出されませんでした。オミクロン株を再感染させたハムスターでは、どの個体からも肺からウイルスは検出されず、鼻のウイルス量も初感染ハムスターの鼻で検出されるものに比べると100倍程度抑制されていました。一方でオミクロン株を再感染させたハムスターは全ての個体からある程度のウイルスが検出されました。この鼻で増えたウイルスが、未感染で感受性の高い別の個体に飛沫伝播していく可能性は考えられます。
本研究によって、現行のmRNAワクチン接種または従来株の感染によって得られる免疫は、オミクロン株の下気道における増殖をある程度抑制するものの、上気道での効果は限定的でオミクロン株に回避されてしまうことが明らかとなりました。これは、オミクロン株のスパイク蛋白質上に生じた多くのアミノ酸変異による起因するものと考えられます。よって、今後も出現してくるであろう変異ウイルスに対して、幅広く対応できる免疫を長期間に渡って誘導できるワクチンの開発が必要です。
本研究を通して得られた成果は、変異株のリスク評価など行政機関が今後のCOVID-19対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。
現行のmRNA ワクチンはパンデミック初期のウイルス(従来株)の遺伝子情報をもとに設計されているため、オミクロン株のスパイク蛋白質上に起きた変異はワクチンの効果に減弱させるおそれがあります。現在、多くの人がワクチンの1回または2回接種を受けることにより、あるいは流行株に感染することによりすでに免疫を獲得しているのにも関わらず、オミクロン株は急速に世界中に広がりました。
そこで、東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、COVID-19感染動物モデルであるハムスターを用いて、従来株に対して誘導された免疫応答が、オミクロン株への感染に与える影響について、COVID-19感染動物モデルであるハムスターを用いて検証しました。
ハムスターにmRNAワクチン(モデルナ社製)を1回または2回接種(4週間後に2回目の接種)し、その7ヶ月後に従来株(パンデミック初期のウイルス株)またはオミクロン株に感染させ、肺と鼻でのウイルス量を測定しました(図1)。その結果、従来株に対しては、1回のワクチン接種で100分の1に、2回接種で1,00,000分の1に、肺と鼻でのウイルスの増殖を抑えることができるのに対し、オミクロン株に対しては1回の接種のみでは顕著な効果は見られず、2回接種した場合でも30-50分の1にしかウイルス増殖を抑制できませんでした。
次に、従来株感染から回復したハムスターのオミクロン株に対する抵抗性を調べました。初感染から7-22ヶ月が経過したハムスターに、従来株またはオミクロン株を再感染させて、肺および鼻でのウイルス量を測定しました(図2)。
従来株を再感染させたハムスターでは、全ての個体の肺および鼻の両方でウイルスは検出されませんでした。オミクロン株を再感染させたハムスターでは、どの個体からも肺からウイルスは検出されず、鼻のウイルス量も初感染ハムスターの鼻で検出されるものに比べると100倍程度抑制されていました。一方でオミクロン株を再感染させたハムスターは全ての個体からある程度のウイルスが検出されました。この鼻で増えたウイルスが、未感染で感受性の高い別の個体に飛沫伝播していく可能性は考えられます。
本研究によって、現行のmRNAワクチン接種または従来株の感染によって得られる免疫は、オミクロン株の下気道における増殖をある程度抑制するものの、上気道での効果は限定的でオミクロン株に回避されてしまうことが明らかとなりました。これは、オミクロン株のスパイク蛋白質上に生じた多くのアミノ酸変異による起因するものと考えられます。よって、今後も出現してくるであろう変異ウイルスに対して、幅広く対応できる免疫を長期間に渡って誘導できるワクチンの開発が必要です。
本研究を通して得られた成果は、変異株のリスク評価など行政機関が今後のCOVID-19対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。
発表雑誌
雑誌名:「Cell Reports 」(3月27日オンライン版)
論文タイトル:Efficacy of vaccination and previous infection against the Omicron BA.1 variant in Syrian hamsters
著者:
Peter J. Halfmann*¶, Makoto Kuroda, Tadashi Maemura, Shiho Chiba, Tammy Armbrust,
Ryan Wright, Ariane Balaram, Kelsey R. Florek, Allen C. Bateman, and Yoshihiro
Kawaoka¶
*:筆頭著者
¶:責任著者
DOI:10.1016/j.celrep.2022.110688
URL:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.110688
問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html
<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html
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東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
用語解説
(注1)デルタ株:
2020年12月にインドで最初に検出されたB.1.617.2系統に分類されるウイルス株。2021年末にオミクロン株が出現するまで世界で最も流行していた変異ウイルスである。デルタ株のスパイク蛋白質に生じた特定の変異(L452RやP681R)がデルタ株の増殖性や伝播効率の上昇に寄与していることが示唆されている。
(注2)懸念される変異株(Variants of concern; VOC):
世界保健機関(WHO)では、ウイルスに生じた変異が引き起こすリスクを分析・評価し、病原性・感染性・伝播性を高める変異やワクチン・治療薬の効果を低下させる変異を持つウイルスを「懸念される変異ウイルス (Variants of Concern; VOC)」に分類している。現在、オミクロン株を含め5種類の変異株がVOCとして指定されている。
(注3)中和抗体:
ウイルスの細胞への感染を阻害する抗体のこと。
2020年12月にインドで最初に検出されたB.1.617.2系統に分類されるウイルス株。2021年末にオミクロン株が出現するまで世界で最も流行していた変異ウイルスである。デルタ株のスパイク蛋白質に生じた特定の変異(L452RやP681R)がデルタ株の増殖性や伝播効率の上昇に寄与していることが示唆されている。
(注2)懸念される変異株(Variants of concern; VOC):
世界保健機関(WHO)では、ウイルスに生じた変異が引き起こすリスクを分析・評価し、病原性・感染性・伝播性を高める変異やワクチン・治療薬の効果を低下させる変異を持つウイルスを「懸念される変異ウイルス (Variants of Concern; VOC)」に分類している。現在、オミクロン株を含め5種類の変異株がVOCとして指定されている。
(注3)中和抗体:
ウイルスの細胞への感染を阻害する抗体のこと。