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高出力深紫外LED(265nm帯)により エアロゾル中の新型コロナウイルスの高速不活性化に成功

発表のポイント
 
  • 小型・高出力、発光波長265nm帯の深紫外 LED(注1)が、液体中ならびにエアロゾル中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を極めて短い照射時間で不活性化できることを定量的に明らかにしました。
  • 深紫外LED照射によるエアロゾル中のSARS-CoV-2に対する不活性化効果は、液体中に比べて約9倍高いことが明らかとなりました。
  • 小型・高出力の265nm帯 深紫外LEDが、SARS-CoV-2のエアロゾル感染による感染拡大を抑制するための有効かつ実用的なツールとして役立つことが期待されます。

 発表概要

  • 東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授ならびに国立研究開発法人情報通信研究機構の井上振一郎室長らの研究グループは、小型・高出力、発光波長265nm帯の深紫外発光ダイオード(DUV-LED)を用いることで液体中ならびにエアロゾル中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を迅速に不活性化できることを実証しました。

  • SARS-CoV-2によって引き起こされる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界規模での流行が続いています。COVID-19の感染経路の一つとして、エアロゾル感染の存在が明らかになってきていますが、エアロゾル化したウイルスに対しては液体薬剤の使用が有効ではないため、感染対策上、大きな課題が残されていました。このような状況であるため、深紫外LED照射によるウイルスの不活性化に大きな期待が寄せられています。しかしながら、従来の深紫外LEDの光出力は数十mW程度と小さく、迅速に高い不活性化率を達成するには不十分でした。また、SARS-CoV-2エアロゾルに対する深紫外LEDの定量的な照射効果についても明らかにされていませんでした。

  • 本研究グループは今回、ピーク発光波長265 nmで光出力500 mW(世界最高出力)のシングルチップ小型深紫外LED照射光源を開発し、液体(試験皿内のウイルス懸濁液)およびエアロゾル中のSARS-CoV-2に対する不活性化効果を定量的に評価しました。その結果、高出力深紫外LEDは、液体中のSARS-CoV-2の感染力を極めて短い照射時間(0.4秒以下)で10万分の1未満に減少させることが可能であることを明らかにしました。また、エアロゾル中のSARS-CoV-2に対する深紫外LEDの不活性化効果は、液体中に比べて約9倍効率的であることを示しました。本研究成果から、小型・高出力の265nm帯 深紫外LEDがSARS-CoV-2の拡散を抑制するための極めて有効かつ実用的なツールになり得ることが示されました。

  • 本研究成果は、2022年3月17日に米国科学雑誌「mSphere」のオンライン速報版で公開されました。なお本研究は、東京大学と情報通信研究機構が共同で行ったものです。本研究成果は、総務省令和2年度補正予算事業、令和2年度厚生労働科学研究「新興・再興感染症のリスク評価と危機管理機能の実装のための研究」、日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業と新興・再興感染症研究基盤創生事業(海外拠点研究領域)、並びに日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の一環として得られました。
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 発表内容

COVID-19の感染経路の一つとして、エアロゾル感染の存在が明らかになってきています。エタノールなどの液体薬剤はSARS-CoV-2に対して顕著な不活性化効果を示すことから、物体表面の除染等に広く使用されています。しかし、液体薬剤を使用することができない条件やSARS-CoV-2エアロゾルに関しては有効な不活性化方法が確立されておらず、感染対策上の課題として残されています。

深紫外(DUV)半導体発光ダイオード(LED)を用いた光照射は化学物質を使わずにウイルスや微生物を不活性化する技術として注目されています。ウイルスや微生物の光不活性化にはUV-C と呼ばれる100~280nmの波長域の光照射が効果的であり、特に、DNAやRNAの吸収極大波長とほぼ重なる265nm付近の光照射が最も高い効果が得られます。LEDは、水銀ランプなどのガス放電型紫外線ランプに比べて、発光波長の調整性が高く、小型、シングルピークでの発光、低駆動電圧、ウォームアップ時間が不要、水銀不使用による環境負荷が少ないなどの多くの利点があります。

これまで紫外線光源として産業的には主に水銀ランプが用いられてきましたが、水銀廃絶に向け2017年に「水銀に関する水俣条約」が発効し、その代替光源としてDUV-LEDが期待されています。しかし、従来のDUV-LEDの光出力は、水銀ランプに比べて非常に弱く、市販されている265nm帯DUV-LEDの出力(約50mW)では、SARS-CoV-2に対する不活性化効果は認められるものの実用に十分な効率とは言えませんでした。また、これまで光照射技術を用いたSARS-CoV-2に対する不活性化効果の評価については、試験皿内のウイルス懸濁液を用いた条件に限られており、DUV-LEDによるSARS-CoV-2エアロゾルに対する不活性化効果ならびに定量的評価についても行われていませんでした。

本研究では、波長265nmの発光ピークを示す高出力な窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系DUV-LEDを開発し、液体中ならびにエアロゾル中のSARS-CoV-2に対する光不活性化効果を定量的に検証しました。従来のAlGaN系DUV-LEDの低出力の主な原因であった極めて低い光取出し効率の問題を改善するために、井上らが以前に実証した窒化アルミニウム(AlN)基板上LEDに対するナノフォトニック光取出し技術をさらに発展させ、シングルチップLEDあたりの光出力を増加させることで高出力265nm帯DUV-LEDの開発に成功しました(図1)。作製した DUV-LED は、室温・連続駆動の条件下で従来市販DUV-LEDの約10倍の500 mWを超える出力が観測され、これまでに報告されているシングルチップのUV-C領域のDUV-LEDにおいて最も高い出力を示しました。

図1 本研究で使用したDUV-LED照射装置
(a) AlNサブマウントとヒートシンクに搭載されたシングルチップDUV-LEDの外観写真。
(b)大面積AlNナノフォトニック光取り出し構造を持つDUV-LED層構造の模式図。
液体中のSARS-CoV-2に対するDUV-LEDの不活性化効果を調べるため、スライドガラスの上にSARS-CoV-2懸濁液(注2)を円形に広げ、真上からDUV-LED光を照度54mW/cm2で照射しました。ウイルス懸濁液を回収しプラークアッセイ(注3)を用いてウイルス力価を測定すると、ウイルスの感染力は照射0.167秒後に1/1000、0.270秒後に1/10000、0.387秒後に1/100000に減少しました。各タイムポイントにおける照射光量は、それぞれ9.02 mJ/cm2, 14.58 mJ/cm2および 20.90 mJ/cm2であり、DUV-LED光によるSARS-CoV-2懸濁液のD99.9(注4)は9.02 mJ/cm2でした(図2、表1)。
 
図2 SARS-CoV-2懸濁液に対するDUV-LEDの不活性化効果
SARS-CoV-2懸濁液をスライドグラス上に円形に広げ、DUV-LED照射直後に回収し、ウイルス感染価を評価しました。白丸は高出力500mW DUV-LEDを照射した際の各実験の測定値、赤丸は平均値を示します。
 
表1 SARS-CoV-2の生存率とDUV-LEDの照射時間(秒)ならびに総照射量(mJ/cm2)の関係
図2および図3の実験平均値より算出しました。


続いてSARS-CoV-2エアロゾルに対するDUV-LEDの効果を調べるため、バイオセーフティレベル3施設の安全キャビネット内にウイルスエアロゾルの解析が可能な試験チャンバーを設置しました。試験チャンバー内にはネブライザーを用いてSARS-CoV-2を含むエアロゾル(94.9%以上の粒子が直径2μm未満)を生成し、DUV領域の光透過性の極めて高い合成石英で作製された管を介してエアロゾルをエアサンプラーで採取しました。


DUV-LED照射システムは合成石英管内を通過するエアロゾルを石英管の外側から光照射できるように設置され、エアサンプラーの吸引流量を調整することでエアロゾルが照射領域を通過する時間(照射線量)を制御しました。エアロゾル化したSARS-CoV-2は、DUV-LED照射により、0.0043秒(0.23 mJ/cm2)後に1/10、0.0074秒(0.40 mJ/cm2)後に1/100、そして0.019秒(1.04 mJ/cm2)後に1/1000にまで急速に不活性化されました(図3、表1)。SARS-CoV-2エアロゾルのD99.9に必要な総線量は1.04 mJ/cm2であり、DUV-LED照射は、ウイルスエアロゾルに対しては、ウイルス懸濁液に比して約9倍有効であることが示されました。
 
図3 SARS-CoV-2エアロゾルに対するDUV-LEDの不活性化効果
SARS-CoV-2エアロゾルをBSL3施設内の試験チャンバー内に生成し、DUV-LED光を照射しながらエアサンプラーで回収した後、プラークアッセイを用いてウイルスの感染性を評価しました。白丸は高出力500mW DUV-LEDを照射した際の各実験の測定値、赤丸は平均値を示しています。

本研究では高出力DUV-LEDの照射効果を定量的に検証するために、石英管の内径サイズ(20mm)と同じ、直径約20mmの範囲で光照射量が均一になるようにLED・レンズ光学系を調整し、試験サンプルと光学系との距離(ワーキングディスタンス)を550mmで固定して実験を実施しました。LED光源の照射範囲ならびに照射距離についてはDUV-LEDのチップ数、出力、照射時間等を調整することで、使用用途に応じた最適化が可能です。DUV-LEDのウイルス不活性化用途における実用化の際には、人体への安全性を確保するために、皮膚や目への直接の照射を避ける運用が必要となります。ウイルスエアロゾルの不活性化に対しては、空気清浄機やエアコン等の内部に組み込むなど、安全な遮蔽機構を有する製品を開発し利用していくことが有望です。


本研究により、波長265nm帯のシングルチップ500mW高出力 DUV-LED照射システムを用いることで液体中およびエアロゾル中のSARS-CoV-2を迅速に不活性化できることが実証されました。265nm 高出力DUV-LEDは、低コスト・高効率に物体表面の殺菌に利用できるほか、空気清浄機やエアコンに組み込むことで、エアロゾル中のSARS-CoV-2の迅速な不活性化を実現し、感染拡大の防止や公衆衛生の向上に寄与することが期待されます。

 

 発表雑誌


雑誌名:mSphere(3月17日オンライン版)
論文タイトル:A 265-Nanometer High-Power Deep-UV Light-Emitting Diode
Rapidly Inactivates SARS-CoV-2 Aerosols
著者:Hiroshi Ueki, Mutsumi Ito, Yuri Furusawa, Seiya Yamayoshi, Shin-ichiro Inoue*, and Yoshihiro Kawaoka*
DOI:10.1128/msphere.00941-21
URL:https://doi.org/10.1128/msphere.00941-21
 
 

 問い合わせ先 

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所
ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html
*ウイルスに関連するご質問に関してはこちらにご連絡ください。

国立研究開発法人情報通信研究機構
未来ICT研究所 神戸フロンティア研究センター
深紫外光ICT研究室
室長 井上 振一郎(いのうえ しんいちろう)
https://www2.nict.go.jp/duv/
*深紫外LEDに関連するご質問に関してはこちらにご連絡ください。

 
<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)

国立研究開発法人情報通信研究機構 広報部 報道室
 
 

 用語解説

(注1)深紫外 LED
概ね200~300 nmの波長帯(深紫外領域)の光を発する半導体発光ダイオード(LED:light-emitting diode)のこと。

(注2)懸濁液
本研究においては試験ウイルスが浮遊している液体。

(注3)プラークアッセイ
感染性のウイルス数を測定するための手法の一つ。試験培養細胞がウイルスに感染してはがれ落ちたことにより出来た穴(plaque)の数を測定します。

(注4)D99.9
試験ウイルスの99.9%を不活性化するのに必要な積算光量のこと。

 
 

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