発表のポイント |
---|
|
発表概要
- 東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、新型コロナウイルスの従来株に感染した際に誘導される免疫が長期間にわたって維持されること、そしてこの維持された免疫はデルタ株による再感染に対してしても有効であり、かつ個体間での飛沫感染を抑制することを明らかにしました。
2021年に出現した「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」に指定されている「デルタ株(B.1.617.2系統)」は、同年に爆発的な流行を世界各国で引き起こしました。本研究グループは今回、ワクチン被接種者の血清と動物モデルを用いて、パンデミック初期のウイルス(従来株)の遺伝子情報をもとに設計されたmRNA ワクチンの接種、あるいは従来株の感染によって誘導される免疫応答がデルタ株に対して感染防御効果を有するかどうかを評価しました。その結果、mRNAワクチン接種や従来株感染で誘導された中和抗体(注2)のデルタ株に対する活性は、従来株に対するものと比較して3−4倍程度低いことが明らかとなりました。- 一方で、従来株に感染してから長期間経過したハムスターは、デルタ株の再感染に対しても同等の抵抗性を示しました。再感染を試みたハムスターの肺からはデルタ株および従来株のいずれのウイルスも検出されませんでした。また、デルタ株を再感染させたハムスターと直接的な接触が起こらない飼育環境下で24時間飼育したハムスターからは、鼻洗浄液を含む鼻と肺の検体、いずれの検体からもウイルスは検出されず、再感染個体から別の個体にウイルスは飛沫伝播しないことも明らかになりました。これらの結果は、従来株感染によって誘導された免疫は、長期にわたり記憶され、変異株に対する感染防御にも寄与することを示唆しています。
本研究成果は、今後の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。
本研究成果は、2022年2月15日、米国科学雑誌「Cell Reports」に公開されました。- なお本研究は、東京大学、米国ウィスコンシン大学、米国ミシガン大学、国立国際医療研究センターが共同で行ったものです。また、本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の一環として行われました。
発表内容
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2019年12月にヒトでの感染が報告されて以来、現在に至るまで2年以上、同ウイルスによる世界的な流行が続いています。その間、様々な変異ウイルス(注3)が出現しています。世界保健機関(WHO)は、これらウイルスに生じた変異が引き起こすリスクを分析・評価し、病原性・感染性・伝播性を高める変異やワクチン・治療薬の効果を低下させる変異を持つウイルスを「懸念される変異ウイルス (Variants of Concern; VOC)」に分類しています。これまで、パンデミック初期のウイルス(従来株)の遺伝子情報をもとに設計されたmRNA ワクチンの接種、あるいは従来株の感染によって誘導される免疫応答が、その後発生したVOCに指定されたウイルスに対しても感染防御効果を有するかどうかは不明でした。そこで、東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、2021年に爆発的な流行を世界各国で引き起こした「デルタ株(B.1.617.2系統)」(注4)に焦点をあて、従来株に対して誘導された免疫応答が、高い増殖性と感染伝播力をもつデルタ株への感染防御に有効であるか、COVID-19感染動物モデルであるハムスターを用いて検証しました。
まず、mRNAワクチン(ファイザー社のBNT162b2、またはモデルナ社のmRNA-1273)を接種した人から採取した血清の、デルタ株に対する中和活性を調べました。その結果、mRNAワクチンの被接種者血清のデルタ株に対する中和抗体価は、従来株に対する中和抗体価と比べて、BNT162b2では3.9 倍、mRNA-1273では2.7倍低いことが明らかとなりました(図1)。
次に、COVID-19感染モデル動物のハムスターを用いて、従来株の感染によって誘導された免疫応答がデルタ株に対して有効であるかどうかを検証しました。従来株に感染から回復後2ヶ月間経過したハムスター血清の中和抗体活性について解析したところ、ワクチン被接種者の血清と同様に、デルタ株に対する中和活性は従来株よりも低いことが分かりました。さらに、新型コロナウイルス感染症従来株感染から回復したハムスターが、その後のデルタ株の再感染に対して抵抗性を示すかどうかを調べました。従来株による初感染から長期間(2.5ヶ月または15ヶ月)経過したハムスターにデルタ株を再感染させました。その結果、デルタ株に再感染したハムスターの鼻から検出されるウイルス量は、感染歴を持たないハムスターと比べて大幅に低く、再感染個体の肺からはウイルスは全く検出されませんでした(図2:15ヶ月後に再感染させたハムスターの実験結果)。
本研究によって、従来株の感染によって誘導された免疫は、長期にわたり記憶され、抗原性の変化した変異株に対する感染防御に寄与することが明らかとなりました。この免疫が、2021年末から爆発的に感染者が増加しているオミクロン株に対しても感染防御効果を有するかは今後検証する必要があります。
本研究を通して得られた成果は、変異株のリスク評価など行政機関が今後のCOVID-19対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。
発表雑誌
雑誌名:「Cell repots」(2月15日オンライン版)論文タイトル:Long-term, infection-acquired immunity against the SARS-CoV-2 Delta variant in a hamster model
著者: Peter J. Halfmann*, Makoto Kuroda, Tammy Armbrust, Molly Accola, Riccardo Valdez, Theresa Kowalski-Dobson, William Rehrauer, Aubree Gordon, and Yoshihiro Kawaoka*
*:責任著者
DOI: 10.1016/j.celrep.2022.110394
URL:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.110394
問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ>東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html
<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
用語解説
(注1)中和活性:ウイルスの細胞への感染を阻害する機能のこと。
(注2)中和抗体:
ウイルスの細胞への感染を阻害する抗体のこと。
(注3)変異ウイルス:
これまでに様々なアミノ酸変異を持ったウイルスが報告されているが、感染受容体であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)と結合し、ウイルスの細胞への感染のきっかけとなる蛋白質である、スパイク蛋白質に起きたアミノ酸変異がもっとも注目されている。これまで、スパイク蛋白質におけるアミノ酸変異が、ウイルスの病原性・感染・増殖・伝播効率を変化させることが報告されている。また、実用化されたワクチンや現在開発中のワクチンの多くはスパイク蛋白質を標的としているため、ワクチンの有効性に影響を及ぼす可能性も高い。
(注4)デルタ株(B.1.617.2系統):
2020年12月にインドで最初に検出されたB.1.617.2系統に分類されるウイルス株。2021年末にオミクロン株が出現するまで世界で最も流行していた変異ウイルスである。デルタ株が発現するスパイク蛋白質に生じた特定の変異(L452RやP681R)がデルタ株の増殖性や伝播効率の上昇に寄与する可能性が示唆されている。