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世界初の脳腫瘍ウイルス療法が承認 ~東大発のアカデミア主導創薬で新しいがん治療モダリティ実用化~

東京大学医科学研究所附属病院 脳腫瘍外科(東京大学医科学研究所 附属先端医療研究センター 先端がん治療分野)の藤堂具紀教授らの研究グループは、単純ヘルペスウイルス1型(口唇ヘルペスのウイルス)に人工的に3つのウイルス遺伝子を改変した第三世代のがん治療用ヘルペスウイルス G47Δ(ジーよんじゅうななデルタ)の臨床開発を進めてきました。膠芽腫(こうがしゅ、脳腫瘍の一種)の患者を対象に東京大学医科学研究所附属病院で実施した医師主導治験において有効性と安全性が確認されたため、2020年12月28日に製造販売承認(注1)の申請が行われ、間もなく悪性神経膠腫を適応症とした再生医療等製品(一般名 テセルパツレブ、製品名 デリタクト注)として承認されます。市販後に本品を使用する患者全例を対象に7年以内に有効性・安全性の再確認を行うという条件及び期限付き承認(注2)です。G47Δは厚生労働省の先駆け審査指定制度(注3)および悪性神経膠腫を対象とした希少疾病用再生医療等製品(注4)の指定を受けていました。

G47Δの開発は、発明から実用化まで一貫してアカデミア主導で実施されており、臨床開発は全て東京大学で実施しました。革新的医療技術の大半がアカデミアから生まれる世界趨勢の中、日本でもアカデミア主導の創薬を成功させる道筋を示したモデルケースと言えます。G47Δは、日本で初めて承認されるウイルス療法製品であり、国産の遺伝子治療用製品としては2つめです。世界では脳腫瘍に対する初めてのウイルス療法製品です。G47Δは全ての固形がんに同じメカニズムで同じく作用することから、今後脳腫瘍以外のがんにも適応が拡がることが期待されます。

 

 【発表者】

東京大学医科学研究所 教授・日本遺伝子細胞治療学会 理事長  藤堂 具紀(とうどう ともき)
日本遺伝子細胞治療学会 事務局長(杏林大学医学部 教授) 福原 浩(ふくはら ひろし)

 

 【悪性神経膠腫について】

 神経膠腫(こうしゅ)(グリオーマ)は、原発性脳腫瘍のおよそ4分の1を占め、代表的な悪性脳腫瘍です。神経膠腫は悪性度に従って4段階に分けられ、悪性度の高い2つの段階のもの(悪性度3と4)を悪性神経膠腫と呼びます。このうち治験の対象となった膠芽腫(グリオブラストーマ)は、最も頻度が高く予後も悪い悪性度4の神経膠腫です。手術をしてから放射線治療と化学療法を行っても、生存期間中央値(いわゆる平均余命)は診断から18カ月、5年生存率は10%程度とされます。今回G47∆(デリタクト注)の適応対象となるのは、悪性度3と4の悪性神経膠腫です。
 
 

 【がんのウイルス療法とは】

 がんのウイルス療法とは、がん細胞のみで増えることができるウイルスを感染させ、ウイルスが直接がん細胞を破壊する治療法です。ウイルス療法では、遺伝子工学技術を用いてウイルスゲノムを「設計」して、がん細胞ではよく増えても正常細胞では全く増えないウイルスを人工的に造って臨床に応用します。がん細胞だけで増えるように工夫された遺伝子組換えウイルスは、がん細胞に感染するとすぐに増殖を開始し、その過程で感染したがん細胞を死滅させます。増殖したウイルスはさらに周囲に散らばって再びがん細胞に感染し、ウイルス増殖、細胞死、感染を繰り返してがん細胞を次々に破壊していきます。一方、正常細胞に感染した遺伝子組換えウイルスは増殖できないような仕組みを備えているため、正常組織は傷つきません(図1)。
 
 

図1 
 

 【G47Δ(ジーよんじゅうななデルタ)とは】

G47Δは、口唇に水疱ができる口唇ヘルペスの原因ウイルスとして知られている単純ヘルペスウイルス1型の3つのウイルス遺伝子を改変して、藤堂教授らが作製した世界初の第三世代のがん治療用遺伝子組換えヘルペスウイルスです(図2)。

単純ヘルペスウイルス1型は、がん治療に有利な特長を多く備えています。その主な特長は、1)ヒトのあらゆる種類の細胞に感染できること、2)細胞を殺す力が比較的強いこと、3)抗ウイルス薬が存在するため治療を中断できること、4)患者がウイルスに対する抗体を持っていても治療効果が下がらないこと、などです。単純ヘルペスウイルス1型のゲノムから、正常細胞での複製には必要でがん細胞では不要なウイルス遺伝子を取り除くことで、がん細胞だけで増えるウイルスを造ることができます。

3つのウイルス遺伝子を改変したG47Δは、既存のがん治療用ウイルスに比べて安全性と治療効果が格段に高くなっています。また、大きな特徴として、複製した増えたG47Δが、破壊したがん細胞とともに免疫に排除される過程で、がん細胞が免疫に非自己として認識されて、抗がん免疫が惹起されるため、G47Δを投与した部位のみならず、遠隔のがんに対しても免疫を介して治療効果が期待できます。さらに、G47Δは、がんの根治を阻むとされるがん幹細胞をも効率よく破壊することが判っています。

今回の製造販売承認で、G47Δは日本初の国産のウイルス療法製品となり、国産の遺伝子治療用製品としても2つめです。世界でも脳腫瘍に対する初めてのウイルス療法製品です。G47Δの国際一般名は、teserpaturev(テセルパツレブ)、国内販売名はデリタクト注です。
 


図2 

 

 【G47Δの臨床開発】

G47Δは東京大学の藤堂教授らが開発した革新的ながん治療用ウイルスであり、世界に先駆けて日本で臨床開発を行いました。G47Δの臨床開発は、真のアカデミア発のトランスレーショナルリサーチとして進められました。培養細胞や動物を用いた安全性や有効性の試験はもとより、臨床試験に用いる治験製品の製造も東京大学医科学研究所内の施設で研究チームが自ら行いました。G47Δを初めてヒトに投与するいわゆるファースト・イン・ヒューマン(first-in-human)臨床試験は、2009年から、膠芽腫を対象とした臨床研究として東京大学で5年間実施され、脳腫瘍内への投与が安全であることが確認されました。更に、有効性を検討する第II相臨床試験は、医師主導治験として、膠芽腫患者を対象に2015年から2020年まで実施し、有効性と安全性を確認しました。この医師主導治験は、外国で承認されていながら国内未承認、あるいは適応外使用が一般的となっている医薬品や医療機器について実施するものとは異なり、非臨床試験から治験製品製造、規制対応、治験実施まで製薬企業が全く関与せずにアカデミアだけで行ったという点で、日本の医薬品・再生医療等製品開発の歴史に残るアカデミア主導創薬の成功例と言えます。単純ヘルペスウイルス1型を用いたウイルス療法が、ヒトの悪性脳腫瘍で有効性が示されて実用化に至ったのは、世界で初めてです。
 
G47Δは脳腫瘍のみならず、あらゆる固形がんに同じメカニズムで同じ治療効果を呈することが動物実験で示されており、今後、速やかに全ての固形がんに適応が拡がることが期待されます。2013年からは、前立腺癌と嗅神経芽細胞腫をそれぞれ対象とした臨床試験を実施し、2018年からは悪性胸膜中皮腫の患者の胸腔内にG47Δを投与する臨床試験を実施しました。
 

 【用語説明】

(注1) 製造販売承認
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法)に基づいて、医薬品等の製造および販売を厚生労働省が承認することです。G47Δのようなウイルス療法製品は、医薬品医療機器等法では再生医療等製品に分類されます。製薬企業が申請し承認を受けます。医薬品医療機器総合機構により、企業としての責任体制の審査、製品の有効性・安全性等の審査、製品の生産方法・管理体制の審査など、さまざまな審査がなされます。
 
(注2) 条件及び期限付き承認
医薬品医療機器等法の大幅改正(平成25年11月27日法律第84号)に伴ってウイルス療法を含む遺伝子治療等は再生医療等製品という新しい製品分類に属します。また、再生医療等製品については、有効性が推定され、安全性が確認されれば、条件及び期限付きで特別に早期に承認できることになりました。市販後一定期限内に有効性・安全性を再確認することが条件になります。適正使用に必要な場合は施設等の要件も設定されます。G47∆(デリタクト注)は今回、7年の「期限」内に使用患者全例を対象に検証を行うことを「条件」に承認されます。条件及び期限は製薬企業に課されるものであり、患者の立場からは、通常の承認と何も変わりません。
 
(注3) 先駆け審査指定制度
世界最先端の医療技術を日本の患者に最も早く提供することを目指し、一定の要件を満たす画期的な新薬等について、開発の比較的早期の段階から先駆け審査指定制度の対象品目に指定し、製造販売承認の相談・審査において優先的な取扱いの対象とする厚生労働省の制度です。令和元年に法制化されて先駆的医薬品等指定制度となりました。原則として既承認薬等と異なる作用機序を持ち、高い有効性が期待される医薬品等が指定されます。指定には以下の4つ要件をすべて満たす必要があります。
1. 治療薬の画期性
2. 対象疾患の重篤性
3. 対象疾患に係る極めて高い有効性
4. 世界に先駆けて日本で早期開発・申請する意思
 
(注4) 希少疾病用再生医療等製品
希少疾病用再生医療等製品は、対象患者数が5万人未満で本邦では十分にその研究開発が進んでいない状況にあり、医療上特にその必要性が高いものに対し、次の指定基準に合致するものを厚生労働大臣が指定するもので、希少疾病用医薬品等の試験研究を促進するための特別の支援措置を講ずる制度です。
 
1. 対象者数
再生医療等製品の対象者の数が、本邦において5万人未満であること。 
2. 医療上の必要性
重篤な疾病を対象とするとともに、代替する適切な治療法がなく、既存医薬品等と比較して著しく高い有効性又は安全性が期待され、特に医療上の必要性が高いものであること。
3. 開発の可能性
対象疾病に対して当該再生医療等製品を使用する理論的根拠があるとともに、その開発に係る計画が妥当であると認められること。
 
 

 【研究に関するお問合せ先】

東京大学医科学研究所 附属先端医療研究センター 先端がん治療分野(脳腫瘍外科)
 
 

 【取材に関するお問合せ先】

東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
 

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