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鎌状赤血球貧血症に対する造血幹細胞遺伝子付加・遺伝子修復治療の開発研究

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発表のポイント
  • 造血幹細胞遺伝子付加治療と遺伝子修復治療について、最も重要なターゲットである鎌状赤血球貧血症(sickle cell disease:SCD、注1)を対象として研究開発を行いました。
  • 短縮型エリスロポエチン受容体(truncated erythropoietin receptor: thEpoR)を治療遺伝子と赤血球特異的に共発現することで、レンチウイルスベクター(lentiviral vector、注2)の導入遺伝子コピー数を選択的に高め、造血幹細胞(注3)遺伝子付加治療の効果を増強することが可能となりました。
  • 近年開発されたゲノム編集技術を使用して、SCD患者由来CD34+造血幹細胞の病因点遺伝子変異を遺伝子レベルで修復し、正常ヘモグロビンの発現をタンパク質レベルで確認しました。ヒト化マウス、サルを使用した遺伝子修復治療(注4)モデルにて、遺伝子編集したCD34+造血幹細胞が生着することを示しました。

 発表概要

造血幹細胞を遺伝子レベルで修復することで、様々な先天性血液疾患や代謝疾患の治癒が可能です。レンチウイルスベクターによる治療遺伝子付加や、ゲノム編集による遺伝子修復の技術を使用して、患者造血幹細胞を採取、培養、修復後に自家移植して体内に戻すことが可能となっています。鎌状赤血球貧血症はβグロビンの点遺伝子変異によって生じる頻度の高い先天性疾患である、有効な治療に限りがあるため造血幹細胞遺伝子治療の重要なターゲットとなっています。

造血幹細胞遺伝子付加治療では、レンチウイルスベクターを用いて患者造血幹細胞に正常βグロビン遺伝子を導入、もしくはγグロビンを誘導することにより、一回の治療で半永久的に治癒することができます。また最近開発されたゲノム編集では、患者造血幹細胞の点遺伝子変異を修復する遺伝子修復治療や、γグロビンを誘導する遺伝子編集治療が研究されています。本稿では、鎌状赤血球貧血症に対する造血幹細胞遺伝子付加治療と遺伝子修復治療について議論しています。

本研究成果は4月28日(米国東部時間)付の米科学雑誌「Science Translational Medicine」および4月20日(米国東部時間)付の米科学雑誌「Cell Reports Medicine」に掲載されました。
 
 

 発表内容

造血幹細胞は生涯に渡って血液を産生する細胞であり、造血幹細胞を遺伝子レベルで修復することで、様々な先天性血液疾患や代謝疾患が治癒可能です。造血幹細胞遺伝子付加治療は、レンチウイルスベクターを使って患者造血幹細胞に治療遺伝子を導入することにより、一回の治療で半永久的に治癒することができます。先天性免疫不全、ヘモグロビン異常症、先天性造血不全に加え、最近では先天性代謝異常も対象疾患に含まれます。その中でも鎌状赤血球貧血症が歴史的に最も重要で最も難しいと言われており、SCDを治癒することが造血幹細胞遺伝子付加治療の最初のゴールと考えられています。SCDはβグロビンの20A>T点遺伝子変異によって赤血球が血管閉塞を起こし、貧血、疼痛、臓器障害、早期死亡を生じる病気です。正常な造血幹細胞を移植すれば半永久的に治癒することが可能ですが、適格なドナーは10%くらいしか見つかりません。そこで、レンチウイルスベクターを利用して、患者自身の造血幹細胞に正常βグロビン遺伝子、又はγグロビン誘導配列を遺伝子導入する遺伝子付加治療が研究開発されています。
 
(画像の代替テキスト)

遺伝子付加治療は造血幹細胞ドナーが必要なく、ほぼ全ての患者に適応可能です。SCDの遺伝子付加治療の治療効果を高めるためには導入遺伝子コピー数が重要だと考えられています。最初の研究では、短縮型エリスロポエチン受容体(thEpoR)を治療遺伝子と赤血球特異的に共発現することで、選択的に赤血球系細胞の遺伝子導入率を高め、造血幹細胞遺伝子付加治療の効果を増強することを可能としました。エリスロポエチンは、赤血球の増殖と分化(赤血球造血)に重要なサイトカインです。家族性赤血球増加症の原因として様々な短縮型エリスロポエチン受容体(thEpoR)による機能亢進が報告されているため、C末端から40アミノ酸を削除することにより活性型thEpoRを設計し、レンチウイルスベクターで遺伝子導入することで、エリスロポエチン存在下の赤血球増殖・分化が選択的に増強されることを示しました。次に、thEpoRとγグロビン誘導配列(BCL11A-targeting microRNA-adapted short hairpin RNA: shmiR-BCL11A)の両方を赤血球特異的に発現する治療用レンチウイルスベクターと、shmiR-BCL11Aのみを発現するコントロールベクターを作成し、遺伝子導入したCD34+造血幹細胞を移植しました。2つの移植モデル(ヒト化マウスとアカゲザル)で、shmiR-BCL11Aのみによるγグロビン誘導は強力であるが一過性であったのに対し、thEpoRがshmiR-BCL11Aによるγグロビン誘導を増強し、アカゲザルにおいて20-25%のγグロビン誘導を約1年間継続しました。これにより、thEpoRが赤血球系細胞の挿入遺伝子コピー数を高め、持続的にγグロビンを誘導することを可能とすることが示されました。thEpoRによる治療効果増強が、SCDに対する実践的な遺伝子治療法となりえることが示唆されました。
 

(画像の代替テキスト)

次の研究では、ゲノム編集の技術を使ってSCDに対する遺伝子修復治療の研究開発を行い、遺伝子修復した造血幹細胞の生着能を評価しました。従来の遺伝子付加治療と違って、ゲノム編集技術は造血幹細胞における病因点遺伝子変異を修正し、正常βグロビンを発現可能すると同時に病的SCDグロビンを除去することができます。SCD点遺伝子変異に特異的なガイドRNA、Cas9エンドヌクレアーゼ、および正常βグロビン遺伝子をコードする一本鎖ドナーDNAを電気穿孔法(エレクトロポレーション)にてSCD患者由来CD34+造血幹細胞へ導入することで、ウイルスベクターを使用せずに完全な正常遺伝子配列に戻すことが可能となり、治療レベル以上の高効率な遺伝子修復法を開発しました(DNAで約30%、タンパク質で約80%の遺伝子修復)。更に、遺伝子編集したCD34+造血幹細胞の生着能を、動物モデルに移植して評価しました。遺伝子編集したSCD患者CD34+細胞をヒト化マウスモデルに移植6か月後、遺伝子修復された患者血液細胞を検出しました。相同性の高いδグロビン遺伝子におけるオフターゲット遺伝子編集は認められませんでした。さらに、アカゲザルの正常βグロビン遺伝子からSCDグロビンへ遺伝子変換するモデルを開発し、遺伝子編集したアカゲザルCD34+造血幹細胞を自家移植したところ、10-12か月後に遺伝子編集された血液細胞を認めました。これにより、遺伝子編集されたCD34+造血幹細胞は、ヒト化移植マウスおよびアカゲザルに移植可能であることが示されました。

日本では鎌状赤血球貧血症と同様のβグロビン異常症であるサラセミアの存在が報告されており、また最近の国際化により日本人の遺伝子疾患も多様化し、βグロビン異常症の疾病率が増加することも予想され、遺伝子付加治療や遺伝子修復治療の開発が期待されます。X連鎖重症複合免疫不全症、アデノシンデアミナーゼ欠損症、ウィスコット・アルドリッチ症候群、X連鎖性慢性肉芽腫症、ムコ多糖症、白血球粘着不全症、シスチン症、大脳型副腎白質ジストロフィー、ファブリー病、ファンコーニ貧血など、様々な疾患で造血幹細胞遺伝子治療の効果が期待されています。これまでの造血幹細胞遺伝子付加治療、遺伝子修復治療の開発研究の経験を活かし、造血幹細胞を遺伝子レベルで修復する新しい治療を開発してきたいと考えています。
 

 

 発表雑誌

雑誌名:「Science Translational Medicine」
論文タイトル:Sustained fetal hemoglobin induction in vivo is achieved by BCL11A interference and co-expressed truncated erythropoietin receptor
著者:Naoya Uchida*, Francesca Ferrara, Claire M. Drysdale, Morgan Yapundich, Jackson Gamer, Tina Nassehi, Julia DiNicola, Yoshitaka Shibata, Matthew Wielgosz, Yoon-Sang Kim, Matthew Bauler, Robert E. Throm, Juan J. Haro-Mora, Selami Demirci, Aylin C. Bonifacino, Allen E. Krouse, N. Seth Linde, Robert E. Donahue, Byoung Ryu, John F. Tisdale (*Correspondence: NU)
DOI:10.1126/scitranslmed.abb0411
URL:https://stm.sciencemag.org/content/13/591/eabb0411

雑誌名:「Cell Reports Medicine」
論文タイトル:Preclinical evaluation for engraftment of CD34+ cells gene-edited at the sickle cell disease locus in xenograft mouse and non-human primate models
著者:Naoya Uchida*, Linhong Li, Tina Nassehi, Claire M. Drysdale, Morgan Yapundich, Jackson Gamer, Juan J. Haro-Mora, Selami Demirci, Alexis Leonard, Aylin C. Bonifacino, Allen E. Krouse, N. Seth Linde, Cornell Allen, Madhusudan V. Peshwa, Suk See De Ravin, Robert E. Donahue, Harry L Malech, and John F. Tisdale (*Correspondence: NU)
DOI:10.1016/j.xcrm.2021.100247
URL:https://doi.org/10.1016/j.xcrm.2021.100247

 

 用語解説 

(注1)鎌状赤血球貧血症(sickle cell disease:SCD) 
βグロビンの20A>T点遺伝子変異により低酸素条件で赤血球が血管閉塞を起こし、貧血、疼痛、臓器障害、早期死亡を生じる先天性疾患である。単一遺伝子異常の疾患で最も頻度が高く、他に有効な治療法が限られているため、この疾患を治療することが造血幹細胞遺伝子治療の最初のゴールと言われています。

(注2)レンチウイルスベクター(lentiviral vector)
HIV-1などのレンチウイルスを改編し、効率よく安全に治療遺伝子を造血幹細胞に運搬するためのツールとして開発されました。造血幹細胞のゲノム遺伝子に組み込まれることにより、白血球の免疫応答から逃れ、長期に治療遺伝子を発現することが可能となります。そのため、造血幹細胞遺伝子付加治療では、一回の治療で生涯に渡って治療効果が継続できます。旧世代のレトロウイルスベクターと違い、新世代のレンチウイルスベクターはより安全になっており、これまで200例以上の症例において、レンチウイルスベクター挿入による白血病合併の報告はありません。

(注3)造血幹細胞
造血幹細胞は骨髄に分布し、生涯に渡って血液細胞を産生する細胞であり、自己複製能と様々な血液細胞に分化する能力を併せ持ちます。骨髄から直接吸引して採取することができますが、薬剤による末梢血動員後に体外循環装置で分離、採取することも可能で、自己又は個体間で移植することができます。造血幹細胞は骨髄又は動員細胞内に少量しか含まれておらず、代表的な表面マーカーであるCD34+セレクションにより、約100倍濃縮することができます。

(注4)遺伝子修復治療
近年開発されたゲノム編集技術により、病因遺伝子付近を部位特異的にDNA切断することが可能となり、正常配列のドナーDNAを鋳型として加えると、遺伝子変異を修復することができます。従来のレンチウイルスベクターによる遺伝子付加治療とは違い、ベクターの挿入変異は抑えられますが、非特異的なDNA切断によるオフターゲット変異の可能性があります。電気穿孔法(エレクトロポレーション)を使用してゲノム編集ツールを造血幹細胞に運搬することができます。

 

 問い合わせ先 

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所、遺伝子・細胞治療センター、分子遺伝医学分野
准教授 内田 直也(うちだ なおや)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/cgct/section01.html

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/index.html

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