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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)人工呼吸器およびECMOの使用に関する一般市民の意識調査
―医療への信頼性維持と迅速な治療方針決定のため 重症時「どうなる?」への理解不足解消を―

発表のポイント
  • 「人工呼吸器(※1)」「体外式膜型人工肺(ECMO)(※2)」に関する認知度は高い一方で、COVID-19感染症(※3)が重症化(※4)した場合に、人工呼吸器やECMOが使用される可能性があることについては知っているものの、装着はどのように行われ、装着した患者はどのような状態になるかについての認知は低いことがわかりました。
  • 治療や介護の方針を事前に決めておく「ACP(※5)(Advance Care Planning:もしものときのために自分が望む医療やケアについて、健常時に繰り返し話し合い、家族や医療者と共有するプロセス)」の実施がCOVID-19感染症に関しても専門家から推奨されていることへの認知は低く、事前にどのような医療を受けたいかについて意思表示する人が、このままでは増加していかないことが予想されます。
  • COVID-19感染症治療において「トリアージ(※6)」が行われる可能性があることについて想像したこともない一般市民の多いことがわかりました。
東京医科歯科大学生命倫理研究センターの吉田雅幸教授、東京大学医科学研究所附属先端医療研究センター 生命倫理研究分野の神里彩子准教授らの共同グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症患者に対する治療で用いられる人工呼吸器やECMOの使用、およびトリアージについて、一般市民の認知度・理解度を把握するため、全国の20歳~89歳の男女、合計2,239名を対象に2020年12月17日~21日の期間でインターネット調査会社(※7)を通じて調査を行いました。

 

 調査の背景

COVID-19感染によって、人工呼吸器やECMOの使用が医学的に必要になったときに患者やその家族が納得した形で意思決定できることは、コロナ禍における医療の信頼性維持のために重要です。これを実現させるためには、一般市民が事前に人工呼吸器やECMOの使用に関する知識を得ていることが必要です。さらに治療や介護の方針を事前に決めておく「ACP(Advance Care Planning:もしものときのために自分が望む医療やケアについて、健常時に繰り返し話し合い、家族や医療者と共有するプロセス)」の実施がCOVID-19感染症に関しても推奨されています。東京医科歯科大学医学部附属病院ではCOVID-19感染患者をのべ350人以上(3月10日現在)受け入れてきた実績を基に、ACPを実装するためには、さらなるCOVID-19重症患者の治療について一般市民の理解を深める必要があると考え、その第一歩としてこの調査を実施しました。

 

 研究成果の概要

1. 人工呼吸器やECMOに関する認知度
・肺炎が重症化した場合に人工呼吸器の使用が必要になる可能性があることについて
「知っていた」 67.8%
「なんとなく知っていた」 25.3%
合計93.1%
・装着には気管内挿管(※8)や気管切開(※9)が行われることについて
「知っていた」 31.0%
「なんとなく知っていた」 33.8%
・装着時及び装着中は鎮静剤(※10)を用いて意識レベルを下げる処置が行われることについて
「知っていた」 15.3%
「なんとなく知っていた」 26.4%
「知らなかった・考えたことがなかった」 58.1%
・ECMOについては、呼吸不全(※11)の状態が更に重症化した場合に使用する可能性があること
「知っていた」 45.5%
「なんとなく知っていた」 30.2%
合計75.7%
人工呼吸器よりECMOの認知度は低い結果でした。
・ECMOを装着する際には患者の意識レベル(※12)は低く、コミュニケーションが取れない状況にあることについて
「知っていた」 20.6%
「なんとなく知っていた」      30.8%
「知らなかった・考えたことがなかった」      48.3%
 
これらの結果から重症化した場合に、人工呼吸器やECMOが使用される可能性があることについては知っていても、装着はどのように行われ、装着した患者はどのような状態になるかについての認知は低いことがわかりました。
 
2. 重症化した場合の医療に関する「事前の意思表示(※13)
・ACPが専門家から提案されていることについて
「知っていた」 7.9%
「なんとなく知っていた」 21.9%
・自身や家族が重症化した場合に受けたい又は受けたくない医療について家族等と話し合ったことの有無について
「ない」       87.8%
・今後家族等と話し合っておこうと思うか
「思うが実際には難しい」 53.1%
「思わない」 12.4%
 
これらの結果からは、事前にどのような医療を受けたいかについて意思表示する人が急増することは見込めない可能性が示唆されます。
 
3. トリアージに関する認知度
・「トリアージ」という用語自体
「知っていた」 59.8%
「聞いたこともなかった」 31.4%
・「ECMOの装着を必要とする患者数に対して台数が足りない場合、装着する患者の優先順位を決定するトリアージが行われる可能性」があることについて
「知らなかった・考えたことがない」      44.0%
「知っていた」 20.6%
「なんとなく知っていた」 35.1%
 
これらからトリアージが行われる可能性があることについて想像したこともない一般市民の多いことがわかりました。
 
【調査結果から見えた課題と対策】
日本では、昨年11月~今年2月、新型コロナウイルス感染症のいわゆる「第3波(※14)」に突入し、感染者及び重症患者の急増による医療体制のひっ迫が深刻な問題となりました。

肺炎が重症化した患者は、人工呼吸器の使用が必要となり、さらに悪化すればECMOへの移行も必要となります。しかし、これら医療機器の使用については2つの倫理的な問題があります。一つが、意思決定に関する問題です。通常、これらの機器を使用する場合には、患者やその家族は使用のメリット、デメリットを含めて説明を受け、検討した上で意思決定を行います。しかし、新型コロナウイルス感染症患者に対する使用においては、症状の急速な増悪、家族が濃厚接触者(※15)であることによる感染リスク、本人の鎮静状態、などによる意思確認の困難性を伴います。2つ目は、機器自体やその操作・管理を行う医療スタッフの数的制約がある中で、重症患者が同時に複数発生した場合に、人工呼吸器やECMOどう有効活用していくか、といったトリアージの問題です。

今回の調査により、重症患者に対して人工呼吸器やECMOを使用する可能性があることは一般市民にも認知されていますが、これら医療機器の装着により、患者はどのような状態になるかを知っている人は少ないことが把握できました。また、トリアージが行われる可能性があることを認知していない一般市民が多いこともわかりました。
 
人工呼吸器やECMOを装着された後に、患者に起こり得ることを知っておくことは、これらの使用に関する意思決定を助け、また、「事前の意思表示」や家族との話し合いの促進にもつながるものと考えられます。したがって、人工呼吸器やECMOを使用した場合に、患者に起こり得ることを一般市民がイメージできるよう、医療者は必要な情報を発信し、普及啓発に努めるべきと考えます。
 
(本調査は、東京医科歯科大学生命倫理研究センターの吉田雅幸教授の研究グループが、東京大学医科学研究所の神里彩子准教授らと行った共同研究で実施されたものです。この研究は日本医療研究開発機構 感染症研究開発ELSIプログラムの支援のもとに行われました。)
 

 用語解説

(※1) 人工呼吸器とは?
自力で十分に呼吸ができない時に、気管内に管を通して酸素を肺に送り込み、二酸化炭素を排出させるための装置。

(※2) ECMO(Extracorporeal membrane oxygenation、エクモ)とは?
体外式膜型人工肺。心臓と肺が、生命を維持するのに十分な機能を失った際に、心臓と呼吸の補助をする治療法。

(※3) COVID-19感染症 とは?
SARSコロナウイルス2 (SARS-CoV-2)がヒトに感染することによって発症する気道感染症。

(※4) 重症化 とは?
病気や症状がおもくなること。

(※5) ACP(Advanced Care Planning、アドバンス・ケア・プランニング)とは?
どのような医療を受けたいのか、あるいは受けたくないのかなどを家族等と予め話し合って決めておくこと。

(※6) トリアージ とは?
災害発生時などに多数の傷病者が生じ、医療施設、医療機器、医薬品、医療者などの医療資源が制約される場合に、傷病者の緊急度に応じて、治療などの優先順位を決めること。

(※7) インターネット調査会社 とは?
あらかじめ「モニタ (会員)」「パネル」と呼ばれる「アンケート回答者」を募集し、その「モニタ(パネル)」にアンケートをWebで配信し、Web上で回答してもらう仕組みを有する会社のこと。

(※8) 気管内挿管 とは?
口及び鼻から気管内チューブを挿入する気道確保方法。

(※9) 気管切開 とは?
手術によって喉から気道までを切開して呼吸しやすくする方法。

(※)10 鎮静剤 とは?
中枢神経系に作用し、興奮を抑制する働きをもつ薬のこと。

(※11) 呼吸不全 とは?
呼吸器能の低下が起き、十分な酸素を臓器に送れなくなった状態のこと。

(※12) 意識レベル とは?
意識障害の程度のこと。

(※13) 意思表示 とは?
自分の意思を相手に示すこと。

(※14) 第3波 とは?
感染が拡大している時期のことで、第1波は2020年4月をピークにした3~5月の感染拡大期(一度目の緊急事態宣言発令)、第2波は7月末頃をピークにした7~8月感染拡大期、第3波は11月以降より継続している感染拡大期(二度目の緊急事態宣言発令)。

(※15) 濃厚接触者 とは?
新型コロナウイルス感染者と近距離で接触、或いは長時間接触し、感染の可能性が相対的に高くなっている者のこと。

 

 問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学生命倫理研究センター
教授 吉田雅幸
https://tmdu-berc.jp/

東京大学医科学研究所 附属先端医療研究センター 生命倫理研究分野
准教授 神里彩子
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/advancedclinicalresearch/section08.html

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
http://www.tmd.ac.jp/index.html

東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/index.html

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