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インターフェロン応答を阻害する新たなSARS-CoV-2タンパク質の発見

発表のポイント
  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病徴のひとつとして、インターフェロン応答(注1)が顕著に抑制されていることが報告されているが、そのメカニズムは不明であった。
  • 本研究グループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が持つタンパク質のひとつORF3b(注2)に強いインターフェロン抑制活性効果(注3)があることを見いだしているが、今回新たにORF6(注4)にも、強いインターフェロン抑制活性効果があることを見いだした。
  • 現在流行中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の配列を網羅的に解析した結果、インターフェロン抑制活性を欠失したと考えられるORF6の欠損変異体が散発的に出現していることを明らかにした。

 発表概要

東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤准教授らは、ウイルス感染に対する免疫応答の中枢を担うインターフェロンの産生を抑制する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のタンパク質ORF6を発見しました。

SARS-CoV-2 ORF6タンパク質のインターフェロン抑制活性は、2002~2003年に世界各国で流行したSARSウイルス(SARS-CoV)のORF6よりも強いことから、ORF6タンパク質の機能が、COVID-19に特徴的な病態と関連している可能性が考えられます。また、現在全世界で流行しているウイルスの配列を網羅的に解析した結果、インターフェロン抑制効果を欠失したと考えられるORF6の欠損変異体が散発的に出現していることを見いだしました。

本研究成果は、2021年3月15日までに英国科学雑誌「Cell Reports」のオンライン版で公開されました。
 
図 本研究の概要
:ベータコロナウイルス属の系統樹。SARS-CoV-2とSARSウイルスは、ベータコロナウイルス属サルベコウイルス亜属(Sarbecovirus)に属する。
:本研究の発見の概要。SARS-CoV-2およびそれに近縁なコウモリやセンザンコウのウイルスが持つORF6は、SARSウイルスおよびそれに近縁なコウモリのORF6に比べ、より強いインターフェロン抑制活性があることを見いだした。また、その強いインターフェロン抑制活性は、46番目のアミノ酸の違い(SARS-CoV-2はグルタミン酸(E)なのに対し、SARSウイルスはリシン(K))によって規定されていることを明らかにした。
:ウイルスゲノム中のORF6遺伝子の位置。ORF6はサルベコウイルス亜属に特異的な遺伝子であり、Matrix (M)遺伝子とNucleocapsid (N)遺伝子の間にコードされている。

 発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は2021年3月現在、全世界において1億人以上が感染、250万人以上を死に至らしめている現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチンや抗ウイルス薬の開発が進められており、日本においてもワクチンの接種が開始されていますが、約1年前に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理についてはほとんど明らかとなっていません。

過去の研究では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染者の解析から、この感染症の特徴のひとつとして、ウイルス感染に対する生体防御の中枢を担うインターフェロンという物質の産生が、インフルエンザやSARSなどの他の呼吸器感染症に比べて顕著に抑制されていることが明らかとなっています。また、本研究グループを含む世界中の研究室において、SARS-CoV-2の性状を明らかにするためのさまざまなウイルス学的解析が進められています。インターフェロン産生の抑制が、急性呼吸促迫症候群(ARDS)やサイトカインストームなど、COVID-19に特徴的な現象であることから、これがCOVID-19の病態と関連する可能性があると考えられていますが、その原理の全容についてはほとんど明らかとなっていませんでした。

本研究グループはまず、ORF6という遺伝子が、SARS-CoV-2を含むサルベコウイルス亜属(注5)に分類されるコロナウイルスに特異的な遺伝子であることを発見しました(図)。次に、培養細胞を用いた実験により、SARS-CoV-2のORF6には、SARSウイルスのORF6よりも強いインターフェロン抑制機能があることを見いだしました。なお、先行研究において、イベルメクチン(注6)やセリネクソール(注7)という化合物がCOVID-19の新規治療薬となる可能性、またあるいは、ORF6の機能を阻害する薬剤となる可能性(Caly et al, Antiviral Res, 2020; Gordon et al., Nature, 2020)が示唆されていましたが、これらの薬剤は、ORF6によるインターフェロン抑制機能には影響を与えませんでした。

次に、ORF6変異体シリーズを用いた培養細胞実験の結果、SARSウイルスのORF6に比したSARS-CoV-2のORF6の強いインターフェロン抑制効果は、46番目のアミノ酸の違いによって規定されることを明らかにしました。また、SARS-CoV-2のORF6は、C末端領域依存的にインターフェロンを抑制することを明らかにしました。

そして、約60,000のSARS-CoV-2流行株のゲノム配列を解析した結果、約0.2%の流行株には、ORF6遺伝子が欠損する変異が挿入されており、インターフェロン抑制機能が欠失している可能性が示唆されました。また、英国ウェールズにおいて、ORF6欠損株が散発流行していたことも明らかにしました。

以上の結果より、SARS-CoV-2のORF6には強いインターフェロン抑制機能があり、それがCOVID-19の病態発現において重要な役割を果たしている可能性が示唆されました。

本研究グループは、先行研究において、ORF3bというSARS-CoV-2のタンパク質にも、インターフェロン応答を抑制する機能があることを見いだしています(Konno and Kimura et al, Cell Reports, 2020; https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(20)31174-8)。今回のORF6に関する本研究グループによる研究成果や、他の研究グループからの研究成果から、「SARS-CoV-2は、複数の強力なインターフェロン抑制タンパク質をコードしている」ことが明らかになってきています。そして本研究グループの二つの研究成果から共通して言えることは、流行拡大に伴って、SARS-CoV-2の遺伝子にはさまざまな変異が蓄積すること、そしてそれがCOVID-19の軽症化や病態増悪という感染病態の程度と関連する可能性があることが示唆されています。

今回の研究では、公共データベースを用いた解析から、ORF6遺伝子が欠損したウイルス配列を複数捕捉することに成功しました。しかし、ウイルス配列情報と臨床症状の情報がほとんど紐づけられていないため、ORF6の欠損がCOVID-19の病態に与える(与えた)影響は不明のままです。今後は、臨床情報が紐づいたウイルスの配列を取得する必要性、そして、新型コロナウイルスの感染病態と関連のある可能性がある変異(たとえば、「無症候・軽症と関連のある変異=弱毒化変異」や「重症化と関連のある変異=強毒化変異」)を捕捉し、それを実験的に検証する必要性があると考えています。

 

 本研究への支援

本研究は、佐藤佳准教授に対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 (19fk0108171, 20fk0108270, 20fk0108413) 、科学技術振興機構(JST) 国際緊急共同研究・調査支援プログラム(J-RAPID)(JPMJJR20079)、科学技術振興機構 (JST) SICORP e-ASIA 共同研究プログラム(JPMJSC20U1)、新学術領域研究「ネオウイルス学」(16H06429, 16K21723, 17H05813, 19H04826)、科学研究費補助金 基盤研究B(18H02662)などの支援の下で実施されました。
 

 発表雑誌

雑誌名:「Cell Reports
論文タイトル:Sarbecovirus ORF6 proteins hamper the induction of interferon signaling
著者:木村出海, 今野順介, 瓜生慧也, Kristina Hopfensperger, Daniel Sauter, 中川草, 佐藤佳*
DOI番号:10.1016/j.celrep.2021.108916
URL:https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(21)00230-8

 

 問い合わせ先

〈研究内容について〉
東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野
准教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/SystemsVirology/
Facebook: https://www.facebook.com/SystemsVirology
Twitter: https://twitter.com/SystemsVirology

〈報道について〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/index.html

科学技術振興機構 (JST)  広報課
https://www.jst.go.jp/

〈AMEDの事業についてのお問い合わせ〉
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 創薬企画・評価課
https://www.amed.go.jp/index.html

〈JST事業についてのお問い合わせ〉
科学技術振興機構 国際部
https://www.jst.go.jp/

 

 用語解説

(注1)インターフェロン応答
ウイルス感染を感知し、それを伝えるための「インターフェロン」という物質を産生する、生体の免疫応答のひとつで、抗ウイルス活性に関与する。

(注2)ORF3b
SARS-CoV-2、および、SARSウイルスが持っているウイルスアクセサリー遺伝子のひとつ。先行研究から、SARSウイルスのORF3bには、インターフェロン応答を抑制する機能があることが明らかとなっていた。

(注3)インターフェロン抑制活性効果
ウイルス感染を感知することによって産生されるシグナル物質「インターフェロン」の産生を阻害する、ウイルスタンパク質の機能。

(注4)ORF6
SARS-CoV-2、および、SARSウイルスが持っているウイルスアクセサリー遺伝子のひとつ。Matrix (M)遺伝子とNucleocapsid (N)遺伝子の間にコードされている(添付図下)。

(注5)サルベコウイルス亜属
コロナウイルス科ベータコロナウイルス属に属するウイルスの一群。SARS-CoV-2やSARSウイルスがこの亜属に属しており(添付図上)、ORF6遺伝子は、この亜属に特異的な遺伝子である(添付図下)。

(注6)イベルメクチン
大村智博士(北里大学)によって発見・開発された駆虫薬。COVID-19治療薬の候補として研究が進められているが、本研究により、ORF6によるインターフェロン阻害効果には影響を与えないことが明らかとなった。

(注7)セリネクソール
難治性多発性骨髄腫の治療薬として認可された薬剤。COVID-19治療薬の候補として研究が進められているが、本研究により、ORF6によるインターフェロン阻害効果には影響を与えないことが明らかとなった。
 

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