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膵臓が細菌感染から腸を守る新たな機構を発見
ー膵臓が腸の粘膜の第一線のバリアとして働くタンパク質を分泌ー

 研究の概要

千葉大学大学院医学研究院イノベーション医学研究領域の倉島洋介准教授(東京大学医科学研究所臨床ワクチン学分野特任准教授)と東京大学医科学研究所粘膜免疫学部門の清野宏特任教授(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授、千葉大学大学院医学研究院特任教授)らの研究グループは、食物の消化を担う臓器として知られる「膵(すい)臓」が細菌感染から腸管を守る働きを持つことを初めて明らかにしました。膵臓から大量に分泌される「Glycoprotein2:GP2(注1)」と呼ばれる糖タンパクが腸内細菌の表面(線毛)を捉えることで、組織中への移行を抑えていることを見出しました。この膵臓タンパク質の分泌が損なわれると、腸内細菌の組織中や血中への移行が起こりやすくなり、炎症性腸疾患の重症化につながることを発見しました(図1)。
この成果はNature Communicationsに2月16日に掲載されました。

 

 
 

 研究の背景

膵臓は、食べ物を消化する膵液を十二指腸内へ分泌し、腸管での消化を助ける外分泌機能を持つ臓器です。この外分泌機能を担う膵臓の腺房細胞の分泌顆粒には、GP2が多く含まれています。GP2はアミラーゼなどの消化酵素が含まれる顆粒の顆粒膜タンパク質のうち、15-30%を占めるといわれており、大量に分泌され腸管腔に広く分布しています(図2)。

これまで、GP2の遺伝子変異が膵臓がんのリスクの上昇につながることや、GP2に反応をする自己抗体が炎症性腸疾患の患者では多く検出されることが報告されていましたが、膵臓から分泌されるGP2の役割はほとんど分かっていませんでした。

また、腸管の機能低下が多臓器不全を引き起こすメカニズムには、炎症性腸疾患などの消化管疾患や免疫能の低下、全身的な栄養不全、ストレス、細菌の異常増殖により、生きた腸内細菌が腸管内から粘膜組織や腸管のリンパ節、他の臓器へと移行・感染する「バクテリアルトランスロケーション」と呼ばれる現象が関与していると考えられています。この現象に対して生体内が持つ防御機構を調べることや、仕組みを紐解き、それを活用することでバクテリアルトランスロケーションによって悪化する多くの疾患に対する予防法や治療法への応用が可能であると考えられてきました。しかし、バクテリアルトランスロケーションが起こる明確な原因は分かっていませんでした。
 

 研究成果

研究チームは、これまで炎症性腸疾患や食物アレルギーといった免疫疾患の研究をしており、中でも粘膜に覆われた腸管で起こる免疫応答に特に注目し、研究を進めてきました。その過程で腸管内の細胞に発現する様々なタンパク質を染色し、GP2を発現する細胞についての分布を調べていたところ、当初の目的であった腸管の細胞ではなく、腸管の内容物(管腔)に強くGP2が検出されることを発見しました。GP2は腸管の十二指腸から大腸にかけて管腔内に分布しており、糞便中でも多く検出されました(図2)。

図2. 膵臓から分泌され腸管管腔に流れるGP2(GP2、組織細胞(核))スケールバー100mm

また、腸管内容物に含まれるGP2と腸内細菌を注意深く観察してみると、GP2が腸内細菌と結合し凝集している様子が示されました(図3)。GP2は細菌の線毛と呼ばれる上皮細胞への接着に必要な部位に結合しており、全身もしくは膵臓特異的にGP2を欠損させたマウスでは、バクテリアルトランスロケーションが起こりやすく、腸炎が重症化することが分かりました。
 

 
さらに、GP2は恒常的に膵臓から分泌されている一方で、腸管から発せられる炎症シグナル(サイトカイン(注2))を腺房細胞が感知することで、より多くのGP2が作られ、膵液中のGP2レベルが上昇するフィードバック機構が存在することが示されました。

これらの結果から、腸管の上部に位置する膵臓の新しい役割として、バクテリアルトランスロケーションや食物などからの細菌感染から体を守る粘膜の第一線のバリアとして働いていると考えられます。

 

 今後の展望

本発見は、外分泌及び内分泌を主要な働きとする器官である膵臓が、腸管粘膜に対する潜在性・病原性細菌の感染防御という新しい役割を担っていることを明らかにしたものです。膵臓と腸が連携するメカニズムの更なる解析と活用法の開発は、バクテリアルトランスロケーションによって悪化する多くの疾患に対する予防法や治療法への応用につながると期待されます。
 

 研究者からのコメント

倉島洋介准教授 千葉大学大学院医学研究院
清野宏特任教授 東京大学医科学研究所
「他の臓器から発せられる危険信号を感知し保護するという、2つの臓器「膵―腸」の新たな結びつきが明らかになり、栄養やプロバイオティクス、創薬という観点から、この機能の適正化を促すことで疾患の予防や治療に貢献したいと考えています」
 

 用語解説

(注1)Glycoprotein2(GP2):膵臓の腺房細胞で作られ、膵管を通じて十二指腸へと分泌されるタンパク質。腸管の管腔にいる腸内細菌のうち5%程度に結合している。炎症性腸疾患では抗膵臓抗体ができることが報告されており、抗体の多くがGP2を認識しており、GP2の働きを阻害している。膵臓からのGP2の分泌は、炎症を知らせるサイトカインであるTNF(腫瘍壊死因子)によって増加し、粘膜組織を守る第一線のバリアとしての役割を担っている。

(注2)サイトカイン:主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質で、標的となる細胞の表面に存在する特異的受容体に作用して細胞間の情報伝達を担う生理活性物質。
 

 論文情報

タイトル:Pancreatic Glycoprotein 2 is a First Line of Defense for Mucosal Protection in Intestinal Inflammation:膵臓から分泌される糖タンパク(Glycoprotein 2)は腸炎における第一線のバリアとして働く
発表者:Yosuke Kurashima, Takaaki Kigoshi, Sayuri Murasaki, Fujimi Arai, Kaoru Shimada, Natsumi Seki, Yun-Gi Kim, Koji Hase, Hiroshi Ohno, Kazuya Kawano, Hiroshi Ashida, Toshihiko Suzuki, Masako Morimoto, Yukari Saito, Ai Sasou, Yuki Goda, Yoshikazu Yuki, Yutaka Inagaki, Hideki Iijima, Wataru Suda, Masahira Hattori, and Hiroshi Kiyono
掲載誌:Nature Communications
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-021-21277-2


 研究プロジェクトについて

本研究は、千葉大学、東京大学と理化学研究所、慶應義塾大学、東京医科歯科大学、大阪大学、東海大学との共同研究成果であり、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-PRIME)「微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発症 のメカニズム解明(研究開発総括:笹川千尋)」、日本学術振興会科学研究費助成事業 (倉島洋介、清野宏)、文部科学省卓越研究員事業制度、the Chiba University-UC San Diego Immunology Initiative、公益財団法人ヤクルトバイオサイエンス財団の研究助成の一環で行われました。
 

 問い合わせ先 

千葉大学大学院医学研究院イノベーション医学研究領域
倉島洋介 准教授
http://www.m.chiba-u.jp/class/innovativemed/
(東京大学医科学研究所臨床ワクチン学分野特任准教授)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/mucovac/section03.html
 

PDF版はこちらよりご覧になれます(PDF:1.3MB)