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鎌状赤血球貧血症に対する造血幹細胞遺伝子治療の開発

発表のポイント
  • 造血幹細胞遺伝子治療と遺伝子修復治療について、最も重要なターゲットである鎌状赤血球貧血症(sickle cell disease:SCD、注1)を対象として、今までの開発研究と最新の知見を含めて議論した。
  • 現在、米国国立衛生研究所(NIH)で試行中の鎌状赤血球貧血症に対する造血幹細胞遺伝子治療の臨床試験では、その安全性と有効性が示されつつあり、これまでの造血幹細胞遺伝子治療と、その後に繋がる造血幹細胞遺伝子編集治療の開発研究に関して議論した。
  • 造血幹細胞遺伝子治療の基礎的研究から、トランスレーショナルリサーチ、臨床試験まで包括的な新規治療開発を議論することで、さらに新しい造血幹細胞遺伝子編集治療の開発に必要なポイントを明確にした。

 発表概要

造血幹細胞を遺伝子レベルで修復することで、様々な先天性血液疾患の治癒が可能です。レンチウイルスベクター(lentiviral vector、注2)による治療遺伝子付加や、ゲノム編集による遺伝子修復の技術を使用して、患者造血幹細胞を採取、培養、修復後に自家移植して体内に戻すことが可能となっています。

鎌状赤血球貧血症はβグロビンの点遺伝子変異によって生じる頻度の高い先天性疾患ですが、有効な治療に限りがあるため造血幹細胞遺伝子治療の重要なターゲットとなっています。造血幹細胞遺伝子治療では、レンチウイルスベクターを使って患者造血幹細胞に正常βグロビン遺伝子を導入することにより、一回の治療で半永久的に治癒することができます。また最近開発されたゲノム編集では、患者造血幹細胞の点遺伝子変異を修復する遺伝子修復治療や、γグロビンを誘導するゲノム編集治療が研究されています。本稿では、鎌状赤血球貧血症に対する造血幹細胞遺伝子治療と遺伝子修復治療について議論しています。本研究成果は2月4日(米国東部時間)付の米科学雑誌「Cell Stem Cell」に掲載されました。

 

 発表内容


造血幹細胞は生涯に渡って血液を産生する細胞であり、造血幹細胞を遺伝子レベルで修復することで、様々な先天性血液疾患が治癒可能です。遺伝子治療は大きく(1)体外(ex vivo)遺伝子治療と(2)体内(in vivo)遺伝子治療に分類され(下図)、さらに(A)先天性疾患と(B)悪性腫瘍を対象とする治療法があります。日本では神経筋疾患に対してアデノ随伴ウイルスベクター(adeno-associated virus (AAV) vector)を使用したin vivo遺伝子治療の開発研究が主に展開されていますが、世界的には先天性血液疾患を対象としてレンチウイルスベクターを使用したex vivo遺伝子治療の安全性と有効性が示されており、より先行して治療開発が広まっています。
 

 
造血幹細胞遺伝子治療は、レンチウイルスベクターを使って患者造血幹細胞に治療遺伝子を導入することにより、一回の治療で半永久的に治癒することができます。先天性免疫不全、ヘモグロビン異常症、先天性造血不全に加え、最近では先天性代謝異常も対象疾患に含まれます。その中でも鎌状赤血球貧血症が歴史的に最も重要で最も難しいと言われており、SCDを治癒することが造血幹細胞遺伝子治療の最初のゴールと考えられています。

SCDはβグロビン遺伝子の異常によって赤血球が血管閉塞を起こし、貧血、疼痛、臓器障害、早期死亡を生じる病気です。正常な造血幹細胞を移植すれば半永久的に治癒することが可能ですが、適格なドナーは10%くらいしか見つかりません。そこで、患者自身の造血幹細胞に正常のβグロビン遺伝子を、レンチウイルスベクターを利用して遺伝子導入する遺伝子治療が研究開発されています。

遺伝子治療では造血幹細胞ドナーが必要ないので、ほぼ全ての患者に適応可能です。SCDの遺伝子治療の治療効果を高めるためには遺伝子導入率の高さが重要だと考えられており、(1)効率的な造血幹細胞採取、(2)効率良く遺伝子導入する培養条件の最適化と治療ベクターの開発、(3)遺伝子導入細胞を効率良く生着させる移植前処置と、全てのステップを効率化させる必要があります。

中でも治療ベクターの開発が最も重要で難しく、ヒトCD34+ 造血幹細胞(注3)を高い効率で遺伝子導入すること、赤血球特異的にグロビン遺伝子を強発現させること、遺伝子挿入変異による白血病発症を防ぐこと、この難しい条件をクリアした高精度の治療ベクターを開発する必要があります。治療ベクターとして、βグロビン遺伝子(イントロンを含む)をβグロビンプロモーター(とその調節領域)により発現するカセットを逆向きに挿入したレンチウイルスベクターを使用しますが、ベクターの生産性と遺伝子導入効率が低いのが問題でした。

そこでまず、ヒト造血幹細胞にレンチウイルスベクターを使って効率良く遺伝子導入するために、ヒト化マウスモデルを使ってサイトカインを含めた培養条件を最適化しました (Gene Ther. 2011)。さらに、レンチウイルスベクターのキャプシドをサルのウイルスへ置き換えることで免疫寛容を誘導し、ヒトの細胞とサルの細胞両方に効率よく遺伝子導入できるレンチウイルスベクターを開発しました (J Virol. 2009, Mol Ther. 2012)。

これにより、今まで難しかったサルを使った造血幹細胞遺伝子治療の安全性と治療効果の評価が可能となりました。さらに、サル遺伝子治療モデルを使用して、遺伝子導入した造血幹細胞を効率良く生着させるために骨髄破壊的前処置が重要であることを示しました (Gene Ther. 2014, Mol Ther Methods Clin Dev. 2016, Mol Ther. 2019)。同時に、効率良くヒト造血幹細胞に遺伝子導入可能で、尚且つ赤血球特異的にグロビンを強発現する治療ベクターを新規開発しました (Nat Commun. 2019)。この新規治療ベクターは、ベクター生産性と遺伝子導入率が改善されており、現在は動物モデルで治療効果と安全性の評価を行っています。

これまでの研究開発の経験を踏まえ、古典的な治療ベクターを使いながらSCDに対する遺伝子治療のクリニカルトライアルを開始しました。初期の結果では患者造血幹細胞への遺伝子導入率が不十分であったため、治療型ヘモグロビンの発現や症状の軽減は限定的なものでした。その後の検討により、SCD患者の骨髄由来CD34+造血幹細胞分画に赤血球前駆細胞の混入が認められ、plerixaforによる造血幹細胞末梢血動員により高純度CD34+造血幹細胞の採取に成功しました (Haematologica. 2020)。

さらに、高細胞密度での培養条件にアジュバントを追加することにより、約10倍の効率で造血幹細胞へ遺伝子導入することに成功しました (Mol Ther Methods Clin Dev. 2019)。遺伝子治療のプロトコールを改変することにより、遺伝子導入率の向上と20%以上の治療型ヘモグロビンの発現を認めるようになり、大きな副作用は認められず、症状の軽減・消失と共に治療効果が得られるようになりました (ASH 2018)。

同時に、ゲノム編集の技術を使ってSCDに対する遺伝子修復治療を開発しています。造血幹細胞遺伝子修復は、電気穿孔法(electroporation)を使用してゲノム編集ツールをCD34+造血幹細胞に導入し、部位特異的なDNA切断により相同組換えを誘導することができます。培養CD34+造血幹細胞を20%以上の効率で遺伝子修復することができますが、長期生着は難しく現在の課題です (ASH 2018)。また、ヘモグロビンクラススイッチの制御部位をゲノム編集して胎児型ヘモグロビンを誘導する遺伝子編集治療も開発されており、長期生着が可能なため治療効果が期待されています。

日本では、鎌状赤血球貧血症と同様のβグロビン発現異常であるサラセミアの存在が報告されており、また、最近の国際化により日本人の遺伝子疾患も多様化し、入植者や旅行者を含め、鎌状赤血球貧血症、サラセミアの疾病率が増加することも予想され、同一の治療ベクターを使用した遺伝子治療が期待されます。さらに、X連鎖重症複合免疫不全症、アデノシンデアミナーゼ欠損症、ウィスコット・アルドリッチ症候群、X連鎖性慢性肉芽腫症、ムコ多糖症I型、白血球粘着不全症、シスチン症、大脳型副腎白質ジストロフィー、ファブリー病、ファンコーニ貧血にも遺伝子治療の臨床試験が進んでおり、治療ベクターを取り換えることで様々な疾患に応用が可能です。今までの造血幹細胞遺伝子治療、遺伝子修復治療の開発研究の経験を活かし、造血幹細胞を遺伝子レベルで修復する新しい治療を開発してきたいと考えています。


 発表雑誌


雑誌名:「Cell Stem Cell
論文タイトル:Hematopoietic stem cell-targeted gene-addition and gene-editing 
strategies for β-hemoglobinopathies
著者:Claire M. Drysdale†, Tina Nassehi†, Jackson Gamer†, Morgan Yapundich†, John F. Tisdale*, Naoya Uchida* (†Equal contributions: CMD, TN, JG, and MY. *Correspondence: JT, NU.)
DOI: 10.1016/j.stem.2021.01.001
URL: https://www.cell.com/cell-stem-cell/fulltext/S1934-5909(21)00001-1
 

 用語解説

(注1)鎌状赤血球貧血症(sickle cell disease:SCD) 
βグロビンの点遺伝子変異により低酸素条件で赤血球が血管閉塞を起こし、貧血、疼痛、臓器障害、早期死亡を生じる先天性疾患である。単一遺伝子異常の疾患で最も頻度が高く、遺伝子治療ベクターの設計が難しいため、この疾患を治療することが造血幹細胞遺伝子治療の最初のゴールと言われている。

(注2)レンチウイルスベクター(lentiviral vector)
HIV-1などのレンチウイルスを改編し、効率よく安全に治療遺伝子を造血幹細胞に運搬するためのツールとして開発された。造血幹細胞のゲノム遺伝子に組み込まれることにより、白血球の免疫応答から逃れ、長期に治療遺伝子を発現することが可能となるため、一回の治療で生涯に渡って治療効果が継続できる。旧世代のレトロウイルスベクターと違い、新世代のレンチウイルスベクターはより安全になっており、これまで造血幹細胞遺伝子治療における白血病合併の報告はない。

(注3)ヒトCD34+ 造血幹細胞
造血幹細胞は骨髄に分布し、生涯に渡って血液細胞を産生する細胞である。自己複製能と様々な血液細胞に分化する能力を併せ持ち、自己又は個体間で移植することが可能である。骨髄から直接吸引して採取することができるが、顆粒球コロニー形成刺激因子(G-CSF)やplerixaforによる末梢血動員後に体外循環装置で分離、採取することも可能である。造血幹細胞は骨髄又は動員細胞内に少量しか含まれておらず、代表的な表面マーカーであるCD34+セレクションにより、約100倍濃縮することができる。

 

 問い合わせ先 

〈研究に関すること〉
東京大学医科学研究所 分子遺伝医学分野
准教授 内田 直也(うちだ なおや)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/cgct/section01.html

〈報道に関すること〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
 

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