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造血幹細胞の老化メカニズムを発見
-若返りには環境の変化のみでは限界があることを実証-

発表のポイント
  • マウスの加齢造血幹細胞(注1)を若いマウスの環境(骨髄ニッチ、注2)に移すことにより、幹細胞の遺伝子発現のパターンが若い造血幹細胞のパターンに大幅に回復することを実証しました。
  • 一方で、加齢造血幹細胞の加齢に特有の分化異常や造血細胞を作り出す機能の低下は回復せず、低下した機能は若いニッチにおいても持続することがわかりました。
  • 加齢造血幹細胞のエピゲノム(DNAのメチル化注3は若いニッチにおいても大きな変化はなく、加齢造血幹細胞の機能を評価するには遺伝子発現パターンよりもよい指標であることがわかりました。
  • 本研究成果は、造血幹細胞の老化のメカニズムのさらなる解明や、加齢に伴う血液疾患の発症機序の理解に貢献することが期待されます。

 発表概要

老化とは、組織の機能が時間経過に伴い徐々に低下していくプロセスであり、組織再生の担い手である幹細胞に生じた構造的変化や、幹細胞を取り巻く環境の変化がその原因として注目されています。

全ての血球系を作り出す血液細胞の大元の細胞である造血幹細胞は骨髄ニッチに存在し、様々な状況においても血液細胞を供給し続けることで造血システムを維持していますが、個体の加齢に伴い、造血幹細胞は内因性・外因性の多様なストレスに曝露され、質的・量的な劣化を呈します。造血幹細胞・造血システムの機能低下は個体全体の機能低下に直結することから、造血幹細胞に焦点を当てた加齢研究はマウスにおいて骨髄移植(注4)を用いたモデルを活用し、活発に研究が行われてきました。しかしながら、加齢が造血幹細胞に与える影響の全容は未だ明らかにされていません。

近年、従来の骨髄移植モデルに替わって、放射線照射などの前処置を行わずにマウスへ大量の造血幹細胞を移植する移植法が確立されました(Shimoto et al., Blood, 2017)。通常の骨髄移植では前処置によって骨髄ニッチが本来の構造や機能を失ってしまいますが、無処置移植によってレシピエントの骨髄ニッチ環境を正常に維持したままドナー(提供者)造血幹細胞を移植することが可能となり、今まで不明であった健常な骨髄ニッチが造血幹細胞に与える影響を解析できるようになりました。

東京大学医科学研究所の栗林和華子特任研究員、大島基彦助教、岩間厚志教授(幹細胞分子医学分野)らの研究グループは、加齢造血幹細胞と無処置移植に着目し、世界で初めて、加齢造血幹細胞の遺伝子発現(トランスクリプトーム、注5)の変化が加齢に伴うニッチの形質変化に大きく起因することを明らかにしました。

一方で、加齢造血幹細胞の機能は骨髄ニッチに関係なく持続していることも分かりました。また、DNAメチル化の解析から、加齢に伴うエピジェネティックな変化は、ニッチが変わっても有意な変化はなく、幹細胞機能により強い影響力を持つ可能性が示唆されました。本研究成果により、造血システムの老化を制御する分子基盤が明らかとなり、加齢に伴う血液疾患の治療法開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2020年11月24日(米国東部時間)、米国の国際医科学雑誌「Journal of Experimental Medicine」オンライン版に公開されました。



 

 発表内容

私たちの研究グループは、加齢に伴う骨髄ニッチの変化が造血幹細胞の機能低下の一因となることに注目し、若齢骨髄ニッチ環境下に加齢造血幹細胞を戻せば若返りをするのかについて検討を行いました。20ヶ月齢の加齢マウスから分取した数万個の加齢造血幹・前駆細胞を8週齢の若齢マウスへ放射線照射などの前処置なしに移植しました。2ヶ月の経過観察後、骨髄細胞を回収しフローサイトメトリー解析(注6)を行いました。

比較対象として10週齢の若齢マウス造血幹細胞の移植も行いました。さらに、生着した加齢造血幹細胞を分取しRNAシークエンス解析(注7)とDNAメチル化解析(注8)を実施しました(図1)。RNAシークエンス解析は、千葉大学 金田篤志教授らの研究グループと、DNAメチル化解析は九州大学 伊藤敬教授、三浦史仁准教らの研究グループとの共同研究のもと実施されました。
 
(画像の代替テキスト)
図1:放射線未照射のレシピエントマウスへの骨髄移植の実験系

20ヶ月齢の加齢マウスから分取した加齢造血幹・前駆細胞を放射線未照射の8週齢の若齢マウスへ移植しました。2ヶ月の経過観察後、骨髄細胞を回収しフローサイトメトリー解析、RNAシークエンス解析、DNAメチル化解析を実施し、若齢骨髄ニッチ環境下にある加齢造血幹細胞が若返りを示すか検討を行いました。



生着した加齢造血幹細胞は若齢造血幹細胞と比較して造血細胞を生み出す能力が低く、若齢骨髄においても多能性前駆細胞への分化が持続的に障害されるとともに、分化の方向性が骨髄球に偏っていることが明らかとなりました。以上から、加齢造血幹細胞は若齢骨髄ニッチに移されても、その幹細胞機能は改善しないことが分かりました(図2)。
図2:加齢造血幹細胞の幹細胞機能は若齢骨髄ニッチにおいても改善しない
加齢マウス、若齢マウスから分取した造血幹・前駆細胞を放射線未照射の8週齢の若齢マウスへ移植すると、いずれも生着が確認されました。しかし、移植後2ヶ月経過した末梢血液において、加齢造血幹細胞は、加齢マウスの特徴の一つである骨髄球への分化の偏りが持続していました。 

次に、トランスクリプトームの変化を調べるため、RNAシークエンス解析をもとに主成分分析(注9)を実施しました。その結果、加齢造血幹細胞と若齢造血幹細胞の遺伝子発現プロファイルには明らかな違いが認められましたが、若齢骨髄ニッチに移植された加齢造血幹細胞は若齢の遺伝子発現パターンに大きく戻ることが明らかとなりました(図3)。
(画像の代替テキスト)
図3:若齢骨髄ニッチ環境にある加齢造血幹細胞のトランスクリプトームは若齢造血幹細胞に近づく

RNAシークエンス解析をもとに主成分分析を実施し、若齢骨髄ニッチ環境にある加齢造血幹細胞のトランスクリプトームは若齢と加齢のどちらにより近いのかを調べたところ、若齢クラスターに分類されることが分かりました。

 

本移植実験系において可逆的に変動する加齢関連遺伝子は、代謝に関連する遺伝子が多く含まれており、加齢に伴う造血幹細胞の代謝性変化は骨髄ニッチの変化に大きく依存する可能性が示唆されました。

最後に、加齢関連遺伝子の発現制御に重要であるDNAメチル化の変化を調べるために、全ゲノムバイサルファイトシークエンス解析を実施しました。造血幹細胞の加齢に伴うDNAメチル化の変化は、造血幹細胞の機能変化に大きく寄与することが知られています。しかし、加齢に伴うDNAメチル化変化は若齢骨髄ニッチ環境によっても若齢のパターンに戻ることはありませんでした。つまり、加齢に伴う造血幹細胞の機能低下に、トランスクリプトームの変化よりもエピゲノムの変化の方がより大きく寄与しており、このような変化は骨髄ニッチに依存しないことが示唆されました。

本研究において、造血幹細胞の加齢に伴う細胞内変化は骨髄ニッチの状態に関わらず強固に保持されることが示されました。さらに、このような加齢に伴う造血幹細胞の機能低下には、遺伝子発現変化よりもエピゲノム変化の方が不可逆的な変化としてより大きく寄与していることが明らかとなりました。加齢に伴い、特定のエピジェネティックな変化を持つ造血幹細胞クローンが選択され、造血幹細胞全体の機能に変化が生じている可能性があります。今後さらに詳細な解析を行うことで、加齢に伴う造血幹細胞の機能に不可逆的な影響を与えるメカニズムが明らかになると期待されます。


本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP19H05653, JP26115002, JP19H05746)国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究助成と創薬等先端技術支援基盤プラットフォームの技術支援(支援番号1803)により実施されました。


 発表雑誌

雑誌名:「Journal of Experimental Medicine」(オンライン版)
論文タイトル: Limited rejuvenation of aged hematopoietic stem cells in young bone marrow niche
著者: Wakako Kuribayashi, Motohiko Oshima, Naoki Itokawa, Shuhei Koide, Yaeko Nakajima-Takagi, Masayuki Yamashita, Satoshi Yamazaki, Bahityar Rahmutulla, Fumihito Miura, Takashi Ito, Atsushi Kaneda, Atsushi Iwama
DOI : 10.1084/jem.20192283
URL : https://www.rupress.org/jem/article-lookup/doi/10.1084/jem.20192283

 

 用語解説

(注1)加齢造血幹細胞:
造血幹細胞は加齢とともにその機能・特性が変化する。血液細胞を作り出す機能の低下や、分化の偏り(骨髄球系細胞への分化がリンパ球系細胞への分化よりも優位となる)とともに、骨髄球系腫瘍を発症するリスクが高まる。

(注2)骨髄ニッチ:
骨髄の中で、造血幹細胞を維持するために必須な微小環境。

(注3)エピゲノム(DNAのメチル化):
ゲノムDNAとヒストンタンパクの化学修飾。エピゲノムは後天的なものであり細胞の状況に応じて様々に変化する。DNAのメチル化は遺伝子の発現(転写)を抑制する方向に働く。

(注4)骨髄移植:
提供者(ドナー)の骨髄細胞を患者(レシピエント)へ静脈注射し、レシピエントの骨髄を置き換えるもの。予めレシピエントの骨髄を除去するために、放射線照射や化学療法といった前処置を行う。

(注5)トランスクリプトーム:
細胞中に存在する全ての遺伝子転写産物 (mRNA) を含んだ集合。特定の状況下における細胞の遺伝子発現プロファイルの網羅的な情報。

(注6)フローサイトメトリー解析:
蛍光標識を付与した特異性の高い抗体によって識別できるようにした細胞を流体に分散させ、個々の細胞を光学的に解析する手法。

(注7)RNAシークエンス解析:
次世代シークエンサーを用いてmRNA の発現量を検出する手法。

(注8) DNAメチル化解析:
次世代シークエンサーを用いて、個々の遺伝子領域におけるシトシンの5位炭素のメチル化を検出する手法。様々な手法が確立されている中、本実験では全ゲノムバイサルファイトシークエンシング(WGBS)を用いている。

(注9)主成分分析:
相関の強い観測変数を統合して、新たな合成変数を作成する分類のための分析手法です。多数の量的変数を少数の量的変数に縮約する目的で利用されます。

 

 問い合わせ先

〈研究に関すること〉
東京大学医科学研究所 幹細胞分子医学
教授 岩間厚志 (いわま あつし) 
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/molmed/

〈報道に関すること〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/index.html

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