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現在流行中のSARS-CoV-2 D614G変異株は、高い増殖効率と感染伝播力を示す

発表のポイント
  • 現在流行中のSpike(スパイク)タンパク(注1)にD614G(注2)の変異をもつSARS-CoV-2(D614Gウイルス)は、野生型に比べ、飛沫感染伝播しやすいことがハムスターモデルで明らかになった。
  • D614Gウイルスは野生型に比べ、培養細胞、動物個体のいずれにおいても増殖適応が高いことが明らかにされた。
  • D614Gウイルスは回復患者血清により中和されることが判明した。

 発表概要

東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス感染分野の河岡義裕教授らのグループは共同研究グループらとともに、現在世界中に蔓延している新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のSpikeタンパクにD614Gの変異を持つ、variantウイルス(注3)の性状解析を行い、D614G変異が、ウイルスの増殖適応と動物間の感染伝播の高さに寄与することを明らかにしました。D614Gウイルスは、細胞への取込みが野生型ウイルスに比べて有意に速く、また、野生型ウイルスと競合培養継代(注4)すると3代のうちに優勢になり、高い増殖適応性を示しました。

ACE2トランスジェニックマウスやハムスターを用いた感染モデルでは、呼吸器から分離されるウイルスの感染力価や病原性に、野生型ウイルスとの差はありませんでした。しかしながら、ハムスターを用いた飛沫感染伝播モデルでは、D614Gウイルスは野生型に比べて短い時間で感染伝播が成立することがわかりました。また、ハムスター個体においても、野生型ウイルスと競合継代すると、D614Gウイルスが3代のうちに優勢になり、感染動物体内においても高い増殖適応性を示すことがわかりました。これらの結果は、D614Gウイルスが非常に短期間で元の野生型ウイルスを凌駕して感染拡大したことを説明付けるものと考えられます。

本研究結果は11月12日(米国東部時間)、米国科学誌「Science」オンライン版に掲載されました。
 

 発表内容

新型コロナウイルスSARS-CoV-2は2019年12月にヒトでの感染が報告されて以来、現在も世界的な感染拡大を続けています。その間に、Spikeタンパクのアミノ酸残基614番のアスパラギン酸がグリシンに置換わる変異(D614G)を持つvariantウイルスが出現し、圧倒的に優勢になり、現在世界で蔓延しているのはこのvariantウイルスです。

SpikeタンパクはSARS-CoV-2のウイルス粒子表面に発現し、宿主の受容体と結合することで感染が成立します。これまでの先行研究では、タンパク質の構造解析から、SpikeタンパクにD614Gの変異が入ることで、Spikeタンパクが宿主の受容体に結合しやすい構造になる傾向があることが明らかにされました。しかしながらこれまで、D614G変異がSARS-CoV-2ウイルスの性状、増殖特性や病原性にどのような影響を与えるか、という点は細胞レベルでも感染動物個体においても明らかにされていませんでした。

本研究ではまず、リバースジェネティクス法により、野生型ウイルスと、SpikeタンパクD614G変異のみの違いを持つウイルス(D614Gウイルス)を人工合成しました。これにより、この変異が与える影響を厳密に調べることを可能にしました。

野生型/D614Gそれぞれについて、感染成立のマーカーとしてルシフェラーゼ(注5)を発現するウイルスを人工合成し、細胞への取り込みを比較したところ、D614Gウイルスを感染させた細胞では、感染後8時間の時点で3–8倍高いルシフェラーゼの発現が見られました。このことは、D614G変異が細胞への侵入の効率を高めていることを示します。

また、ヒト呼吸器での増殖を比較するため、ヒトの鼻上皮、肺から分離されたプライマリ細胞での増殖を比較したところ、特に鼻上皮細胞において、D614Gウイルスが有意に高い増殖を示しました。これは、Vero-E6細胞(注6)やA549-ACE2細胞(ヒト肺由来細胞株A549にSARS-CoV-2の受容体であるACE-2を発現させた細胞)といった実験細胞株では見られない傾向でした。

ウイルスの増殖適応にD614G変異が与える影響を調べるために、野生型とD614Gウイルスを1:1の割合で混合して、細胞において競合継代したところ、継代3代以内に、混合ウイルスのpopulationではD614Gウイルスが圧倒的に優位になり、野生型ウイルスはほとんど検出されなくなりました。野生型とD614Gを10:1の割合で混合した場合にも、継代3代でD614Gウイルスが圧倒的に優位になりました。このことは、D614G変異がウイルスの増殖適応を強めることを示唆します。

Spikeタンパクは、ウイルスの表面に発現することから、ワクチンのターゲットとしても重要で、D614G変異が異なる抗原性を示すか否かは、非常に興味深い問題です。ヒト恢復患者の血清を用いて、野生型、D614Gウイルスに対する中和能を比較したところ、有意な差は見られませんでした。また、SARS-CoV-2のSpike-RBD(レセプター結合ドメイン)に結合するモノクローナル抗体(注7)との反応性にも、野生型、D614Gウイルス間で有意な違いがみられませんでした。このことは、D614G が野生型ウイルスと類似した抗原性を示すことを示唆します。すなわち、野生型ウイルスを基にして開発が進められてきたワクチンでも、D614Gウイルスに対しても、野生型ウイルスに対してと同様の効果が期待されると考えられます。

さらに、動物個体におけるD614G変異の影響を調べるために、ヒトACE2トランスジェニックマウスとハムスターを用いて感染実験を行いました。まず、呼吸器でのウイルスの増殖を比較するために、同じ感染力価の野生型或いはD614Gウイルスで感染させ、肺、鼻甲介でのウイルスの増殖を比較したところ、ヒトACE2トランスジェニックマウスとハムスターいずれにおいても、野生型とD614Gウイルス間で、有意な差は見られませんでした。また、感染後の肺の炎症の程度にも、野生型とD614Gウイルス感染個体間で有意な差は見られませんでした。すなわち、D614G変異は動物個体における病原性には大きく影響しないことがわかりました。

さらに、D614G変異がウイルスの感染伝播に与える影響を調べるため、ハムスターを用いた飛沫感染伝播実験を行いました。

ハムスターを、野生型ウイルス或いはD614Gウイルスで感染させ(感染個体)、感染個体のケージから、直接接触を避けるために5 cm離したケージで、非感染個体(曝露個体)を飼育しました。このような、感染個体・曝露個体のペアを、野生型、D614Gウイルスそれぞれについて8ペア用意しました。野生型ウイルスについては、2日後では曝露個体の鼻洗浄液からウイルスは検出されませんでしたが、4日後には8ペアの曝露個体全てからウイルスが検出されました。一方、D614Gウイルスでは、曝露から2日後の時点で8ペア中5ペアの曝露個体でウイルスが検出されました。この結果は、D614G変異がより高い飛沫感染効率に寄与していることを示唆します。

最後に、ウイルスの増殖適応を動物個体において比較するために、ハムスターにおいて競合継代実験を行いました。ハムスターを野生型 : D614G =1:1の混合ウイルスで感染させ、3日後に肺から分離されたウイルスで、次代のハムスターを感染させました。3代の継代で、肺から分離されるウイルスのpopulationはD614Gウイルスが優位になりました。この結果は、細胞株のみならず、動物個体においてもD614G変異が増殖適応性を強めていることを示唆します。
 
図1 ハムスターにおけるSARS-CoV-2 野生型・D614Gウイルスの飛沫感染伝播実験
ハムスターに、SARS-CoV-2 野生型あるいはD614Gウイルスを播種した(感染個体)。一日後に、非感染個体(曝露個体)を入れたケージを5 cm距離を離して隣接させ、飛沫による感染伝播が起こるか調べた(左図)。野生型ウイルスでは、曝露2日後には伝播が見られなかったが、D614Gウイルスでは、曝露2日後に8ペア中5ペアで伝播していた(右図)。

本研究は、東京大学、米国ノースカロライナ大学、米国ウィスコンシン大学、国立感染症研究所が共同で行ったものです。本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の一環として得られました。


 発表雑誌

雑誌名:「Science
論文タイトル:SARS-CoV-2 D614G Variant Exhibits Efficient Replication ex vivo and Transmission in vivo
著者:Yixuan J. Hou, Shiho Chiba, Peter Halfmann, Camille Ehre, Makoto Kuroda, Kenneth H Dinnon III, Sarah R. Leist, Alexandra Schäfer, Noriko Nakajima, Kenta Takahashi, Rhianna E. Lee, Teresa M. Mascenik, Rachel Graham, Caitlin E. Edwards, Longping V. Tse, Kenichi Okuda, Alena J. Markmann, Luther Bartelt, Aravinda de Silva, David M. Margolis, Richard C. Boucher, Scott H. Randell, Tadaki Suzuki, Lisa E. Gralinski, Yoshihiro Kawaoka* and Ralph S. Baric*
URL:https://science.sciencemag.org/lookup/doi/10.1126/science.abe8499
 

 用語解説

(注1)Spike(スパイク)タンパク
SARS-CoV-2のウイルス粒子表面に発現するタンパク質。このSpikeタンパクが宿主細胞に発現する受容体タンパクと結合することが、感染成立に必要な第一歩である。現在開発のすすめられているワクチンのほとんどは、このSpikeタンパクを標的として、その機能を失わせる(中和する)ことを目的としてしている。感染から回復した患者の多くで、Spikeタンパクに対する中和抗体が検出される。
 
(注2)D614G
Spikeタンパクの614番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸(D)からグリシン(G)に置き換わる変異。Spikeタンパクの受容体結合部位自体からは離れて位置するが、このアミノ酸置換によりSpikeタンパクは、宿主受容体と結合しやすい立体構造をとる傾向が強まるため、結果としてウイルスの宿主細胞への侵入を容易にさせる。
 
(注3)variantウイルス
同一のウイルスの中で、変異により生じたアミノ酸や核酸配列の違いを一つないし複数有するもの。ウイルス自体の性状の違いに寄与し得る。
 
(注4)競合培養継代
複数の異なるvariantウイルスを混合して、細胞或いは動物個体で継代すること。その条件下で増殖適応性の高いウイルスほど、継代の過程で優勢なpopulationとして検出されるようになる。
 
(注5)ルシフェラーゼ
ホタルや発光バクテリア等に由来する酵素。反応基質に作用することで、特定の波長の蛍光を発する物質を産生する性質をもつ。分子生物学分野では、ある現象を定量的に検出するアッセイにおけるマーカータンパクのひとつとして、よく用いられる。
 
(注6)Vero-E6細胞
アフリカミドリザル腎由来の細胞株。抗ウイルス応答に重要なサイトカインであるI型インターフェロンの遺伝子クラスタを欠損していることから、各種ウイルスの分離・増殖が容易な細胞株として知られ、ウイルス研究に広く用いられる。
 
(注7)モノクローナル抗体
感染やワクチンによる免疫で誘導された抗体は、免疫細胞の一つ、B細胞によって産生される。このように動物個体内で誘導された抗体は、病原体の様々な部分を認識する抗体の混合物(ポリクローナル)であるが、実は個々のB細胞は、病原体の単一の部分のみを認識する一種類の(モノクローナル)抗体を産生する。ヒトを含め、免疫された生物からモノクローナル抗体を個々に分離する手法は確立しており、モノクローナル抗体は、医療においても生物学研究においても必須のツールである。

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