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インターフェロン産生を抑制するSARS-CoV-2タンパク質の発見

発表のポイント
  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病徴のひとつに、インターフェロン応答(注1)が顕著に抑制されていることが報告されているが、そのメカニズムは不明であった。
  • 本研究では、インターフェロン応答が抑制されるメカニズムのひとつとして、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が持つタンパク質のひとつORF3b(注2)に、強いインターフェロン抑制活性(注3)効果があることを見いだした。
  • 現在流行中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の配列を網羅的に解析した結果、インターフェロン抑制活性が増強したORF3b変異体(注4)が出現していることを明らかにした。

 発表概要

東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の佐藤准教授らは、ウイルス感染に対する免疫応答の中枢を担うインターフェロン産生を抑制する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のタンパク質ORF3bを発見しました。

SARS-CoV-2 ORF3bタンパク質のインターフェロン抑制活性は、2002~2003年に世界各国で流行したSARSウイルス(SARS-CoV)のORF3bタンパク質よりも強いことから、ORF3bタンパク質の機能が、COVID-19の病態進行と関連している可能性が考えられます。また、現在全世界で流行しているウイルスの配列を網羅的に解析した結果、インターフェロン抑制効果が増強したORF3b変異体が出現していることを見いだしました。
本研究成果は、2020年9月4日英国科学雑誌「Cell Reports」オンライン版に公開されました。


 
本研究の概要
SARS-CoV関連ウイルスのORF3bタンパク質に比べ、SARS-CoV-2関連ウイルスのORF3bタンパク質のインターフェロン抑制活性は顕著に高い。また、現在流行しているSARS-CoV-2の中で、ORF3b遺伝子の長さが部分的に伸長することにより、インターフェロン抑制活性が増強している変異体が出現していることを見いだした。
 

 発表内容

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2020年9月現在、全世界において2,000万人以上が感染、80万人以上を死に至らしめている災厄です。現在、世界中でワクチンや抗ウイルス薬の開発が進められていますが、昨年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理についてはほとんど明らかとなっていません。

過去の研究では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染者の解析から、この感染症の特徴のひとつとして、ウイルス感染に対する生体防御の中枢を担うインターフェロンという物質の産生が、インフルエンザやSARSなどの他の呼吸器感染症に比べて顕著に抑制されていることが明らかとなっています。このインターフェロン産生の抑制がCOVID-19の病態進行と関連すると考えられていますが、その原理については明らかとなっていませんでした。

本研究グループはまず、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とSARSウイルス(SARS-CoV)それぞれが保有する遺伝子の長さを比較しました。その結果、SARS-CoVに比べ、SARS-CoV-2のORF3bという遺伝子の長さが顕著に短いことを見いだしました。

これまでに、SARS-CoVのORF3b遺伝子には、インターフェロン産生を抑制する機能があることが知られていました。そこで、遺伝子の長さの違いが、SARS-CoV-2感染時のインターフェロン産生を抑制する機能と関連している可能性を疑い、SARS-CoV-2のORF3bの機能解析を実施しました。

その結果、驚くべきことに、SARS-CoV-2のORF3bタンパク質は、SARS-CoVのORF3bタンパク質よりも強いインターフェロン阻害活性があることを見いだしました。また、コウモリやセンザンコウで同定されている、SARS-CoV-2に近縁なウイルスのORF3bタンパク質についても同様に解析した結果、SARS-CoV-2のORF3bタンパク質と同様、強いインターフェロン阻害活性があることを明らかにしました。

さらに、GISAIDという公共データベースに登録された17,000以上の世界で流行しているウイルスの配列を網羅的に解析したところ、エクアドルでORF3bの長さが部分的に伸長している配列を持つウイルスを同定しました。この配列を再構築し、実験を行った結果、このORF3b変異体は、世界で流行しているSARS-CoV-2のORF3bに比べ、より強いインターフェロン抑制効果を示すことを明らかにしました。そして、このウイルスを同定したエクアドルの医師にコンタクトを取ったところ、このウイルスに感染していた2名のCOVID-19患者は、2名ともが重症、うち1名は死亡していたことが判明しました。

以上の結果から、新型コロナウイルスのORF3bタンパク質には強いインターフェロン抑制効果があり、それがCOVID19 の病態と関連している可能性があることが示唆されました。また、現在の流行の中で出現したORF3b遺伝子の変異によって、インターフェロンを抑制する活性が増強されることを明らかにしました。

しかし、このウイルスの病原性が強まっていることを示す証拠はありません。このような変異体は、17,000以上の配列を解析し、わずか2配列しか検出されていません。このことから、このような変異体が出現し、強毒株として流行する可能性は極めて低いと考えられます。

また一方で試験管内での実験では、このORF3b変異体のインターフェロン阻害活性は顕著に高いことから、ウイルス遺伝子の配列を解析することによって、ウイルスの病原性を評価する指標のひとつとして使用できる可能性はあると考えています。

 

 本研究への支援

本研究は、佐藤 佳 准教授に対する日本医療研究開発機構 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(19fk0108171h0001、20fk0108270h0001、20fk0108146h0001)、科学技術振興機構(JST) 国際緊急共同研究・調査支援プログラム(J-RAPID)(JPMJJR2007)、新学術領域研究「ネオウイルス学」(16H06429, 16K21723, 17H05813, 19H04826)、科学研究費補助金 基盤研究B(18H02662)の支援の下で実施されました。

 

 発表雑誌

雑誌名:「Cell Reports」(2020年9月4日オンライン)
論文タイトル:SARS-CoV-2 ORF3b is a potent interferon antagonist whose activity is further increased by a naturally occurring elongation variant
著者:Yoriyuki Konno#, Izumi Kimura#, Keiya Uriu, Masaya Fukushi, Takashi Irie, Yoshio Koyanagi, Daniel Sauter, Robert J. Gifford, USFQ-COVID19 consortium, So Nakagawa, Kei Sato* (#Equal contribution; *corresponding author)
DOI 番号:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.108185
URL: https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(20)31174-8
 

 問い合わせ先

〈研究内容について〉
東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野
准教授 佐藤 佳(さとう けい)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/SystemsVirology/
Facebook: https://www.facebook.com/SystemsVirology
Twitter: https://twitter.com/SystemsVirology

〈報道について〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/index.html

〈JST事業についてのお問い合わせ〉
科学技術振興機構 国際部
https://www.jst.go.jp/

 

 用語解説

(注1)インターフェロン応答
ウイルス感染を感知し、それを伝えるための「インターフェロン」という物質を産生する、生体の免疫応答のひとつ。

(注2)ORF3b
SARS-CoV-2、および、SARS-CoVが持っているウイルス遺伝子のひとつ。先行研究から、SARS-CoVのORF3bには、インターフェロン応答を抑制する機能があることが明らかとなっていた。

(注3)インターフェロン抑制活性
ウイルス感染を感知することによって産生されるシグナル物質「インターフェロン」の産生を阻害する、ウイルスタンパク質の機能

(注4)ORF3b変異体
終止コドンが復帰変異することにより、遺伝子長が長くなった変異体
 

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