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関節リウマチにおける間質性肺炎リスク遺伝子領域の同定
-肺線維化に関わる胸部CT画像パターンと関連-

発表のポイント
  • 5千人の関節リウマチ患者に対して、間質性肺炎発症者と非発症者のヒトゲノム情報解析により、関節リウマチに合併する間質性肺炎に関わる遺伝子領域を同定した。
  • 今回同定した遺伝子多型は肺の線維化に関わる胸部CT画像パターンで強い関連を認めた。
  • 関節リウマチに合併する間質性肺炎の病態解明への寄与が期待される。

 概要

大阪大学大学院医学系研究科の大学院生 白井雄也 さん(博士後期課程)、岡田随象 教授(遺伝統計学)らの研究グループは、東京大学大学院新領域創成科学研究科 鎌谷洋一郎教授らと共同で東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センターにおけるIORRAコホート(※1)、バイオバンク・ジャパン(※2)により収集された日本人の関節リウマチ患者5千人を対象としたヒトゲノム情報解析により、関節リウマチに合併する間質性肺炎に関わるRPA3-UMAD1遺伝子領域における遺伝子多型(※3)を同定しました(図1)。間質性肺炎は関節リウマチの代表的な合併症の一つであり、合併することで死亡率が上昇することから、関節リウマチ診療における重要な課題の一つとなっています。

今回、本研究グループは、各コホートの関節リウマチ患者における間質性肺炎の合併の有無を対象にゲノムワイド関連解析(GWAS)(※4)を行い、メタ解析(※5)により個別のGWASの結果を統合することで、間質性肺炎合併のリスクとなる遺伝子多型が7番染色体上に存在することを明らかにしました。この遺伝子座位にはRPA3、UMAD1の二つの遺伝子が存在していました。さらに、胸部CT画像パターンによる層別解析(※6)により、今回同定した遺伝子多型が肺の線維化を反映する画像パターンと関連が強いことを示しました。本研究成果は、関節リウマチに合併する間質性肺炎の病態解明に貢献することが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Annals of the Rheumatic Diseases」に、8月1日(土)午前0時(日本時間)に公開されました。


 

 研究の背景

関節リウマチは進行性の関節破壊が起こる全身性の炎症性疾患であり、代表的な合併症に間質性肺炎があります。間質性肺炎は肺の間質に様々な理由で炎症や損傷が起きますが、多くが肺組織の線維化を引き起こして非可逆的な肺障害を起こします。そのため、関節リウマチ患者が間質性肺炎を合併すると死亡率が上昇することが知られています(Hyldgaard C et al. Ann Rheum Dis 2017)。

これまでに、欧米人集団を対象とした研究において、関節リウマチに合併する間質性肺炎のリスクとなるMUC5B遺伝子多型が報告されています(Juge PA et al. N Engl J Med 2018)。しかし、この遺伝子多型は日本を含む東アジア人ではほとんど見られず、人種間で疾患に影響する遺伝的要因は異なると考えられています。
 
近年、ヒトゲノムデータの蓄積に伴い、大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)が世界中で行われ、様々な疾患と個人間のゲノムの違いが研究されています。これまで、関節リウマチに関してはゲノムワイド関連解析(GWAS)により多くの疾患感受性領域が同定されていますが(Okada Y et al. Nature 2014)、関節リウマチに合併した間質性肺炎に関して全ゲノム領域における遺伝的リスクを調べた研究は報告されていませんでした。

今回、国内で集められた関節リウマチ患者の大規模なヒトゲノム情報を使用してゲノムワイド関連解析(GWAS)を行うことで、日本人における関節リウマチ合併間質性肺炎の遺伝的要因が明らかになることが期待されました。
 

 研究の成果

今回、本研究グループは、IORRAコホート、バイオバンク・ジャパンにより収集された日本人関節リウマチ患者を間質性肺炎の併発の有無で分類し、全ゲノム領域の遺伝子多型に対して2群間で比較解析を行いました。各コホートの結果を統合し、メタ解析を行うことで、最終的に358人の間質性肺炎合併者と4,550人の非合併者の解析を行いました(図2左)。その結果、間質性肺炎合併群で有意に多く認められる遺伝子多型を7番染色体上に同定することに成功しました。

さらに、今回の遺伝子多型が間質性肺炎のどのタイプに強く影響を及ぼすかを調べるために、胸部CT画像パターンによる層別解析を行いました。その結果、関節リウマチに合併した間質性肺炎全体の中でも、「通常型間質性肺炎パターン」、「通常型間質性肺炎疑いパターン」といった肺の線維化と関連の強い画像パターンで今回の遺伝子多型が多くみられることが分かりました(図2右)。そのため、今回の遺伝子多型が間質性肺炎の多様な病態の中でも線維化に関わっている可能性が示唆されました。



同定した遺伝子多型はテロメア調整、DNA安定化に関わるRPA3遺伝子領域に位置しています。GTExプロジェクト(※7)では、今回の遺伝子多型がRPA3の転写量の調整に関わることが報告されており、RPA3の遺伝子発現量の変化が間質性肺炎の発症に関わる可能性が示唆されます。これまでに特発性間質性肺炎(※8)に関しては、主に欧米においてリスクとなる遺伝子多型が多く報告されており、その中にはテロメア調整に関わるTERT遺伝子などが含まれています。

今回の解析においても、TERT遺伝子の多型において関節リウマチ合併間質性肺炎のリスクが認められました。特発性間質性肺炎とリウマチ合併間質性肺炎は似たような画像パターンを呈しますが、病状の進行や治療反応性が異なるため、全く同じ病態ではないと考えられています。今回の研究により、関節リウマチに合併する間質性肺炎は、特発性間質性肺炎において関与が指摘されているテロメア調整機構の異常が関わっている可能性があると示唆されました。
 

 本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、日本人集団における関節リウマチに合併する間質性肺炎に関わる遺伝子領域が明らかとなり、間質性肺炎の病態解明が加速することが期待されます。

さらに、胸部CT画像パターンを組み込んだ解析により、今回の遺伝子多型が線維化を反映した胸部CT画像パターンと関連の強いことが明らかになりました。関節リウマチに合併する間質性肺炎のみならず、肺の線維化という大きな課題に対しても本研究が一助となることが期待されます。
 

 用語解説

※1 IORRAコホート
東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センターで行われている、リウマチ性疾患の大規模前向きコホート研究であり、患者のゲノムDNAや血清サンプルのほか、リウマチ性疾患の日常診療に基づいた詳細な臨床情報を集積している。

※2 バイオバンク・ジャパン(BBJ:BioBank Japan)
日本人集団27万人を対象とした生体試料バイオバンクで、ゲノム解析が終了した人数は約20万人とアジア最大である。オーダーメイド医療の実現プログラム(実施機関:東京大学医科学研究所・理化学研究所生命医科学研究センター、現在は「ゲノム研究バイオバンク事業」として引き継がれている)を通じて実施され、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報と共に収集し、研究者へのデータ提供や分譲を行っている(https://biobankjp.org/index.html)。

※3 遺伝子多型
遺伝子を構成しているDNAの配列の個体差であり、集団中に1%以上の頻度で存在するものと定義されることが多い。

※4 ゲノムワイド関連解析(GWAS:Genome Wide Association Study)
ヒトゲノム配列上に存在する数百万か所の遺伝子多型とヒト疾患との発症の関係を網羅的に検討する、遺伝統計解析手法。数千人~百万人を対象に大規模に実施されることで、これまで1,000を超えるヒト疾患に対する遺伝子多型が同定されている。

※5 メタ解析
検定における検出力の増加や各研究における偏りの調整を目的に、複数の研究結果を統合する解析手法。

※6 層別解析
収集したデータを診断基準や疾患病態に基づきグループ分けした上で、各グループで解析を行うこと。

※7 GTExプロジェクト(Genotype-Tissue Expression project)
米国ブロード研究所(Broad Institute)をはじめとする欧米の複数の研究機関から構成された国際コンソーシアムによる、遺伝子型毎に多彩なヒトの体組織における遺伝子発現量を網羅的に調べたプロジェクト。

※8 特発性間質性肺炎
原因を特定することができない間質性肺炎の総称であり、一般的に関節リウマチなどの自己免疫疾患は合併しないと考えられている。

※9 オッズ比
ある疾患へのかかりやすさを二つの群で比較して示したもの。オッズ比が1より大きい場合は、ある群で疾患にかかりやすく、1より低い場合は疾患にかかりにくいことを示す。
 

 研究者のコメント

 
 特記事項 

本研究成果は、2020年8月1日(土)午前0時(日本時間)に英国科学誌「Annals of the Rheumatic Diseases」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “Association of the RPA3-UMAD1 locus with interstitial lung diseases complicated with rheumatoid arthritis in Japanese.”
【著者名】 Yuya Shirai1,2,#, Suguru Honda3,#, Katsunori Ikari3, Masahiro Kanai1,4, Yoshito Takeda2, Yoichiro Kamatani5,6, Takayuki Morisaki7,8, Eiichi Tanaka3, Atsushi Kumanogoh2,9,10, Masayoshi Harigai3, Yukinori Okada1,6,10,11,*.
(* 責任著者, # 同等貢献)
 
【所属】
1 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
2 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
3 東京女子医科大学 膠原病リウマチ痛風センター
4 ハーバード大学医学部 Department of Biomedical Informatics
5 東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 複雑形質ゲノム解析分野
6 理化学研究所生命医科学研究センター 統計解析研究チーム
7 東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 人癌病因遺伝子分野
8 東京大学医科学研究所 バイオバンク・ジャパン
9 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 感染病態
10 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
11 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学
 
 
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業「疾患ゲノム情報を活用した自己免疫疾患における核酸ゲノム創薬の推進」「免疫オミクス情報の横断的統合による関節リウマチのゲノム個別化医療の実現」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。
 

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