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新たな「酸化ストレス・センサー」分子MTK1の同定
-活性酸素が細胞死や炎症を誘導するメカニズムの解明-

発表のポイント
  • 生体内の酸化ストレス状態(活性酸素種(注1)の過剰産生など)を検知し、細胞死や炎症/免疫応答を導く、新たなヒト酸化ストレス・センサー分子として、タンパク質リン酸化酵素MTK1(注2)を同定しました。
  • 酸化ストレス状況下では、MTK1自身が速やかに酸化され、その後、徐々に還元されることで酵素活性が著しく亢進すること、さらにその結果、細胞内でストレス応答MAPキナーゼ(SAPK)情報伝達経路(注3)が強力かつ持続的に活性化して、細胞死や炎症性サイトカインの産生が誘導されることを見出しました。
  • 活性酸素は細胞損傷や炎症を惹起し、老化や癌、慢性炎症性疾患(関節リウマチ等)、メタボリックシンドロームなどの疾病に深く関与することが知られています。本研究の成果を活用することで、これらの難治性疾患に対する新たな予防法や治療薬の開発が期待されます。

 発表概要

生物は生命活動に必要なエネルギーを酸素呼吸によって得ていますが、その過程で副産物として、生体内に活性酸素種が生成されてしまうことが知られています。活性酸素の過剰産生は、細胞にダメージを与え、老化や、癌、慢性炎症性疾患(関節リウマチなど)、メタボリックシンドローム、神経変性疾患など、様々な疾病の原因となります。このため、人体には活性酸素の過剰産生によってもたらされる酸化ストレス状態を感知し、適切に応答する仕組みが備わっていると考えられていますが、その詳細なメカニズムは分かっていませんでした。

今回、東京大学医科学研究所の武川睦寛教授らの研究グループは、生体内の酸化ストレスを検知して細胞応答を導き出す、新たな仕組みを明らかにしました。本研究グループは、タンパク質リン酸化酵素であるMTK1 が、過剰な活性酸素種の産生によって引き起こされる細胞内の異常な酸化−還元反応を検知する酸化ストレス・センサーとして機能しており、その情報を細胞内に伝えて、ストレス応答MAPキナーゼ経路の強力かつ持続的な活性化を誘導し、最終的にインターロイキン-6(IL-6)(注4)を代表とする炎症性サイトカインの産生や、細胞死誘導などの細胞運命決定に重要な役割を果たしていることを見出しました。

人体の酸化ストレス応答機構の一端を明らかにした本研究成果は、活性酸素やIL-6の過剰産生によってもたらされる癌、慢性炎症性疾患、メタボリックシンドロームなどの病態解明とその克服に向けて重要な手がかりを与える知見であり、今後、これらの成果を利用した新たな疾患治療薬の開発が期待されます。

本研究成果は2020年6月24日(米国東部時間)、米国科学雑誌「Science Advances」に掲載されました。なお、本研究は、大阪大学微生物病研究所の三木裕明教授との共同研究として行われました。
 

 発表内容

生物が酸素呼吸によってエネルギーを産生する際には、その副産物として、生体内に活性酸素種(過酸化水素、ヒドロキシラジカル、スーパーオキシドなど)が発生してしまいます。また、活性酸素種は、人体に病原体が侵入した際にもマクロファージなどの免疫細胞から大量に産生されることが知られています。

活性酸素種の過剰産生は、細胞にダメージを与え炎症を惹起する酸化ストレス刺激となり、老化や癌、慢性炎症性疾患、メタボリックシンドローム、神経変性疾患などの疾病の原因となることが明らかにされています。

ヒトの酸化ストレス応答には、ストレス応答MAPK(SAPK)経路という細胞内情報伝達経路が中心的な役割を担っています。酸化ストレス刺激によってSAPK経路が活性化すると、生体のストレス応答に関わる様々な遺伝子の発現が誘導されて、最終的に炎症・細胞死などが惹起されます。しかし、生物がどの様にして生体内の酸化ストレスを検知し、SAPK経路の活性化を導くのか、その分子メカニズムはこれまでよく分かっていませんでした。

今回、東京大学医科学研究所の武川教授らの研究グループは、SAPK経路の最も上流のタンパク質リン酸化酵素(SAPKKK:MTK1、ASK1など、ヒトでは十数種類存在)の一つであるMTK1が、生体内の特に強い酸化ストレスを選択的に検知する「酸化ストレス・センサー」として機能しており、SAPK経路の強力かつ持続的な活性化を導いて、細胞死や炎症の制御に重要な役割を果たしていることを見出しました。


図1:酸化ストレス刺激によるMTK1の活性化
(上)酸化ストレス刺激によってMTK1は速やかに酸化され、その後、徐々に還元される。
(下)酸化したMTK1が還元されると、キナーゼ活性が亢進する。


研究グループは、まずMTK1が酸化ストレス刺激によって強く活性化されることを見出し(図1)、さらにその分子機構の解析を行った結果、

1)酸化ストレス刺激に応答して、MTK1の制御ドメイン内に存在する特定のシステイン(Cys)残基3箇所が、速やかに酸化されること、2)次に、同残基が、抗酸化分子であるチオレドキシン(Trx)によって徐々に還元されることで、MTK1分子の構造変化が誘発され、酵素活性が著しく亢進することを見出しました。即ちMTK1は、酸化ストレス刺激後、自身のCys残基上で起こる酸化-還元反応に共役して活性化されるという、ユニークな性質を持つSAPKKK分子であることを明らかにしました(図2上)。



図2:MTK1およびASK1によるSAPK活性の強度および持続時間の調節
強い酸化ストレス環境下では、まずASK1が、次いでMTK1が順に活性化して、SAPK経路の強力かつ持続的な活性化が誘導される。一方、軽微な酸化ストレスの場合、ASK1のみが優先的に活性化し、SAPK経路の一過的かつ軽度の活性化が導かれる。



次に、酸化ストレス応答における役割を明らかにすべく、ゲノム編集技術を用いて、MTK1やASK1を始めとする様々なSAPKKKを欠損させた細胞株を樹立し、詳細な解析を行いました。その結果、軽微な酸化ストレス刺激の場合には、MTK1は殆ど活性化せず、主にASK1が活性化して、SAPK経路の一過的かつ軽度の活性化が導かれることが分かりました。一方、強い酸化ストレス刺激の場合には、まずASK1を介してSAPK経路の早期活性化が起こり、次いでMTK1が遅れて活性化することで、SAPK経路の強力かつ持続的な活性化が誘導されていることを見出しました(図2)。

即ち、酸化ストレスによるSAPK経路の活性化には、弱い酸化ストレスに対しても鋭敏かつ迅速に反応してSAPK経路の一過的な活性化を導くASK1と、強い酸化ストレス刺激のみを検知するものの、一旦反応するとSAPK経路を強力かつ持続的に活性化するMTK1という、2種類の性質の異なるSAPKKK分子が関与しており、これらの分子が刺激の強弱に応じて協調的に機能することで、SAPK経路の強度と活性持続時間が調節されていることが明らかとなりました。

SAPK経路の強力かつ持続的な活性化は、細胞の運命決定に重要な役割を果たすことが示唆されています。そこでさらにMTK1の生理機能について解析した結果、MTK1を介したSAPK経路の長期活性化が、酸化ストレスによる上皮細胞の細胞死に寄与することか分かりました。また、免疫細胞においては、病原菌感染後にマクロファージ内で産生される活性酸素種に応答してMTK1が強く活性化され、これら免疫細胞からのサイトカイン産生、特に炎症や獲得免疫の成立に重要なIL-6の産生に重要な役割を果たしていることを見出しました(図3)。


図3:MTK1を介したSAPK経路の長期活性化が、病原菌に対する免疫応答を制御する
マクロファージが真菌を貪食すると活性酸素種の過剰産生(酸化バースト)が起こり、MTK1が活性化される。活性化されたMTK1はSAPK経路の長期活性化を導いてIL-6の産生を誘導する。MTK1の発現を抑制すると(左)、IL-6の産生が著しく阻害された(右)。


本研究により、生体内の過剰な活性酸素を感知してその情報を細胞内に伝え、細胞死や炎症性サイトカイン産生を導く、新たなヒト酸化ストレス・センサーとしてMTK1が同定されました。酸化ストレス・センサーとしての機能に重要なMTK1分子内のCys残基は、ヒトのみならず広汎な脊椎動物において高度に保存されていることから、MTK1を介した酸化ストレス応答も進化的に保存されており、様々な脊椎動物に共通したメカニズムである可能性が強く示唆されます。

また、MTK1およびASK1という、性質の異なる2つのSAPKKK分子が協調して機能することで、SAPK経路の活性持続時間と強度が調節されており、酸化ストレス刺激の強弱に応じた生体応答が導き出されていることも明らかとなりました。特にMTK1を介した強力かつ持続的なSAPK経路の活性化は、細胞死を誘発して組織障害をもたらすと共に、炎症や免疫応答を惹起することを明らかとしました。

今後、本研究の知見を利用することで、活性酸素種がもたらす様々な疾患、即ち、癌、慢性炎症性疾患、メタボリックシンドロームなどの疾病に対する新たな治療薬の開発が期待されます。

 

 発表論文

雑誌名:「Science Advances」(6月24日オンライン版)
論文タイトル:Stress-responsive MTK1 SAPKKK serves as a redox sensor that mediates delayed and sustained activation of SAPKs by oxidative stress. 
著者: Moe Matsushita, Takanori Nakamura, Hisashi Moriizumi, Hiroaki Miki, and Mutsuhiro Takekawa 
DOI番号:10.1126/sciadv.aay9778 
URL:https://advances.sciencemag.org/content/6/26/eaay9778

 

 用語解説

(注1) 活性酸素種(ROS)
過酸化水素、ヒドロキシラジカル、スーパーオキシドなどの酸素分子に由来する反応性の高い分子群の総称。 

(注2)  MTK1 (MAP three kinase 1)
ストレス応答MAPKKK(SAPKKK)ファミリーに属する蛋白質リン酸化酵素の1つ。

(注3)  ストレス応答MAPキナーゼ(SAPK)経路
SAPKKK、SAPKK、SAPKという3種類のタンパク質リン酸化酵素によって構成される細胞内情報伝達システムで、上流のSAPKKKから下流のSAPKに向けて、リン酸化反応がリレー形式で連続的に起こることによりSAPKを活性化し、ストレス環境下における細胞運命決定(細胞の生死や炎症/免疫応答など)を担っている。

(注4)  インターロイキン−6(IL-6)
主にマクロファージなどの免疫細胞で産生・分泌される蛋白質で、炎症を惹起するとともに、獲得免疫(抗体産生など)の誘導にも作用する。

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