今年の元旦は一部大雪に見舞われた地域もございましたが、太平洋側を中心に比較的穏やかな天候に恵まれました。さて、皆様はこの年末年始、どうお過ごしだったでしょうか。故郷に帰省された方、東京で過ごされた方、皆様それぞれが将来の目標に向かって決意も新たにされたことと思います。本年が所員皆様にとり益々輝く一年でありますようまず持って心よりお祈り申し上げます。
さて昨年度この医科学研究所(医科研)を含めた東京大学全体で最も大きな関心事は国際卓越研究大学構想と言っても過言ではないでしょう。国際卓越研究大学では、大学ファンドによるサステイナブルな支援を受けて、世界最高水準の研究環境を整備し、世界トップクラスの人材を結集することで、日本に世界最高レベルの研究大学を構築することを目標にしています。このためには、多様性、包摂性のある環境を重視し、分野の壁をこえた研究体制を構築し、次世代の新たな課題をデザインし、これを学ぶ必要があると考えます。現在、東京大学ではこの国際卓越研究大学への認定に向けて大きな改革案が議論されています。この改革の荒波は否が応でも医科研に打ち寄せてきており、変革を求められております。重要なことは、今後人類が対面しなければならない諸問題に対して、東京大学ではこれまでの教育システムでは対応しきれない難題を解決できる人材を育成しなくてはならないということです。もちろんこれまでの学問体系をより深く研究・理解することも重要ですが、これまでの学問体系に縛られず新たな学問を創造する力こそ、今ある、またこれから訪れるであろう予想できない課題に対応可能な人材として必要な資質であると思います。
例えば非常に良い例として昨年のノーベル物理学賞、化学賞を考えてみてはどうでしょうか。総長の年頭のご挨拶でもありましたが、どちらの受賞者もAI関連分野というこれまでにない新たな分野から選出されました。ご存じの通り物理学賞はAI技術の中核をなす機械学習の基礎を築き、その後のディープラーニングへの道を拓いた成果に与えられました。化学賞はAI技術を用いてアミノ酸配列から高精度にタンパク質の立体構造を予測するアルファーフォールドの開発に携わったGoogleを含む研究者に授与されました。まさかGoogleの研究者がノーベル化学賞を受賞するとは思っておりませんでした。紐解いてみればAI技術の根本は人の神経細胞が織りなすNeural networkという概念になります。まさに生命科学の考え方や知識が基本となり、物理学や化学の飛躍的な進歩が生まれたということになります。このように全く異分野の研究が融合し、全く新たな研究分野が生まれる。これこそがこれからの科学研究ではないでしょうか。昨年度の年頭挨拶でAIの問題を取り上げましたが、これほど早くノーベル賞受賞につながるとは思っておりませんでした。生命科学分野においても同様で、免疫、がん、感染症、再生医学、社会医学などこれまでの学問体系を超えた発想や知識が重要で、これこそがまさに総合知の概念です。医科研は日本で唯一の基礎医科学から社会問題まで幅広く扱う研究所で、総合知を実践する場として最も適していると自負しております。その点を踏まえ、生命科学のみならず科学界全体に新たな分野を創出する、その様な研究が一つでも多く医科研から発出できる。そうした環境を作っていく必要があると思います。
それでは昨年の医科研に起こった重要な事柄についてご紹介させていただきます。まず人事についてです。長年に渡り医科研の最先端研究を支えて来られた人癌病因遺伝子分野の村上善則教授、並びに神経ネットワーク分野の真鍋俊也教授がご退職されました。医科研のために尽くして来られました2名の教授に心より感謝を申し上げたいと思います。
次に昨年新たに医科研に参画され、将来の研究所を支える人事についてご紹介させていただきます。まず教授人事です。先端医療研究センター侵襲防御医学分野に麻酔科学分野のエキスパートである坊垣昌彦教授を東京大学大学院医学系研究科よりお迎えいたしました。坊垣先生には医科研並びに医科研病院の更なる発展にご活躍いただきますようお願い申し上げます。続いて新任の特任教授のご紹介をさせていただきます。バイオバンク・ジャパンの担当として新領域創成科学研究科の鎌谷洋一郎先生に、またアジア感染症研究拠点、いわゆる北京拠点には玄学南先生にご就任いただきました。医科研にとり重要な課題であるバイオバンク・ジャパン事業や感染症研究にご活躍いただきますようお願いいたします。
さらに、公共政策研究分野には李怡然准教授、細胞制御研究分野には田中洋介准教授、血液・腫瘍生物学分野には昆彩奈准教授、老化再生生物学分野には柴田琢磨准教授、マラリア免疫学分野にはKavian Tessler Niloufar准教授、生命倫理・医事法研究分野に遠矢和希准教授をお迎えしました。医科研の研究力はますます強化されております。また新任の特任准教授として社会連携研究部門に王德瑋先生、後藤覚先生、De Vega Paredes Susana先生、さらには湯地晃一郎先生に、医科研病院泌尿器科には髙橋さゆり先生、分子遺伝医学分野には曽田泰先生、さらには学術研究基盤支援室に髙野淳先生にご就任いただきました。医科研の発展にご活躍いただくようお願い申し上げます。
またこの一年間で多くの教授、准教授の先生方や特任教員の先生方が退職され、新たな研究室を立ち上げご活躍されておられます。医科研から優秀な人材が数多く輩出されることは、取りも直さず医科研が日本の科学界に貢献していることの証と思います。諸先生の更なるご活躍をお祈り申し上げております。
続いて医科研の研究についてご紹介させていただきます。2023年度の実績も総論文数は500を超え、IF 10以上の論文割合も18%を超えており順調に研究力が強化されているものと理解しております。これも一重に教員のみならず、大学院生、研究所員全員の弛まぬ努力の賜物と感謝しております。外部資金の獲得につきましても、順調に獲得金額が増え続けており、また獲得件数も高い水準を維持しております。こちらも医科研の研究が順調に推移していることの証と考えております。
さて、とてもおめでたいご報告となりますが、昨年も多くの方が名誉ある賞を受賞されました。川口寧先生が太田原豊一賞を、清野宏先生が日本学士院賞、藤堂具紀先生、伊東潤平先生、浦木隆太先生が文部科学大臣表彰を、真下知士先生が日本実験動物学会安東・田嶋賞を、髙橋さゆり先生が、女性のチャレンジ賞を、こちらは東京大学からは初めての受賞と伺っております。柴田龍弘先生がベルツ賞を受賞されるなど諸先生の研究業績に敬意を表すとともに、心よりお喜び申し上げます。また昨年度も次世代の医科研、さらには日本の科学界を背負う人材として、伊東潤平先生が医科学研究所奨励賞を受賞されました。更なる飛躍と活躍を期待しております。
次に医科研の最も中核をなす事業である国際共同利用・共同研究拠点の現状についてご説明させていただきます。医科研は2018年11月に「基礎・応用医科学の推進と先端医療の実現を目指した医科学国際共同研究拠点」として、生命科学系では唯一の国際共同利用・共同研究拠点に認定されています。3つのコアとなる共同研究領域を通じて、国内外の大学・研究機関をつなぐことで、国際共同研究を強化することを目的としております。昨年は国際共同利用・共同研究拠点事業の中間評価があり、無事S評価をいただくことができました。本プロジェクトは医科研にとり生命線とも呼べる事業です。どうぞ今後ともよろしくご協力の程お願い申し上げます。さて共同利用・共同研究拠点の実績ですが、2023年度は国際共同研究の採択件数が昨年度の29件から34件へと増加しました。国際共同研究の7割超が国内機関と国際機関を医科研がハブとして結ぶ、国際拠点事業のミッションそのものの実現であり、その枠組みでの国際共同研究論文も顕著に増加しています。この素晴らしい成果を誇りに思うと共に、担当の川口寧副所長を中心とする教職員の皆様のご尽力に、改めて御礼申し上げます。先ほども述べました通り、昨年の国際共同利用・共同研究拠点の中間評価ではS評価と非常に高い評価をいただきました。これも一重に研究所の皆様のご尽力のおかげと心から感謝申し上げます。
さて、続いて医科研病院の現状についてご説明いたします。まずは藤堂具紀病院長の元、基礎・橋渡し研究の連携が進められた結果、病棟利用が増加しております。昨年は新たな看護部長として小粥美香部長をお迎えしました。また数年前から進められております白金・本郷病院機能強化プロジェクトについても、外科や泌尿器科を中心としてダヴィンチを利用した手術数が順調に増加しております。また緩和医療やMRIなどの画像診断、リハビリテーション医療も順調に推移しております。最後に診療科の強化に向けて、坊垣教授が担当する麻酔科を強化し、大腸がん医療に対して内科から外科、さらには腫瘍内科までを一気通貫で治療可能な体制を構築いたしました。これらの改革の結果、手術件数、セカンドオピニオン外来件数ともに高い水準を維持しており、全体の収益改善に大いに寄与していただいていると考えております。
さて次は医科研が我が国の生命科学を支える事業として注力する学術研究支援基盤形成事業、バイオバンク・ジャパン、そして橋渡し研究戦略的推進プログラムについてご説明いたします。
まず学術研究支援基盤形成事業についてです。最先端の解析技術の研究を進めながら、「科研費による生命科学研究」を、「最先端技術」により支援する、わが国として重要な事業です。一昨年度事業の継続が正式に認められ、統括する生命科学連携推進協議会の代表を武川睦寛先生が担当されておられます。また、醍醐弥太郎先生、武川先生が代表を務める4つの支援プラットフォームや、所長オフィス設置の学術研究基盤支援室を中心に、真下先生を含めて医科研の教員9名が参画しながら支援を進めています。その結果、16,000件を超える支援数と、5,000件に迫る論文成果が得られております。まさに研究支援基盤形成事業として成功裡に推移していると言っても過言ではないでしょう。
次にバイオバンク・ジャパンについてご説明します。医科研では世界最大規模の疾患バイオバンクとして、日本全体から収集したDNAあるいは血清などの価値のある試料を管理、分譲しています。現在51疾患、27万人、44万を超える症例数を誇っております。2023年度からはオミクス情報を追加する目的で全ゲノムシークエンス、メタボロームやプロテオームなどの解析を進めております。松田浩一先生、森崎隆幸先生、鎌谷洋一郎先生、熊坂夏彦先生、武藤香織先生、大学院医学系研究科の岡田随象先生をはじめとする皆様のご尽力によって、分与実績も2017年度以降急激に増加し、それに合わせて論文発表も順調に増えております。バイオバンク・ジャパンの試料を用いて解析した研究成果の例としては、日本人の遺伝的起源を始めとし、2型糖尿病、狭心症、不育症など様々な疾患の原因解明に大いに役立っております。
次に橋渡し研究戦略的推進プログラム(東大拠点)の現状についてご説明いたします。これはアカデミアの医療技術シーズを基礎研究から支援する事業で、医学部附属病院と共に藤堂具紀先生、長村文孝先生が中心となり、医科研病院が東大拠点における幅広い支援を担当しています。昨年度も橋渡し研究事業の医科研発事業として数多くの課題が採択され、社会実装に向けた試験が進められておりますFirst in Human試験にまで進んだ開発研究でも、この一年で大きな進捗がありました。所員皆様ご自身の研究成果で、今後臨床応用まで開発できる可能性をお感じのシーズがありましたら、当該事業へ御相談いただけますようどうぞよろしくお願い申し上げます。
医科研の共同利用施設の強化につきましては、昨年4月よりスパコンShirokane7の運用を開始しました。また動物センターの整備、さらには奄美病害動物研究施設を奄美医科学研究施設と改め、更なる整備と設備の拡充が真下先生を中心として進められております。共同利用施設の強化としては、昨年はライトシート顕微鏡やリサーチスライドスキャナー、高分解能操作電子顕微鏡など最先端の研究機器を整備いたしました。社会連携の強化としては、昨年は生成AI活用加齢医学社会連携研究部門、および国際健康医療推進社会連携研究部門の設置が行われました。
一昨年度設立された国際高等研究所新世代感染症センター(UTOPIA)とは医科研をあげての協力体制を構築しております。
最後に残りわずかとなりましたが、今年度も拙い所長を支えていただく部門長の皆様、並びに附属病院執行部、事務部門の皆様をご紹介させていただきます。部門長の皆様、病院執行部の皆様、さらには事務部門の皆様は経験も豊富な方々で、大所高所から極めて適切かつ良識あるご助言をいただいております。また今年度も経験豊富かつ良識的で心より頼りになる武川睦寛、川口寧、井元清哉、岩間厚志副所長、藤堂具紀病院長、さらには須藤桂太郎事務部長とともに医科研全体の舵取りをして参りたいと思います。医科研所員皆様が活躍できる場を作っていくことが最も重要と考えております。
最後に、来年度から所長を引き受けられる岩間厚志先生には、この4月からトップスピードで施策を進めていただきますよう、しっかりとバトンをお渡しさせていただきます。岩間先生のリーダーシップのもと、医科研の更なる発展を今から楽しみにしております。
皆様が持てる力を余すところなく発揮していただくよう、残り僅かですが全力を尽くして参ります。どうぞ本年もご協力をお願い申し上げます。
ご清聴ありがとうございました。
東京大学医科学研究所 所長
中西 真
中西 真