ヒトのがんの発生や進展には、増幅や欠失、突然変異といった遺伝子の構造的な変化の他、数多くの遺伝子の発現異常が関与しています。私たちの研究室では、大腸がんや、肝がん、肝内胆管がんの発生、進展機序を明らかにするため、これらの腫瘍の遺伝子発現プロファイルを解析してきました。またヒトゲノム解析センターと協力して、次世代シークエンサーを用いた腫瘍細胞の全ゲノム解析研究を実施しています。これらのデータを用いて、がん化のメカニズムを明らかにし、その診断・治療・予防法の開発のための研究を行っています。
この研究の中で、注力している1つのメカニズムはWntシグナルの異常です。Wntシグナルは発生に関わるシグナルであるとともに、大腸がんや肝がんなど、多くの腫瘍の発生や悪性化に関わる重要なシグナルです。私たちは以前の研究で、AXIN1の異常が肝がんの約5%に認められることを世界に先駆け発表しました。またがん細胞で活性化したWntシグナルが転写調節している下流遺伝子として、RNF43、APCDD1、ENC1、 MT1-MMP1、Claudin1、SP5、FRMD5、IFIT2などの遺伝子を同定しました。現在は、新たな下流遺伝子の探索と共に、下流遺伝子の機能や生物学的役割について解析を行っています。
他にも、遺伝子発現解析によって、MRGBP(MRG Domain Binding Protein)が大腸がんで発現増加していることを発見しました(図)。さらにyeast two-hybridスクリーニングを実施して、MRGBPがブロモドメインタンパク質と結合しその機能を調節することを見出しました。ブロモドメインを持つ分子はがん治療の新たな標的分子として着目されており、私たちはこれらの結合分子の機能解析をするとともに、MRGBPとの結合阻害による大腸がん治療の可能性を検討しています。