Message
NISHIMURA Emi
教授
西村 栄美
『Seeing is believing』を座右の銘に、生命とは何かを問う
私たちは、黒髪のもととなる色素幹細胞とそのニッチの発見に始まり、実際に目で見て観察し仮説を立てては検証するプロセスを繰り返しながら、生命とは何か?を問い続けています。教科書や総説に書かれていることが必ずしも正しいとは限りません。可視化し目で確かめて検証するなかで、意外な発見や新しいコンセプトが生まれています。一見、混沌として見える生命現象の本質を見極め、その基本原理を解き明かし、疾患の制御、健康長寿へと応用することが私たちの目標です。特に組織の恒常性維持の要となる幹細胞に着目し、臓器の再生、老化、癌化、さらに個体老化の本質に迫るべく、多様性豊かなメンバーと共に分野の垣根を超えた研究を行っています。
皮膚はリアルタイムで観察が可能で、生体内においても長期にわたる幹細胞の運命追跡が可能です。幹細胞とニッチの相互作用から始まり、幹細胞同士、さらには幹細胞と免疫との相互作用など、新しい基軸を打ち立てる先駆的な研究をおこなっています。幹細胞の自己複製、組織の再生・老化、環境適応とその破綻の仕組みは、生命に関わる根源的な課題です。目で見える皮膚の老化を理解することは、他の諸臓器の老化や個体老化の統合的な理解へと繋がり、加齢関連疾患を制御する方策の解明に多いに役立つと考えています。そして、その成果を難病克服や健康長寿へと繋げるべくシーズの探索や社会連携にも積極的に取り組んでいます。
2023年、吉日
私たちの研究と研究室の紹介
多細胞から成る生命体が存在し続けるためには、増大するエントロピーを低下させて動的平衡を保つ仕組みが必要で、そこでは様々なレベルでの品質管理が必要となります。体細胞は絶えずエラーや損傷に晒されていますが、新しい細胞に入れ替えることで若さや恒常性が保たれています。その供給源となるのが組織幹細胞です。組織幹細胞は緻密な幹細胞システムを形成し組織の再生と新陳代謝を担っています。しかし、加齢や種々のストレスによってその機能が低下したり多くの疾患を発症するようになります。私たちは色素幹細胞や毛包幹細胞など毛包内の幹細胞が加齢によってその運命を大きく変え自己複製しなくなり枯渇することをいち早く見出し、『ステムセルエイジング』の可視化に成功しました。損傷やストレスを受けた幹細胞を効率よく排除する仕組みの存在を見出し、そのメカニズムの解明を通じて、組織を若く保つ仕組みと老化する仕組みを明らかにし報告してきました 。一方、表皮においては幹細胞同士がお互いに競り合って細胞競合を起こすことでその品質を維持することや、その疲弊で老化が進むことを明らかにしています。多様で複雑に見える老化現象も、若さや恒常性を支える美しい真理を知ることで、よりシンプルに理解できます。
私たちは、新しいアプローチや技術を積極的に取り入れるとともにそれらを組み合わせ、自由な発想で研究を進めています。組織幹細胞やニッチを可視化し、in vivoならびにvitroで正確に捉えて追跡する技術に加え、疾患モデル、オルガノイド、さらにオミックス解析を組み合わせ、幹細胞を中心としたアプローチから臓器の老化の本質の解明を目指しています。その理解は、幹細胞間の相互作用、さらにそのニッチ細胞や免疫細胞とのネットワークの解明を通じ、臓器間ネットワークや個体老化の理解へと繋がりつつあります。また、毛包の再生と老化、創傷治癒、さらに癌の発生と進展のメカニズムの解明においても一貫性のある原理が明らかになりつつあります。現在開発中の幹細胞制御技術を老化制御や加齢関連疾患の予防や克服へと応用すべく取り組んでいます。
研究室では、生物学、薬学、医学、獣医学、農学、化学など多岐にわたるバックグラウンドを持ち、かつ国籍や性別も多様性なメンバーが、それぞれの得意を生かして研究対象を異なる視点で複眼視しながら取り組んでいます。協調と自立のバランスをとりつつ高め合う研究環境(ニッチ)のなかでお互いに切磋琢磨しており、国内外のチームと共同研究を積極的に行っています。
一見、混沌とした生命現象も可視化することで遥かに多くの情報が得られます。観察に基づく仮説を検証しながら夢中になって謎を解く、そんなプロセスを仲間と共有するのは大変味わい深いものです。白熱する議論を経て、最終的に満足のいく形で世に出すことが出来たときの感動は何ごとにも変え難いものがあります。私たちの幹細胞の基礎研究が、難治性の脱毛症や皮膚潰瘍など難病の医薬品開発、再生医療、健康長寿へと繋がるようシーズ探索や社会連携にも力を入れています。
本ホームページを開いてご興味を持たれた方々の中に,我々の研究室の門を叩いてくださる方が現れることを楽しみにしています。私たちの研究室はダイバーシティーとインクルージョンを重視した風通しのよい研究室です。大学院生や留学生、さらに企業との共同研究にも広く門戸を開いています。ご興味のある方はご一報いただければ幸いです。
最後になりますが、私たちの研究チームが今あるのは、ご指導ご支援くださった恩師、そして共に苦労した仲間のお陰です。加えて大学や研究所、国の支援も含めて一つでも一時でも欠けると成り立ちません。健康長寿社会の実現ならびに難病克服に繋がるよう研究室一丸となってしっかり世界に発信していけるよう取り組んでいきたいと思います。
今後も皆さまご支援ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
教授 西村 栄美
主な業績
-
Morinaga H, Mohri Y, Grachtchouk M, Asakawa K, Matsumura H, Oshima M, Takayama N, Kato T, Nishimori Y, Sorimachi Y, Takubo K, Suganami T, Iwama A, Iwakura Y, Dlugosz AA, Nishimura EK.
Obesity accelerates hair thinning by stem cell-centric converging mechanisms.
Nature, 595:266-271, 2021 -
Kato T, Liu N, Morinaga H, Asakawa K, Muraguchi T, Muroyama Y, Shimokawa M, Matsumura H, Nishimori Y, Tan LJ, Hayano M, Sinclair DA, Mohri Y, Nishimura EK.
Dynamic stem cell selection safeguards the genomic integrity of the epidermis.
Developmental Cell, 56,3309-3320, 2021 -
Matsumura H, Liu N, Nanba D, Ichinose S, Takada A, Kurata S, Morinaga H, Mohri Y, De Arcangelis A, Ohno S, Nishimura EK.
Distinct types of stem cell divisions determine organ regeneration and aging in hair follicles.
Nature Aging, 1:190-204, 2021 -
Liu N, Matsumura H, Kato T, Ichinose S, Takada A, Namiki T, Asakawa K, Morinaga H, Mohri Y, De Arcangelis, Geroges-Labousse E, Nanba D, Nishimura EK.
Stem cell competition orchestrates skin homeostasis and ageing.
Nature, 568(7752):344-350, 2019 -
Matsumura H, Mohri Y, Binh NT, Morinaga H, Fukuda M, Ito M, Kurata S, Hoeijmakers J, Nishimura EK.
Hair follicle aging is driven by transepidermal elimination of stem cells via COL17A1 proteolysis.
Science, 351(6273):575-589, 2016 -
Okamoto N, Aoto T, Uhara H, Yamazaki S, Akutsu H, Umezawa A, Nakauchi H, Miyachi Y, Saida T, Nishimura EK.
A melanocyte-melanoma precursor niche in sweat glands of volar skin.
Pigment Cell & Melanoma Research, 27(6):1039-1050, 2014 -
Ueno M, Aoto T, Mohri Y, Yokozeki H, Nishimura EK.
Coupling of the radiosensitivity of melanocyte stem cells to their dormancy during a hair cycle.
Pigment Cell & Melanoma Research, 27(4):540-551, 2014 -
Nishimura EK.
Melanocyte stem cells: a melanocyte reservoir in hair follicles for hair and skin pigmentation.
Pigment Cell & Melanoma Research, 24(3): 401-410, 2011 -
Tanimura S, Tadokoro Y, Inomata K, Binh NT, Nishie W, Yamazaki S, Nakauchi H, Tanaka Y,
McMillan JR, Sawamura D, Yancey K, Shimizu H, Nishimura EK.
Hair follicle stem cells provide a functional niche for melanocyte stem cells.
Cell Stem Cell, 8, 177-187, 2011 -
Nishimura EK., Suzuki M, Igras V, Du J, Lonning S, Miyachi Y, Roes J, Beerman F, Fisher DE.
Key roles for transforming growth factor beta in melanocyte stem cell maintenance.
Cell Stem Cell, 6(2):130-140, 2010 -
Inomata K, Aoto T, Binh NT, Okamoto N, Tanimura S, Wakayama T, Iseki S, Hara E, Masunaga T, Shimizu H, Nishimura EK.
Genotoxic stress abrogates renewal of melanocyte stem cells by triggering their differentiation.
Cell. 137(6):1088-99, 2009 -
Nishimura, E.K, Granter, S.R., Fisher, D.E.
Mechanisms of hair graying: incomplete melanocyte stem cell maintenance in the niche.
Science. 307(5710):720-724. 2005 -
Nishimura, E.K., Jordan, S.A, Oshima, H., Yoshida, H., Osawa, M., Jackson, I.J., Barrandon, Y., Yoshiki,M. Nishikawa, S.
Dominant role of the niche in melanocyte stem-cell fate determination.
Nature. 416(6883):854-60, 2002.