プロジェクト

ウイルスは、宿主がいなければ存在できません。

「システムウイルス学」とは、実験ウイルス学を基軸に、バイオインフォマティクスや分子進化学、分子系統学、古生物学、数理科学などの科学領域の研究手法を融合させることで、「ウイルス」をさまざまな視点から総合的に理解するための学問です。 当研究室では、ウイルスと宿主の関係、あるいは、ウイルス感染を摂動とする事象を、

・共存する「相生関係」と敵対する「相克関係」
・過去、現在、未来という進化的な時間軸
・分子メカニズムというミクロな視点と、流行・伝播というマクロな視点

で捉え、それらを多面的・包括的に理解することを目的としています。

以下が、当研究室で実施しているプロジェクトの概要です。

1. 新型コロナウイルス変異株の性状解析

2019年末に突如出現した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、出現から2年以上経過した現在においても、パンデミック(世界的大流行)を引き起こしています。2020年以降、アルファ株、デルタ株、オミクロン株などの「懸念すべき変異株(variant of concern; VOC)」と呼ばれる変異株が立て続けに出現し、人類の脅威となり続けています。出現が続く新型コロナ変異株に立ち向かうために、当研究室が中心となって国内の若手研究者有志を募り、新型コロナウイルス研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」を発足しました。G2P-Japanでは、国内のさまざまな研究者どうしが有機的に連携し、新たに出現した新型コロナ変異株の性状を迅速に解明し、その知見を社会に還元することを目指しています。G2P-Japanの研究活動は、主にTwitterで随時発信しています。

2. ウイルスと宿主の進化的エピソードの理解

ウイルスと宿主の「進化的軍拡競争(進化的いたちごっこ)」のシナリオを紐解きます。

たとえば、HIV-1(エイズの原因ウイルス)などの祖先ウイルスと、その宿主となるほ乳類の進化的なエピソードを明らかにすることを目的とします。

Q. ウイルスはどのようにして生まれ、どのように宿主と関わってきたのか?
「進化」とは生命科学の謎の根幹であり、また同時に、実証がきわめて困難な研究対象のひとつでもあります。システムウイルス学に基づいた学際的なアプローチにより、地球史上で起きた、起きている、あるいは起きるであろう事象を実験室内で再現し、ウイルスと宿主の進化的な「相生関係」と「相克関係」を明らかにしていきます。

3. 内在性ウイルスの生物学的意義の理解

ヒトのゲノムの約8%は、「内在性レトロウイルス」と呼ばれるウイルス由来の配列で占められています。これはすなわち、進化の過程において、ヒトをはじめとする生物がさまざまなウイルスに暴露されてきたこと、そしてまたその一部を、自身のゲノムに取り込むことで進化してきたことの証左と言えます。

Q. 太古の昔に宿主が獲得した「内在性ウイルス」と呼ばれるウイルスの痕跡が、いま現在、宿主の中でどのような役割を担っているのか?
バイオインフォマティクスと細胞生物学の融合研究により、ウイルスと宿主の進化的な「相生関係」を明らかにしていきます。

4. マルチオミクスの観点からのウイルス感染症の理解

HIV-1に感染すると、ヒトはエイズを発症します。HTLV-Iに感染すると、ヒトは白血病を発症します。また一方で、麻疹ウイルスに感染すると、ヒトは麻疹(はしか)を発症します。

Q. ウイルスによって、それぞれが示す病態が違うのはなぜか?
ウイルス感染症をより深く幅広く理解することを目的として、ヒト特異的な病原性ウイルスに感受性のある実験動物「ヒト化マウス」を用い、それぞれのウイルスの病態発現原理の解明と、マルチオミクス解析を進めています。さまざまなウイルス感染の実験試料を用いたマルチオミクス(トランスクリプトーム、ゲノム、エピゲノム)解析を実施することにより、ウイルスと宿主の「相克関係」を、オミクスの観点から比較解析し、ウイルス感染による病態発現原理を解き明かしていきます。

5. ウイルス感染ダイナミクスの時空間的理解

ウイルスは宿主に侵入した後、標的細胞に感染し、自己を増幅します。その過程において、あるウイルスは病原性を発現する一方、宿主の免疫はそれに応答します。免疫応答によって、あるウイルス感染症はコントロールされ、生体環境は正常状態に回帰しますが、あるウイルス感染症は、コントロール不能となり、生体環境は破綻し、死に至ります。

Q. ウイルスに感染した細胞・個体の運命を規定する要因は何か?
実験ウイルス学とマルチオミクス、数理科学の融合研究によって、ウイルス感染のダイナミクスを時空間的かつ定量的に理解することを目的とします。たとえば、生体内における感染細胞の運命決定(1細胞レベルでのウイルスと宿主の「相克関係」)、つまり、その細胞がウイルス産生を持続するのか、潜伏感染化するのか、死滅するのか、を規定する要因・原理を探りたいと考えています。

6. ヒトと共生・共存するウイルスの理解

宿主に病気を引き起こすウイルスはほんのひと握りで、ほとんどのウイルスが、感染しても病気を起こさない「不顕性感染」の状態にあります。また一方で、「衛生仮説(hygiene hypothesis)」で考えられているように、ウイルス・病原体に「感染していない」ことが、宿主の適切な免疫機能の脆弱化に繋がっている可能性もあります。

Q. 宿主(ヒト)のからだの中のどこに、どのようなウイルスが、どのようにして存在(常在)しているのか?
大規模バイオインフォマティクス解析により、宿主の「健康」という視点からのウイルスとの「相生関係」と「相克関係」を描出し、宿主(ヒト)の健康や疾患と関連のあるウイルスを網羅的に明らかにしたいと考えています。