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発表論文解説


Kobayashi M, Kobayashi N, Deguchi K, Omori S, Ichinohe T. SARS-CoV-2 infection primes cross-protective respiratory IgA in a MyD88- and MAVS-dependent manner. NPJ Vaccines. 2025 Feb 27;10(1):40.
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、mRNAワクチンにより誘導された血液中のIgG抗体から逃れるための戦略として、スパイクタンパク質に変異を導入して進化を続けています。インフルエンザウイルスを用いたこれまでの研究では、呼吸器粘膜に誘導されるウイルス特異的なIgA抗体は、変異株に対する感染防御効果に優れていることが分かっていました。一方、SARS-CoV-2特異的なIgA抗体の変異株に対する感染防御効果についてはよく分かっていませんでした。
 呼吸器粘膜に誘導されたSARS-CoV-2特異的なIgA抗体の変異株に対する感染防御効果を調べるため、マウスにSARS-CoV-2オミクロンBA.1株を10 pfu(plaque-forming unit)感染させ、感染1〜5週間後までの血清と肺胞洗浄液中を回収し、スパイク特異的なIgGおよびIgA抗体を解析しました(Figure 1a)。オミクロンBA.1株の感染により、血液中および呼吸器粘膜にスパイク特異的なIgG抗体が誘導されました(Figure 1b, c)。一方、オミクロンBA.1株の感染では、呼吸器粘膜にスパイクIgA抗体が有意に誘導されていないことが分かりました(Figure 1d)。そこでオミクロンBA.1株を感染させてから5週間後に、スパイクタンパク質5μgを経鼻投与(追加免疫)すると、呼吸器粘膜にスパイク特異的なIgA抗体が有意に誘導されることが分かりました(Figure 1e-g)。
 呼吸器粘膜に誘導されたスパイク特異的なIgA抗体の変異株に対する感染防御効果を調べるため、マウスにSARS-CoV-2オミクロンBA.1株を10 pfu感染させ、5週間後にスパイクタンパク質5μgを筋注または経鼻で追加免疫し、その2週間後に致死量の新型コロナウイルスガンマ株(1×106 pfu)を感染させました(Figure 2a)。感染2〜3日後の呼吸器粘膜に検出される感染性ウイルス量を解析すると、筋注で追加免疫したグループ(呼吸器粘膜にスパイク特異的なIgA抗体を持たない)は、1mlあたり106〜107 pfuの感染性ウイルスが検出されましたが、経鼻で追加免疫したグループ(呼吸器粘膜にスパイク特異的なIgA抗体がある)では、感染性ウイルスが検出限界以下でした(Figure 2e)。筋注で追加免疫したグループでは、ガンマ株感染後に有意な体重減少が認められ3割のマウスが死亡したのに対して、経鼻で追加免疫をして呼吸器粘膜にスパイク特異的なIgA抗体を誘導したグループでは、ガンマ株感染による体重減少は認められず、すべてのマウスが生存しました(Figure 2f, g)。
 最近の研究では、細胞傷害性T細胞(CD8T細胞)が新型コロナウイルスの変異株に対する感染防御効果に重要であることが報告されています(参考文献14, 15)。新型コロナウイルス変異株の感染防御効果におけるCD8T細胞の役割を調べるため、マウスにSARS-CoV-2オミクロンBA.1株を10 pfu感染させ、5週間後にスパイクタンパク質5μgを経鼻で追加免疫したあと、CD8に対する抗体を経鼻および静脈投与して、マウスの体内からCD8T細胞を枯渇(depletion)させました(Figure 3a)。CD8に対する抗体を経鼻および静脈投与により、マウスの体内からCD8T細胞が消えていることを確認したあと(Supplementary Figure 7)、致死量の新型コロナウイルスガンマ株(1×106 pfu)を感染させ、呼吸器粘膜の感染性ウイルス量や体重変化、生存率を解析しましたが、生体内のCD8T細胞を枯渇させても、気道粘膜のスパイク特異的なIgA抗体があれば、新型コロナウイルス変異株(ガンマ株)の感染を完全にブロックできることが分かりました(Figure 3c-e)。
 以上のことから、スパイクタンパク質の経鼻的な追加免疫により誘導された気道粘膜のスパイク特異的なIgA抗体は、新型コロナウイルス変異株に対する感染防御に重要であることが明らかとなりました。最後にこのスパイク特異的なIgA抗体の誘導に必要な自然免疫シグナルを解析したところ、RNAウイルス認識経路に必要なMyD88やMAVSが重要な役割を果たしていることが明らかとなりました(Figure 4, Figure 5)。本研究成果は、気道粘膜のIgA抗体が新型コロナウイルス変異株に対する感染防御に重要であることを示しただけでなく、新型コロナウイルス変異株に対しても有効な経鼻ワクチンの開発に繋がる重要な知見であると言えます。


Q1.新型コロナウイルスはマウスに感染するのですか?新型コロナウイルスはマウスには感染しないので、新型コロナの研究にはハムスターなどが用いられていると思っていたのですが。
A1.新型コロナウイルスはマウスに感染しません。そこで我々は新型コロナウイルスをマウスで継代(マウスに繰り返し感染させること)し、マウスにも感染する「マウス馴化新型コロナウイルス」を樹立しました(Supplementary Figure 3)。新型コロナの研究に、ハムスターが用いられることもありますが、ハムスターではワクチン接種後の免疫学的な解析が難しい(IgG応答しか測れない)ので、本研究ではマウス馴化新型コロナウイルスを使い、血中のスパイク特異的なIgG抗体だけでなく、気道粘膜のスパイク特異的なIgA抗体を測定しています。世の中にはさまざまな遺伝子欠損マウスが揃っているので、マウスを使った新型コロナウイルス研究は、ワクチン開発研究だけでなくCOVID-19重症化メカニズムの研究(例えばどういう遺伝子欠損がCOVID-19の重症化を引き起こすのかなど)を行うことができるというメリットもあると思います。

Q2.授業で「インフルエンザウイルスに感染すると、気道粘膜にウイルス特異的なIgA抗体が誘導される」と習いました。今回、マウス馴化新型コロナウイルスBA.1を感染させても、気道粘膜に十分なIgA抗体が誘導されなかったということですが、これはなぜですか?
A2.マウスの系統(stain)の差があるかもしれません。Balb/cマウスにマウス馴化新型コロナウイルスBA.1株を感染させると、5週間後には気道粘膜にスパイク特異的なIgA抗体が誘導されることを確認しています(Supplementary Figure 5)。本研究でC57BL6/Jマウスを使ったのは、多くの遺伝子欠損マウスの遺伝的背景(系統)が、このC57BL6/Jマウスと同じだから(野生型マウスと遺伝子欠損マウスの系統を揃えるため)です。


Kobayashi M, Kobayashi N, Deguchi K, Omori S, Nagai M, Fukui R, Song I, Fukuda S, Miyake K, Ichinohe T. TNF-α exacerbates SARS-CoV-2 infection by stimulating CXCL1 production from macrophages. PLoS Pathog. 2024 Dec 9;20(12):e1012776.
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、社会的および経済的に深刻なダメージを与えました。ウイルス感染によって誘発されるサイトカインストームがCOVID-19の重症化と関連しているという証拠が増えている一方で、炎症性サイトカインのCOVID-19重症化における役割は未だ不明です。本研究では、致死量のマウス馴化新型コロナウイルス(デルタ株)をマウスへ感染させることにより、MyD88およびI型インターフェロン受容体(IFNAR1)シグナルを介して、炎症性サイトカインの産生が増幅されることを見出しました。また炎症性サイトカインのTNF-αは肺胞マクロファージに作用するとCXCL1(好中球の遊走に必要なケモカイン)の産生を増幅させ、感染局所に好中球を浸潤させて、ウイルス感染後の重症度を悪化させることを明らかにしました。さらに、ウイルス感染後にTNF-α分泌阻害剤や抗TNF-α抗体を静脈内投与することにより、マウスおよびハムスターの重症度を部分的に軽減させることができることを示しました。本研究成果は、COVID-19の重症化メカニズムの一端を明らかにしたものであり、COVID-19に限らず他の呼吸器ウイルス感染症および関連疾患の新しい治療戦略に貢献する重要な知見であると言えます。


図.COVID-19重症化メカニズム
致死量の新型コロナウイルス感染を感染させると、MyD88/IFNAR1依存的に炎症性サイトカインが増幅する。TNF-αはマクロファージに作用するとCXCL-1の産生を促進させる。これにより感染局所に好中球が浸潤して過剰な炎症反応を引き起こし、肺炎が悪化する。

Q1.インターフェロンはウイルスの感染防御に必要ではないのですか?
A1.必要です。実際にマウス馴化SARS-CoV-2祖先株やデルタ株の感染と同時にマウスの組換えIFN-α/βを経鼻投与すると、ウイルスの感染を完全にブロックすることができました(Figure 6A-C)。一方、マウスを重症化させないマウス馴化SARS-CoV-2祖先株を感染させて2〜4日後にIFN-α/βを投与するとマウスが重症化することが分かりました(Figure 6D-F)。このことからインターフェロン応答のタイミングにより、ウイルス感染防御に働く場合と症状を悪化させてしまう場合があることが示唆されました。

Q2.COVID-19重症患者では、インターフェロン応答関連遺伝子に欠損が認められる場合やI型インターフェロンに対する自己抗体があることが確認されています参考文献27-29)。ヒトで確認されているこれらの事実と今回の結果(MyD88欠損やIFNAR1欠損マウスはマウス馴化SARS-CoV-2デルタ株感染後に重症化しにくいこと)は矛盾しませんか?
A2.これは感染するときのウイルスの量(dose)による違いではないかと考えています。A1.でも述べましたように、感染と同時のインターフェロン応答はウイルスの感染防御に必要です。COVID-19重症患者で見られているような遺伝子欠損やインターフェロンに対する自己抗体は、宿主の抗ウイルス自然免疫応答を減弱させ、少量のウイルスであっても宿主の抗ウイルス自然免疫応答の壁を突破してしまい、結果として体内で大量のウイルスが増殖し、重症化を引き起こしている可能性があります。また本研究で用いたような致死量(1×10^5 pfu)のウイルスを感染させた場合にも、ウイルスが宿主の抗ウイルス自然免疫応答の壁を突破(インターフェロン応答が感染初期のウイルス複製を抑制することに失敗)することになり、過剰な炎症や肺組織ダメージを引き起こしている可能性があります。本研究では、MyD88欠損マウスに非致死量(1×10^4 pfu)のマウス馴化SARS-CoV-2デルタ株を感染さる実験も行いましたが、野生型マウスと比較して体重変化や生存率に違いは認められませんでした(Supplementary Figure 8)。

Q3.好中球が肺組織に遊走するとなぜ症状を悪化させてしまうことになるのですか?
A3.感染局所のケモカイン(CXCL1)を目印に好中球が遊走してきます。感染局所に遊走してきた好中球は異物を認識すると核からDNAを放出し、好中球細胞外トラップ(NETs; neutrophil extracellular traps)を作ります。地引網のときに使うような大きなネットです。このNETsはウイルスや細菌などの微生物の補足に役立つ一方、宿主にとって細胞外のDNA(NETs)は異物となるため、自然免疫を活性化させて余計な炎症応答を引き起こしてしまうというリスクがあるからです。好中球がCOVID-19の重症化と関連しているという報告がいくつかありますので参考にしてみてください(参考文献10-14)。


Nagai M, Moriyama M, Ishii C, Mori H, Watanabe H, Nakahara T, Yamada T, Ishikawa D, Ishikawa T, Hirayama A, Kimura I, Nagahara A, Naito T, Fukuda S, Ichinohe T. High body temperature increases gut microbiota-dependent host resistance to influenza A virus and SARS-CoV-2 infection. Nat Commun. 2023 Jun 30;14(1):3863.
 これまで外気温や体温がウイルスに感染した場合の重症度に与える影響についてはほとんど分かっていませんでした。外気温や体温がウイルス感染後の重症度に与える影響を解析するため、さまざまな温度条件で飼育したマウスにインフルエンザウイルスを感染させた場合の重症度を解析しました。すると36℃条件下で飼育したマウスでは体温が38℃を超えるようになり、インフルエンザウイルスのみならずSARS-CoV-2の感染に対しても高い抵抗力を獲得することが分かりました。22℃で飼育したマウス(体温は37℃前後)と36℃条件下で飼育して体温が38℃を越えたマウスの血清と盲腸内容物のメタボローム解析を行ったところ、体温が38℃を越えたマウスの体内では胆汁酸レベルが有意に増加しており、特に盲腸内容物中では二次胆汁酸量が有意に増加していることを見出しました。また22℃で飼育したマウスやハムスターにデオキシコール酸(DCA)やウルソデオキシコール酸(UDCA)などの二次胆汁酸を与えると、インフルエンザウイルスやSARS-CoV-2感染後の生存率が有意に改善することを明らかにしました。さらにCOVID-19患者から採取した血液サンプルを解析したところ、胆汁酸レベルが軽症患者グループと比較して中等症I/II患者グループで有意に低下していることが明らかとなりました。このことはヒトにおいてもCOVID-19の重症度と胆汁酸レベルに逆相関関係があることを示しています。本研究成果は、体温が38℃以上に上昇することにより腸内細菌叢が活性化し、二次胆汁酸産生を介してウイルス感染後の重症化予防に役立っていることを分子レベルで明らかにした世界初の成果であり、高齢者がインフルエンザやCOVID-19で重症化しやすくなるメカニズムの解明や、宿主とウイルスの共生メカニズムの解明、胆汁酸受容体を標的としたウイルス性肺炎の重症化を抑える新しい治療薬の開発などに繋がることが期待されます。


図.本研究成果のまとめ
上段:22℃で飼育したマウス(体温は37℃前後)にインフルエンザウイルスを感染させるとウイルスが増殖し、マクロファージなどからサイトカインやケモカイン(IL-1β、CXCL1など)が産生され、感染局所の炎症が起こる。感染局所の炎症を目印に肺へ遊走してきた好中球が炎症を増大させて肺の組織障害を引き起こし、ウイルス性肺炎が重症化する。
下段:36℃で飼育したマウス(体温は38℃以上)では腸内細菌叢が活性化することにより、血中の二次胆汁酸レベルが増加する。二次胆汁酸はウイルスの増殖および炎症を誘発するサイトカイン、ケモカインの産生を抑制する。その結果、肺における過剰な炎症が起きることなく、ウイルスに感染したマウスは無症状や軽症となる。

プレスリリース