ご挨拶:コラム

凝り性の天の邪鬼

 凝り性の天の邪鬼、私の性格である。子供のころから興味を持ったことには熱中することが多かった。幼少時にはさまざまな形の紙飛行機を作り滞空時間の長いものを作ることに熱中したと聞く。小学生のころはいかに高く凧をあげるかに熱中し、部屋中にひいたおもちゃのサーキットのレールにレーシングカーを走らせることに興じた。中学高校時代は、本を読むことと山登りをすることに熱中した。月に2ー3回は週末に山登り、そのうち1回は山の中にテントをはって泊まるという生活であった。夏には北アルプスの縦走、冬と春には雪山にテントを張って山スキーである。大学時代は自由時間(?)が多かったため、音楽、読書、スキー、観劇など多くのことに没頭することができた。大学卒業後はまず研修医の仕事に熱中した。研修医の2年間は今までのなかで最もエキサイテイングな期間であった。研修を終えると大学の医局に入りすぐに2年間国立がんセンターで研究する機会を得たが、世の中にこんなに面白いことがあったのかと驚き、今度は研究に熱中した。このとき大いに興味を持ち勉強したレトロウイルス学は今も私の研究に深くかかわっている。医局に戻り4年後にカリフォルニアのDNAX研究所に留学し、そこで8年間お世話になった。カリフォルニアでは、研究とゴルフに熱中した。夜は皆が帰ったあと好きな音楽を聞きながら、毎日明るくなるまで実験に没頭した。というよりは気がつくと朝になっていたという毎日であった。

 幼少時に「あまのじゃく」と人に言われ、そのときは意味がよくわからなかった。その後、私が人と同じことをすることを好まない性格であることを自覚したのは中学生のころである。例えば同じ数学の問題を解くにも、人と違う方法で解くことを考えた。あまのじゃくである、ということは私の研究の根幹にもなってきた。医局時代に白血病患者からサイトカイン依存性の細胞株の樹立を試みたのは、当時ヒトではサイトカイン依存性細胞株は樹立できないと信じられており、多くの実験はマウスで行われていたからである。もしヒトのサイトカイン依存性細胞株を作ることは重要で、多くの研究者が競争して樹立しようとしていたら、私は樹立したいと思わなかったに違いない。幸いにして樹立しえたTF-1細胞はサイトカインのシグナル伝達を調べるのに最適な細胞株であった。TF-1細胞を調べているうちに、IL-3とGM-CSFのレセプターが130Kdaのサブユニットを共有している可能性を考えるようになったのは1987年頃である。いくつかの実験を繰り返しその可能性が確信となっていった。当時はまだサイトカインとレセプターは1対1であると信じられていたので、私の確信を信じてくれる人はあまりいなかった。それを証明するために留学したいと思った。この仮説を留学1年6ヶ月後の1990年10月にDNAX研究所において証明できたのは良き指導者に巡り合えた幸運にも支えられた。私が研究者としてやっていくきっかけを作ってくれた研究となった。もし、多くの人がサイトカインレセプターのサブユニット共有を予想し、それを証明するためにしのぎを削っていたら、この研究に興味を持っても自分の手で明らかにしたいとは思わなかったかも知れない。

 DNAXでの後半の3年間、自分も含めて3?4人という小さいながらも独立した研究室を運営できた。そこでの研究の方向性として、サイトカインのシグナル伝達の研究を他のグループとは違った戦略で研究することを考え、10年前に興味を持ったレトロウイルスを今度は実験の道具として使うことにした。ここでもまた人と違うことをしたい、という性癖が研究の方向性の決定に重要な役割を果たした。このとき開発したレトロウイルスベクターによる発現クローニング法は6年前に帰国してから今まで私の研究部の中心的戦略となっている。また帰国直後に樹立したレトロウイルスのパッケイジング細胞PLAT-Eにはさまざまな工夫を凝らしてあり、期待通り高力価のウイルスが得られる。ベクターの方も種々の改良を行い効率の良いシステムを作りあげることができたのは、私の凝り性の性格と無縁ではない。この方向に研究を進めるきっかけを作ってくれたのはDNAX時代のスーパーバイザーのアドバイスのおかげであり感謝している。研究部の個々のメンバーの特性を理解し長所を伸す方向にサポートすることは研究室を預かる者の重要な使命であることを私自身も常に意識するようにしている。

 レトロウイルス系を利用した発現クローニング法は分子の機能を指標にして遺伝子を同定する方法で、種々のアッセイ系をスクリーニングに利用することができるためその応用範囲は広い。単純な機能性の発現クローニング法だけではなく、変異導入と相補による遺伝学的なアプローチも可能である。遺伝子疾患の原因遺伝子の機能性クローニングも適当なアッセイ系さえあれば簡単である。この方法論を利用して研究室内ではさまざまなテーマで実験を行っている。効率の良いレトロウイルスによる遺伝子導入法も相まって、国内外の多くのグループが我々のウイルスベクター、発現クローニング系を利用してくれるようになった。そのおかげで研究の材料や情報の交換を通じて共同研究者や友人が増えるのもサイエンスにおける大きな楽しみであることが身を持って感じられるようになった。

 研究が面白くてしょうがない、ただそれだけでずっと実験していたので、自分の研究室を持つようになることは考えなかった。実際には、うまくいかないこと、苦しいことの方が多かったのかも知れないが、あまり気に病まないで、まあいいかと楽天的に考えられることも研究を続けていくのに大事である。自分の研究室を持つと、今度は若い人達と一緒にワイワイと研究することが本当に楽しい。指導者に恵まれ、素晴らしい仲間にかこまれて、ここまで好きなことをしてこれたことに感謝している。研究室のメンバー全員が同じように熱中できる環境を提供し、夢を持って研究に没頭し、新しい事実を発見することにより皆でサイエンスを楽しむ。達成することはなかなか難しいがこれが私の夢である。一緒に研究することに興味がある人は気軽にkitamura@ims.u-tokyo.ac.jpまで。