これまで遺伝情報発現のパーツにすぎないと思われてきたRNAに次々と多様な働きがみつかり、RNAに対する新しいコンセプトが提唱されるようになった。それらのコンセプトは単に基礎的な学術研究にとどまらず、病気の原因の解明や治療という実用化へも速いスピードで発展している。RNA研究は、他の学問領域やこれまでの科学の歴史と比較しても、コンセプトから実用化に至る時間が驚異的に短いという特徴をもつ。それは、RNA研究の主役であるRNAがマテリアルであるため、その知見を速やかにツールとして実用化することが可能だからであろう。本研究部門では、次の研究項目に従って、RNAに関する基礎的研究とRNA医薬品の開発研究を進めている。

1. RNAアプタマー創薬

タンパク質合成終結に関する基礎研究の過程で、中村らは一群の翻訳調節因子がtRNAによく似た構造や機能をもつことを発見して、「タンパク質とRNAの分子擬態」というコンセプトを提唱した。この分子擬態に関する研究から、RNAには当初予想できなかったしなやかな「造形力」があり、様々なタンパク質に擬態したり、あるいはジャストフィットして結合し、その働きを抑制できることが明らかになってきた。このような標的タンパク質にフィットして結合するRNA分子を「アプタマー」と呼ぶ。アプタマーは、SELEXとよぶ方法によって、ランダム配列のRNAプールの中から、標的タンパク質を「餌」にして釣り上げることができる。

SELEX法を用いて創製したRNAアプタマーの一例として、ヒトIgG抗体の定常部に特異的に結合する23鎖長のRNAアプタマー(白で表示)とIgG(緑とオレンジで表示)との複合体の2.1ÅのX線結晶構造を示す。RNAがユニークなねじれ構造を形成して、IgGの特異的なサイトをグリップしている(学術誌RNAの2012年6月号の表紙に採用された)。  

      

アプタマーの作用は抗体と似ているため、別名「核酸抗体」とも呼ばれる。抗体は医薬品として大きな発展を遂げており、アプタマーを利用した医薬品が、抗体に代わる画期的な次世代医薬品になるであろうと期待されている。

本研究部門では、様々な創薬標的タンパク質に対するアプタマーを創製して医薬品のシーズとすると同時に、これらの立体構造を解析して、RNAの造形力に関する理解を深めたいと考えている。すでに、本研究部門で創製したサイトカインIL-17Aに対するRNAアプタマーは全薬工業株式会社にライセンスアウトされ、自己免疫疾患に対する新薬としての開発が進んでいる。また、iPS細胞に対する特異的なアプタマー開発や、創薬標的としては手強いGPCR(7回膜貫通型受容体)やイオンチャネル等に対するアプタマーの創製、あるいは細胞内deliveryツールとしてのアプタマー開発等、アプタマーを利用した次世代の技術基盤の構築も本研究部門の重要なミッションである。

それらの次世代にむけたミッションとして、現在、「創薬標的」「細胞マーカー」として極めて重要な“細胞膜タンパク質”に対する高効率なアプタマー創製法の確立に取り組んでいる。具体的には、Cell SELEX法(概略図参照)と呼ばれる“細胞”そのものを「餌」にしてアプタマーを取得する技術を改良・進化させ、任意の膜タンパク質に対し効果的かつ効率的にアプタマーを取得できるプラットフォーム技術の開発を行っている。この技術によって「医薬品シーズの創出力強化」、さらには再生細胞医療の実現に必須とされる「移植用分化細胞の安全・安価な新規純化ツールの開発」など未開拓な研究領域への応用にも積極的に取り組むことで幅広い展開を目指して行きたい。

    
     

これらの研究と平行して、熱揺らぎの影響を踏まえた核酸医薬の分子設計という新規概念を導入するアプタマー探索ツールの開発を行っている。従来のSELEX法はPCRを複数回繰り返すことによりランダム配列のRNAプールの中から標的分子特異的に結合するRNA アプタマーを濃縮する。このため、良いアプタマーを取得するための理論的な方法が確立しておらず、試行錯誤に頼らざるを得ないのが現状である。そこで、我々は、RNAが分子内・分子間の「弱い」結合を急速に変えることができ、水溶液中で高い構造不均一性をもつという特徴に着眼し、アプタマー取得法の短縮化と論理の構築に向けた研究を進めている 。具体的には、①多様な生理・薬理機能を生み出すRNAアプタマーの高い標的分子結合性を分子科学に則して理解するため、熱揺らぎの概念を導入する。②ハイスループットシーケンス解析を導入し、核酸創薬パイプラインの論理構築を狙う。これらを基に、機能に応じた核酸医薬の分子設計原理の構築を目指して行きたい。


2. mRNA品質管理の分子機構

遺伝情報の発現過程では、様々な要因によって、異常なmRNAや不完全なタンパク質の産生・蓄積が起きる。これらは、正常な生命維持に障害となるため、生体は異常mRNAの蓄積を回避するための品質管理機構をもつ。真核細胞には、①異常な位置に終止コドン(ナンセンスコドン等)を有するmRNAを認識・分解するナンセンス依存mRNA分解(nonsense-mediated mRNA decay;NMD)や、②終止コドンを欠失したmRNAを認識・分解するノンストップmRNA分解(nonstop mRNA decay)のmRNA品質管理機構が存在する。

大変興味深いことに、一見異なる上記二つのmRNA品質管理における異常mRNAの認識は、リボソームによる翻訳終結がチェックポイントとなり正常と異常を識別し、その後のmRNA分解を誘導するという共通点をもつ。さらに、異常mRNAから産生される(異常な)ポリペプチド鎖も生体に備わったタンパク質品質機構によって処理される。すなわち、タンパク質合成工場であるリボソームは、タンパク質の生産のみならず、mRNA(鋳型)・タンパク質(製品)の品質管理も担っていると言える。

本研究部門では、さまざまなmRNA品質管理機構で共通するチェックポイント翻訳終結に着目して、高等真核細胞における翻訳終結に起因する品質管理機構の分子機序と生理的役割に関する研究を行っている。

    

RNA研究の基礎的な成果とその応用は、表裏一体と言っては言い過ぎかもしれないほど近い距離にある。RNAというマテリアルに依存する生命現象であり、開発であるために、そこから得られる知見や技術はスムーズに相互にフィードバックし、トータルにRNAの物性、機能、構造をより深く理解することになり、実用化も加速される。これは、RNAサイエンスの醍醐味ともいえる。RNA創薬研究の成果が、直接あるいは間接的に、生命科学の発展に本質的な貢献をするであろうと期待する理由である。