東京大学医科学研究所・感染症国際研究センター
感染制御部門
ウイルス学分野
Division of Viral Infection
Department of Infectious Disease Control

International Research Center for Infectious Diseases
The Institute of Medical Science
The University of Tokyo
トップ
研究内容 メンバー 研究業績 メンバー募集 アクセス アルバム

1.全てのヘルペスウイルスがコードするウイルスプロテインキナーゼ (PK: protein kinase) の機能:宿主細胞PK cdc2の模倣
  ウイルスは宿主細胞なしでは生存することができない。したがって、自身のウイルス因子を利用して、様々な宿主細胞機構を制御する(のっとる)ことによりその生存を図っている。興味深いことに、ヘルペスウイルス、ポックスウイルス、ロタウイルスはPKをコードしている。周知のように、PKによるタンパク質のリン酸化は、標的タンパク質の活性制御を司る最も一般的な修飾であり、様々な細胞機構(転写、翻訳、細胞周期、タンパク分解系、アポトーシス、etc.)がリン酸化によって制御されている。このように、様々な細胞機構を制御しうるPKをウイルスが保持していることは、宿主細胞をのっとるためには好都合である。つまり、ウイルスは自身のPKによってウイルス因子や宿主細胞因子をリン酸化し、それらの活性を制御することによって、ウイルスの増殖や生存に有利な環境を創り出していることが想像される。また、ウイルスPKはウイルス特異酵素であることより、新しい抗ウイルス剤の理想的な標的であるともいえる。このように、ウイルスPKはウイルス増殖機構や抗ウイルス戦略を考える上で魅力的な研究対象である。

  ウイルスPKの機能発現機構解明の第1ステップは、標的基質を同定することにある。しかし、ウイルスPKに対するウイルス側の標的因子が次々に同定されたのに対し、宿主細胞標的因子に関わる知見は皆無であった。我々は、HSVがコードするPKであるUL13が宿主翻訳因子EF-1 deltaをリン酸化することを明らかにした。本知見は、ウイルス特異PKの宿主細胞標的因子を、ウイルス学ではじめて同定したものとなった。

  ヘルペスウイルスがコードするウイルスタンパク質は、(i) 全てのヘルペスウイルスに共通に保存されているもの、(ii) ヘルペスウイルスの各亜科でのみ保存されているもの、(iii) 各ヘルペスウイルスに特異的なものに分類される。UL13は全てのヘルペスウイルスにおいて保存されており、ヘルペスウイルス感染において普遍的な役割を果たしていることが示唆されていた。実際我々は、EF-1 deltaのリン酸化は、全ての亜科のヘルペスウイルス感染において共通に引き起こされ、そのリン酸化にはヘルペスウイルスで保存されているPK (CHPK: conserved herpesvirus protein kinase)が関与していることを明らかにした。つまり、CHPKの普遍的な役割の1つがEF-1 deltaのリン酸化であることが明らかになった。

  UL13によるEF-1 deltaのリン酸化の生物学的意義を解明するために、リン酸化部位の同定を試みた。その結果、非感染細胞および感染細胞の双方におけるEF-1のリン酸化部位が133番目のセリンであることが明らかとなった。この知見は、非感染細胞における宿主細胞PKと感染細胞におけるHSV UL13がEF-1 deltaの同一アミノ酸残基(Ser-133)をリン酸化する、つまり、機能的にHSV UL13と相同性を示す宿主細胞PKの存在を示唆していた。そこで、この宿主細胞PKを同定したところ、宿主細胞PK cdc2であった。興味深いことに、UL13とcdc2がEF-1 deltaの同一部位をリン酸化するという事象は、UL13-EF-1 deltaの組み合わせに限られた事象ではなかった。つまり、ヘルペスウイルスで保存されているCHPKsと宿主細胞PK cdc2は、標的因子の同一アミノ酸残基をリン酸化することが明らかになった。このように、我々はCHPKの存在意義が宿主PK cdc2の模倣であることを明らかにした。Cdc2は、転写、翻訳、細胞骨格、核膜、クロマチンといった様々な細胞機構を制御している。Cdc2様の活性をもつPKをウイルスが保持することは、「宿主細胞機構をのっとる」というウイルスの目的遂行のためには、大きなメリットであると考えられる。

研究内容へ戻る