私の苦労話
 
 1991年当時カリフォルニアのDNAXの宮島篤(現東京大学分子細胞生物学研究所教授)、北村俊雄(現東京大学医科学研究所教授)、新井賢一(前東京大学医科学研究所長)らはインターロイキンレセプターが2つのヘテロダイマーからなっているというところを解き明かしつつありました。その中で一方のサブユニットがIL-3, GM-CSF, IL-5で共通ではないかというところまで明らかになってきていました。ところが当時はノックアウトマウスというものを作ることができるらしいという話があった程度で、まだ医科研のどの教室もノックアウトマウスの作成はうまくいっていなかった。そんなときにいきなり新井賢一さんから「君がノックアウトマウスを作りなさい」と言われたわけです。ラボでは誰もネズミすら扱っていなかったし、もちろん研究を始めたばかりで、大腸菌を増やすところからES細胞の培養、胚盤胞へのインジェクションまで全部一人でやりました。ところが医科研でいくらやっても、ノックアウトマウスを作る途中のステップであるキメラマウスまではできるけど、ES細胞由来の細胞が子孫を作る細胞に入らない、いわゆるジャームラインにのらなかった。今から見ると使ったES細胞とES細胞の下に敷く細胞が悪かったのですが、当時はそんなことはわからないまま、no dataで2年半がすぎました。ちょうどそのときにDNAX研究所から、ジャームラインにのったという話が伝わってきました。DNAX研究所はもともと新井教授が設立に携わっていたのでコネがありました。3ヶ月行かせてくれと交渉して、それから1年、2年と居座って研究を続けました。これは確かだというDNAだけを持っていって、もう一度ES細胞への導入からやり直しました。結局計5年かけて作ったノックアウトマウスが、DNAX研究所としても最初のノックアウトマウスになりました。そのノックアウトマウスの作成によって、IL-3, GM-CSF, IL-5などそれぞれのシグナルが伝わらないことによって起こる異常が次々にわかってきたわけです。GM-CSFのシグナルが入らないと肺胞蛋白症になり、骨髄移植によって正常な肺胞マクロファージを補ってやるとそれが治ること、IL-5のシグナルがなくなると好酸球が減少することなども、このノックアウトマウスの解析の結果わかったことです。
 2年が過ぎて、研究が一段落した後、アメリカでポスドクのポストを探しました。もともと腎臓内科医なので、次は腎臓の分野でオリジナリティのある仕事をしたいと思って、ノックアウトを使って腎臓の発生をやっているようなラボを探したんですが、まだそんなラボは存在していなかった。そのときに東大医科研にAMGENの寄附講座として幹細胞シグナル分子制御部門ができて、助手として雇えるよ、という話が来ました。アメリカはいいところで、日本に帰るのもつまらないなと思っていましたが、「日本に帰ってきて嫁さん探しもしたらどう?」とも言われて戻ってきました。嫁さんはすぐに見つかって、戻ってきて正解でした。
 新井先生の助教授だった横田崇先生(現金沢大学教授)が教授として独立していたので、そのラボに所属して腎臓の発生の研究に入りました。ラボ自体は血液細胞やES細胞のサイトカインシグナルの仕事をしていましたが、そのなかで一人だけ腎臓の仕事をさせてくれと交渉して始めました。ノックアウトマウスを作る技術は持っているわけですから、どの遺伝子をつぶしたらおもしろいかを考えました。すでに他人がやっているものは競争が激しいのでオリジナルのものをとらないといけない。以前浅島誠先生(東京大学総合文化研究科教授、アクチビンの発見で知られている)から、アフリカツメガエルのアニマルキャップと呼ばれる部分にレチノイン酸とアクチビンを加えると腎管ができるという話を聞いていました。そこで浅島研に入り浸って、アフリカツメガエルの卵からアニマルキャップを1000個以上取って、腎管ができる条件とできない条件とを比較して、腎臓発生に関する遺伝子の検索を行うという実験を繰り返しました。時間経過や引き算の条件もいろいろと変えてみて、候補遺伝子が取れたらそれが腎臓に発現しているかどうかを確認し、さらに全長のcDNAを取って機能をみる、という作業が3年続きました。なかなかよい候補遺伝子が取れませんでした。最初はSall遺伝子は腎臓以外にも発現していることがわかっていたので、候補遺伝子として取れた後、より詳しい解析の候補からははずしていました。しかしカエルの遺伝子をもとにマウスのSall1遺伝子をクローニングして発現を調べたら、発生途中の腎臓に強く発現していることがわかりました。そこでこれをもっと詳しく調べてみようと思って、ノックアウトマウスを作ることにしました。胎生期のマウスの腎臓の位置もわからないところから始めたので、ノックアウトマウスの解析も苦労しましたが、ある日8匹生まれたマウスのうち2匹が死んでいて、その2匹を調べたら腎臓がない。そして生き残ったほかのマウスを調べたら腎臓がある、ということがわかって、ようやくSall1の腎臓特異的な働きがわかりました。その後、Sallファミリー遺伝子のノックアウトマウスを作って、最近はSall4の遺伝子を取って、そのノックアウトを作りました。とてもおもしろい表現型が出ています。また、Sall1から4まですべてのノックアウトマウスを持っていますから、それぞれを掛け合わせることによって、腎臓以外の組織でもSallファミリーのタンパクがそれぞれ補い合って働いていることがわかってきました。またサルオロジー(Sall学)ばかりやっていても仕方ないので、Sallの上流、下流のシグナルがどうなっているのかをもとに腎臓の発生のメカニズムを解き明かそうとしています。すなわち、腎臓におけるSallファミリーの解析をもとに腎臓の発生のメカニズムを明らかにして、それがSallファミリーの発現しているほかの組織においても普遍的なものであるかを検証していこうという研究の流れです。そしてこれらの知識を使って最終的には腎臓が作れたら良いなと思っています。
 

若い人へのメッセージ

 
 僕はこのSall1の遺伝子を取るまではさすがにつらくて、くじけそうになったことがありました。所属していたラボの上の人たちも辞めていった時期があって、そのときに以前の僕の業績を知っている人から、血液をもう一度やってみないかという誘いを受けたことがあります。全く腎臓のデータはでないし、誘いをうけようかなと考えたときに、新井賢一先生から「おまえは腎臓の発生をやるんじゃなかったのか。他人の芝生が青いからといってそっちにひょろひょろいくのか。」と言われました。「他人のフェロモンに引き寄せられてよそへ行ってしまうのではなくて、ここできちんとデータを出して、自分のフェロモンを出して、他人を自分のところに引き寄せられるようになれ。お前はそうなれるはずだ。」といわれて、うーんそんな無茶なと思いながらそこでまた踏ん張ったので今の自分があるのかなと思います。だから若い人も他の環境を羨むばかりではなくて、何とか現状を乗り越えていって他の人に影響を与えられるようになってほしいと思います。簡単な言葉で言うと、黒川清先生(腎臓内科医時代の上司、現日本学術会議会長)から聞いた言葉ですが、「イチローも松井も偉いんだけど一番偉いのは野茂である。」新しい道を切り開く人が一番偉いのであって、そのあとに人は引き寄せられてついてくる。その一番最初のパイオニアになりなさいということ。そういう意味ではどちらも同じことを言っていると思います。
 
 
我々の研究室で研究をしてみたいという方へ
 
 
線

研究室のホームページに戻る。

医科研のホームページに戻る。

最終更新日 2004年5月26日