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tRNAリシジン合成酵素が正確な翻訳を行う機構の構造基盤

tRNAリシジン合成酵素が正確な翻訳を行う機構の構造基盤

Nature 461, 1144-1148 (2009)
中西孝太郎1,Bonnefond Luc1,木村聡2,鈴木勉2,石谷隆一郎1,濡木理1
1: 東京大学医科学研究所・基礎医科学部門・染色体制御分野,2: 東京大学・大学院工学系研究科・化学生命工学専攻
Structural basis for translational fidelity ensured by transfer RNA lysidine synthetase. Nakanishi K, Bonnefond L, Kimura S, Suzuki T, Ishitani R and Nureki O. Nature 461, 1144-1148 2009

DNAに刻み込まれた遺伝情報は伝令RNA(mRNA)に転写され、さらにリボソームにおいて、mRNAの3つ組の塩基からなるコドンが、転移RNA(tRNA)を介して、1つのアミノ酸に置き換えられることでタンパク質が合成されます(遺伝暗号の翻訳)。タンパク質は20種類のアミノ酸から構成されますが、各々に対応して20種類のアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)が存在し、特異的なアミノ酸とtRNAを認識し結合することで、正確な遺伝暗号の翻訳を行っています。

tRNAはRNAポリメラーゼによって生合成された直後は、5’末端や3’末端に長い余分な配列のついた前駆体として存在します。その後、多くのRNA分解酵素によって、余分な配列が切断され(プロセシング)、正しい長さのtRNAになります。さらに、このtRNAのいろいろな部位が、メチル化やアセチル化などの修飾を受けて、tRNAは成熟します。これまで、tRNAの修飾は主にプロセシングの後で行われると考えられてきました。

tRNAにはコドンと塩基対を作ってこれを認識するアンチコドンという領域があります。多くのtRNAではアンチコドンが様々な修飾を受けることで、正確にコドンを認識できるしくみになっています。CAUをアンチコドンに持つtRNAIle2のアンチコドン1字目には、リシジン合成酵素(TilS)の働きにより、アミノ酸であるリジンが結合され、修飾塩基リシジン(L)となります。未修飾のtRNAIle2はメチオニンのコドンであるAUGを認識し、またaaRSの1種であるメチオニルtRNA合成酵素(MetRS)によりメチオニンを付加されて、あたかもメチオニンtRNAとして働きます(図1)。しかし、アンチコドン1字目がリシジンに修飾されると、イソロイシンのコドンであるAUAを認識し、またイソロイシルtRNA合成酵素(IleRS)によりイソロイシンを付加されて、イソロイシンtRNAとして働くようになります(図1)。しかし、TilSによる修飾反応の前に、MetRSが未修飾のtRNAIle2にメチオニンを付加し、その後TilSがリシジンの修飾を行ってしまうと、イソロイシンのコドンAUAがメチオニンに変換されることになり、遺伝暗号の翻訳に致命的な誤りが生じます(図1)。

本研究では、前駆体tRNAIle2の修飾を質量分析法により網羅的に調べることで、リシジンへの修飾が前駆体段階で起こることを明らかにしました。また、TilSが前駆体tRNAIle2を効率よく修飾することを明らかにしました。さらに、TilSとtRNAIle2の複合体の立体構造をX線結晶構造解析によって決定しました(図2)。その結果、tRNAの結合に伴って、TilSのC末端ドメインが大きく構造変化してtRNAのアミノ酸受容ステムを結合することが契機となって,TilSの中央ドメインがさらに構造変化を起こし、tRNAを末端から認識しながら,最終的にC34をN末端の触媒ドメインの活性部位に近づけて修飾反応を起こす、高特異的なRNA認識機構が明らかとなりました(図3)。本研究は、タンパク質が構造を徐々に変えながら、RNAを端から順々に特異的に認識する新しいメカニズムを初めて明らかにしたものであり、このメカニズムによって、TilSは様々なtRNAIle2前駆体のtRNA部分を厳密に認識して、MetRSに認識されるより前にtRNAIle2に修飾を導入できることがわかりました(図1)。

TilSは、病原性細菌などのバクテリアに特異的に存在し、真核生物には存在しません。したがって、本研究の立体構造に基づいて、病原性細菌のTilSの阻害剤を設計することで、リボソームの阻害剤と同様に、新しい抗生物質を創成することが可能になると考えられます。


図1 TilSによるtRNAIle2のコドン特異性およびアミノ酸特異性の変換0910261.png

TilSはtRNAIle2のアンチコドン1字目のCをLに修飾することで、tRNAのコドンとアミノ酸の両方の特異性をメチオニンからイソロイシンに変換します。さらに、前駆体段階でtRNAIle2の修飾を完了することで、イソロイシンのコドンがメチオニンに翻訳される誤り(一番左の列)を防いでいます。

















図2 TilSとtRNAIle2の複合体の立体構造0910262.png

TilSは2量体を形成し、2分子のtRNAを認識します。赤いC末端ドメインがtRNAのCCA受容ステム末端を、青い触媒ドメインがアンチコドンを認識してリシジンの修飾を導入します。











図3 tRNAの認識に伴うTilSの構造変化0910263.png

tRNA(黄色い充填モデル)と結合すると、C末端ドメインが大きく構造変化して受容ステム末端を認識します。これが契機となって、構造変化が徐々に伝わり、RNAを端から認識して、アンチコドンに認識に至ります。