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新規質量分析法によるがん細胞の極微量タンパク質の糖鎖修飾解明に成功―新たな疾患マーカーの開発促進が期待される―

新規質量分析法によるがん細胞の極微量タンパク質の糖鎖修飾解明に成功―新たな疾患マーカーの開発促進が期待される―

PLoS ONE 7(8): e43751 (2012)
周尾 卓也1、越川 直彦1、星野 大輔1、峰岸 知子1、近藤 裕子2、尾山 大明2、関谷 禎規3、岩本 慎一 3、田中 耕一3、清木 元治1
1.東京大学医科学研究所・腫瘍細胞社会学分野、2.東京大学医科学研究所・疾患プロテオミクスラボラトリー、3.島津製作所・田中耕一記念質量分析研究所
Detection of the Heterogeneous O-Glycosylation Profile of MT1-MMP Expressed in Cancer Cells by a Simple MALDI-MS Method.

・研究の経緯
東京大学医科学研究所では、平成21年度より島津製作所(田中耕一記念質量分析研究所・所長)の田中耕一シニアフェローを客員教授に招聘し、質量分析を用いたタンパク質翻訳後修飾の解析手法の開発とその医科学研究への応用を共同で進めてきました。

・研究の内容
タンパク質の翻訳後修飾の中で最も多いのが糖鎖による修飾反応で、タンパク質の50%以上には糖鎖が付加されています。糖鎖はタンパク質の機能を制御する重要な役割を担っており、その異常はがん、自己免疫疾患など様々な病気の発症や病態の変化の原因となる場合があります。しかし、それぞれのタンパク質に対して加えられた固有で複雑な糖鎖の実体を明らかにすることは、現在でも非常に技術的困難を伴う解析です。
近年、タンパク質を修飾する糖鎖の構造と結合部位を同定する手段としてMALDI質量分析が必要不可欠となっています。MALDI(Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization、マトリックス支援レーザー脱離イオン化)は、田中シニアフェローが発明したレーザーイオン化法(ソフトレーザ脱離法:2002年ノーベル化学賞)を最も有効に応用してタンパク質をイオン化します。MALDI質量分析でタンパク質に付加された糖鎖を解析するためには、あらかじめ糖鎖を含むタンパク質断片(糖ペプチド)のみを単離しなければなりませんが、専門的な技術を要し、困難な場合が多いのが現状でした。
今回の研究に用いた液体マトリックスを用いる新規手法は、島津製作所で開発されました。本法では、マトリックス上に直接、糖ペプチドを含む混合物を、あらかじめ分離することなく載せます。混合物から糖ペプチドが、その場で分離・濃縮されるために、解析が容易になるだけでなく、高感度解析も可能になりました。
図1のとおりに、本法では、試料となるタンパク質の消化物(糖鎖が付加された、あるいは未修飾のペプチドを含む)を液体マトリックスの上に載せます。その表面で、試料中の水分が徐々に蒸発すると、水に溶けやすい糖ペプチドは中心部に濃縮され、その周辺部には非修飾ペプチドが残ります。
本法を、実際の生体試料の解析に適用できるよう最適化するために、これまでに精査することが困難であった、がん細胞の膜タンパク質であるMT1-MMPの糖鎖解析を実施し、MT1-MMPに付加された糖鎖の構造と結合部位に多様性があることを明らかにしました。MT1-MMP(Membrane Type 1 Matrix Metalloproteinase)は、東京大学医科学研究所の清木元治教授らが発見した細胞膜貫通型のタンパク質分解酵素で、がん細胞が他の組織に浸潤し転移する際に必要とされます。MT1-MMPを修飾する糖鎖が酵素の活性や安定性、代謝回転に関与すると考えられていますが、その糖鎖構造や付加部位の詳細は不明のままでした。
図2のとおりに、ヒト線維肉腫の株化細胞(がん細胞の一種)から回収したMT1-MMPタンパク質の質量分析では、液体マトリックスの中心部から、付加した糖鎖ユニットの数の相違(質量にして162あるいは203の違いを持つ7つのピーク)に相当するシグナルを明確に検出することができました。これらのシグナルは同一のペプチドに由来するシグナルであり、4糖から10糖までの糖鎖付加状態の相違を反映しています。すなわち、このがん細胞内ではMT1-MMPに付加する糖鎖数が一定ではなく、不均一性があることが初めて示されました。同じ試料を従来のMALDI法で解析すると糖ペプチドのシグナルは検出できませんでした。
本法の開発によって、従来よりも極めて簡便に、個々のタンパク質の糖鎖修飾の状態を知ることができるようになりました。糖鎖修飾の異常は様々な疾患の発症や病態の変化の原因となる場合があることから、本法の活用により、これまで困難であった種々のタンパク質の糖鎖解析が促進されます。また、様々な疾患の発症機序の解明や新たな疾患マーカーの発見などが期待されます。

添付資料(PDF形式)

東京大学記者発表