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乳癌幹細胞が生体内に棲み付く仕組みを発見―癌の根治へ期待

乳癌幹細胞が生体内に棲み付く仕組みを発見―癌の根治へ期待

Proceedings of National Academy of Science, USA doi: 10.1073/pnas.111327110
日野原邦彦1、小林誠一郎2、金内一3、清水誠一郎3、西田琴江4、辻英一4、多田敬一郎4、梅沢一夫5、森正樹6、小川利久4、井上純一郎7、 東條有伸2、後藤典子1
1 東京大学医科学研究所・システム生命医科学技術開発共同研究ユニット、2 東京大学医科学研究所・分子療法分野、3 公立昭和病院、4 東京大学病院・乳腺内分泌外科、5 慶應大学、6 大阪大学、7 東京大学医科学研究所・分子発癌分野
ErbB/NF-κB signaling controls mammosphere formation in human breast cancer.

乳癌は女性で最も頻度が高い癌であり、我が国における発生頻度、死亡率は著しく増加している。近年の研究から、がん発生の元となるがん幹細胞の存在が明らかとなっており、がん研究に大きなパラダイムシフトが起きている。がん幹細胞は、がん組織のうちごく一部の細胞集団であるが、従来の抗がん剤や放射線治療によって、がん幹細胞は死滅されにくいため、転移や再発の原因になる。そのために、癌は未だに不治の病である。がんを根治に導くためには、がん幹細胞をターゲットとした治療法の開発が必要である。しかし、がん幹細胞が生体内に棲み付く仕組みが明らかでないため、がん幹細胞をターゲットとする治療法は、確立されていない。
東京大学医科学研究所の後藤典子/特任准教授と日野原邦彦/特任助教らは、がん幹細胞がスフェアという直径100μm程度の球状浮遊細胞塊を形成し、培養皿で培養できることに着目した(図1)。1204031.png乳がんの手術摘出検体から得られた細胞を使ってスフェアを形成するための条件を詳細に調べた結果、細胞膜に存在するEGF受容体ファミリーのひとつErbB3受容体に、リガンドとしてくっつくHRG(heregulin:へレギュリン)がスフェア形成を促進することを見いだした。また、HRGがErbB3受容体にくっつくと、細胞内リン酸化酵素であるPI3-kinaseとAktが活性化し、転写因子であるNF-κBを活性化して、スフェアを形成することがわかった。つまり、乳がん細胞内で、HRGからErbB受容体を介して、PI3-kinase、Aktの活性化が起こり、NFkBの転写活性化を促進する一連のシグナル伝達経路が活性化することがわかった。このErbB-NFkB経路の活性化により、乳がん幹細胞が幹細胞の特徴である自己複製能を維持しつつ、生体内に棲みつくことがわかった(図2)。
さらに、HRGにより活性化したNF-κBは、IL-8(インターロイキン8)などを始めとする様々なサイトカイン、ケモカイン、血管新生因子などの産生を促すことが明らかになった。これらの蛋白質は細胞外に分泌し、がん幹細胞を取り巻く微小環境「がん幹細胞ニッチ」を熟成させ、がん幹細胞が棲みやすい環境をつくることに働くと考えられる(図2)。1204032.png
今回新たに発見した、ErbB-NFkB経路に関わる分子は、がん幹細胞の分子標的として、がんを根治しうるターゲットとなる。さらに、この経路によって産生される細胞外分泌蛋白質は、採血した血液の中に存在する。これら蛋白質の血中での量を測定することにより、がんを早期に発見したり、再発を早期に見つける診断マーカーとして有用であると考えられる。
なお本研究は、コニカミノルタテクノロジーセンターとの共同研究による成果である。