IMS logo 2006年年頭挨拶
平成18年1月4日
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新年明けましておめでとうございます(図1)。この2006年が、医科学研究所の更なる飛躍の 年となり、また皆様のご発展の年となることを祈念し、新年のご挨拶を申し上げます。

昨年は法人化2年目に入り、大学の新しい運営形態が固まりつつあることを実感しました。目に見えるところでは、法人化前後に比べ 大学本部での部局長が集まる会議の数は半減し、研究科長、研究所長が顔を会わせ議論する機会は減りました。 良いことか悪いことかわかりませんが私もそれにだんだんと慣れてきつつあります。このことは、法人化後の大学が安定して 運営されはじめているという一面を示しているものの、一方で大学本部つまり総長の権限が大きくなりつつあるということも 意味しています。必ずしもそれが悪いと言っているのではありません。小宮山宏総長は昨年7月、「時代の先頭にたつ大学 −世界の知の頂点を目指して−」というタイトルの東京大学アクションプラン2005−2008を公表しました。 部局の意見を反映させながら作られたものです。まだご存知ない方は一度東京大学のホームページでごらんになってください。 自律・分散・協調という言葉を小宮山総長が良く使うということを以前紹介したことがありますが、このプランは、 分散した学問分野を担い自律性の高い東京大学の各部局の力を生かしつつ、それを協調させて、新しい知をつくり社会に発信するという 理念の下に作られており、東京大学の教育、研究、国際的活動、組織運営、財務、キャンパス環境、情報発信と社会連携を推進する うえでの方向性を示しています。総長・大学本部はこのプランの下にリーダーシップを発揮するわけですが、その際に部局が 本部の発信に追随しているだけではいけないことは当然です。個々のアクションプランについて本部とともに考え、また部局の意思を プランに組み込んでいくことが必要と考えます。医科研も加わっていますが、最近、主として生命系の部局の長が集まり作られた、 東京大学生命科学研究懇談会があります。総長室主導が行き過ぎると、自律分散協調の協調の部分が強くなり部局の個性が薄れる 危険性がましますが、この懇談会では、部局の特性を最大限維持しながらも、東京大学の生命科学系の組織からのまとまった発信を 最大にするにはどのような仕組みが考えられるかを検討しようとしています。以前医科学研究所は、大学院生の教育・研究の場の 問題から発して、生命学環構想を提案したことがあります。その構想は、新領域創成科学研究科と連動してのメディカルゲノム専攻の 発足に結びつきました。しかしなお全学的に生命科学分野を俯瞰できるような仕組みが明快でないともいえ、このような懇談会で まさに自律分散協調がどのように可能かを検討できればと期待しています。

さてここで医科学研究所独自の課題について考えたいと思います。これまでに私は、医科学研究所の発展のためには (1)研究病院の維持発展、(2)基幹研究部門から病院までを、有機的にかつフレキシブルに統合する仕組みの構築、(3)若手研究者の養成、 (4)国際的に高いレベルの研究展開とその成果の発信が必要であると言ってきました。そして昨年は当面の課題を示し (図2)、概算要求等を通してその実現のための取り組みを 進めてまいりました。これらの課題に向かっての18年度の取り組みについては改めて4月にお話しすることにし、今日は、 この中でも、より具体的に直面している課題について考えてみようと思います。それは、公衆衛生院跡地構想、中国拠点形成に 代表される国際交流、2号館と本館両ウイングと臨床研究棟の改修であります。

少子高齢化が進むわが国において、創薬を含む最先端の医科学研究を展開し高度の先進的医療を推進することは重要です。 しかしながら、わが国において基礎研究を臨床に結びつける臨床研究(TR)推進体制の構築は不十分であることは多くの人々の 認識するところです。これは医学の基礎そして臨床での研究面のみならず、先進医療推進のための法制度や倫理的課題の十分な検討と 整備の面、さらには人材養成についても当てはまります。TRの効率的実践のために研究者、医師、企業、政策立案者らが、 機能的・有機的に連携する場が必要であることは明らかであり、このことについては過去10年余り医科学研究所においても 議論されてきました。

医科学研究所は基礎医学研究を推進し、その成果を応用展開研究に結び付けて臨床研究に持っていく体制を有しており、 ここには優れた研究者や学生が集まってきています。すなわち医科学研究所は、わが国において、基礎研究からTRのシーズを 掘り起こすのに最も適した、又その能力を有する研究機関であるといえます。豊かな土壌の上で基礎医学研究を育み独創的・先端的な 研究成果を生み出す仕組みと、それをTRに発展させる仕組みが両輪となって機能しなければならないことはいうまでもありません。 ただ、研究者、医療従事者、事務・技術職員を併せて約1000人足らずのこの研究所において、人的にもまた物、施設の点でも、 十分なTR推進体制が整っているとはいえません。看護師不足は一つの例といえるでしょう。潤沢な資金を有する米国のNIHにおいてさえ、 その周辺にベンチャー企業を含めたTR支援のインフラが構築され、連携する病院が存在することにかんがみると、アカデミアとしての 医科学研究所と連携するTR支援組織や連携病院の存在は、医科学研究所の使命を遂行する上で極めて重要であります。

このような観点から医科学研究所は、隣接する公衆衛生院跡地においてわが国のTR支援体制を構築することを提案してきました。 公衆衛生院跡地について国の売却計画が進む中で、オールジャパンのスキームの下でのTR支援センターをこの地に設置する期は 十分に熟しております。産学官のメンバーからなる協議会は、中井徳太郎経営戦略室教授の多大のご尽力の元、TR支援組織についての 構想を練り上げてきました。この構想については教授会や教授総会においても議論してきたとおりであり、それを実現化し、 成功させていく上で、医科学研究所の決意は重要であると認識しています。研究所病院や先端医療研究センターにおける臨床研究 そのもののみならず、TRにつながるヒトゲノム解析研究に立脚したオーダーメイド医療実現の研究展開、医科学研究所で育まれた 細胞医療のための臍帯血バンク事業、遺伝子操作マウスの作出事業、GMP基準の遺伝子治療ベクター開発供給、 医科学研究所蛋白質解析コアラボと連携する臨床プロテオーム解析事業、さらには感染免疫部門を中心にして検討されている ワクチン開発研究等々の発展展開を図る上で、このTR支援組織が果たす役割は大きく、また医科学研究所が果たすべき役割は 多大であるといえます。

私は、この白金台で展開されるTR支援のためのオールジャパンの組織と医科学研究所が機能的に強く連携することが、 わが国のTR推進につながるものであると信じています。そしてその様な連携の構築のために次の5点を医科学研究所の皆様と 共有したいと思います。
  1. 研究所はアカデミアとしての立場を堅持する。
  2. TR支援組織と研究所は研究シーズを応用展開する上で協同する。
  3. 実験施設および教員、研究員等の人材交流等の連携を図る。
  4. 附属の研究病院は臨床研究の推進とTR支援組織と連携した臨床試験(early phases)の実施協力を行う。
  5. 連携の仕組みを堅持するために研究所組織の強化を図る。
このような考えについては先日の教授会でご理解を得たところです。そして今、東京大学をはじめ関連機関での議論のうえにたって、 TR支援組織構築のための調整が最終段階にあるといってよいかと思います。

二つ目は中国との交流についてであります。私は、昨年も述べましたが、北米、ヨーロッパ、東アジアの三極が、それぞれの 文化的背景にたってバランスよく競合、協同することが世界の健全な学術発展を生むと考えています。昨年一年間も何回か中国を訪問し、 13億人を擁する国のエネルギーを再認識しました。少子高齢化が進んでいるわが国において、この中国のエネルギーは 見過ごすことのできないものです。このエネルギーに触れ、また一緒になって東アジアから優れた研究を発信する努力をする必要性を 切に感じました。その努力の一環として、東京大学は北京に東京大学代表所を設け、中国のアカデミアとの協同作業を開始しています。 我々医科学研究所は、昨年4月にUTフォーラムin北京の医科学部門を担当し、秋には学生フォーラムを開催しました。 また中国科学院と東京大学の学術協定締結に貢献しました。さらに平成17年度からは、岩本愛吉病院長を代表とし、文部科学省の 新興再興感染症研究拠点形成プログラムの海外研究拠点として中国拠点を担当しています(図4)。 このプログラムでは中国科学院の微生物研究所(IMCAS: Institute of Microbiology, Chinese Academy of Sciences)や 生物物理研究所IBCAS: Institute of Biophysics, Chinese Academy of Sciences)と合同で研究室を設け新興・再興感染症についての 日中共同研究を推進します。また中国農業科学院ハルビン獣医研究所(HVRICAAS: Harbin Veterinary Research Institute, Chinese Academy of Agricultural Sciences)との共同研究も展開します。そのためにすでに微生物研究所や生物物理研究所と覚書を 交わしており、農業科学院との覚書も準備しております。医科学研究所はこの海外拠点での研究を成功させるために、 またその成功の上にたって広く中国のアカデミアとの連携をはかるために、医科学研究所北京オフィスを設置し、 すでに吉池邦人教授と林光江教授の派遣を決めております。今年は科学院の日中合同ラボにおいて第一線の感染免疫研究を展開する 研究者を選び派遣する予定です。中国での研究拠点を立ち上げることにより、近い将来には、ゲノム医科学、システム医科学等で 中国との連携を深めていきたいと考えています。
また国際交流は、中国にとどまらず東アジア全域に、また欧米を対象としても展開していきたいと考えます。井上純一郎先教授を 委員長とする国際交流委員会の皆様には大変お世話になっておりますが、今年も13回目となる東アジア医科学シンポジウムが 開催されます。また5月には河岡義裕感染症国際研究センター長のお世話で、AMBO国際分子生物学講習を医科研で開催します。 またお互いに100年余りの歴史を持つパスツール研究所との第一回合同シンポジウムを医科研で開催します。 これには、御子柴克彦先教授や河岡教授、国際交流委員会の先生方にお世話をいただいております。

さて話は変わりますが、昨年末、平成18年度の政府予算案が確定しました。医科学研究所からは、特別教育研究経費により 感染症国際研究センターの継続と病院の免疫賦活による慢性ウイルス感染症の克服研究の継続が認められました。 感染症国際研究センターにおいては、わが国の感染症研究拠点のひとつとして人材養成と優れた研究の実践を、 また病院においては感染症への免疫学的アプローチを、引き続きお願いいたします。一方で今年度にあらたに要求した 幹細胞治療研究拠点、ケミカルゲノム研究アライアンスの二つは大学内で高く評価されたにもかかわらず、残念ながら 認められませんでした。特別教育研究経費の新規枠が大きく減少している中で、数億円規模の研究体制構築のための申請は 大変難しくなってきています。引き続き特別教育研究経費など運営費交付金による研究体制・研究環境の支援を要求する一方で、 科学技術振興調整費や21世紀COEプログラム、プロジェクト研究費などへの申請を積極的に進めることが必須の状況です。 スーパーCOEといわれている科学技術振興調整費による研究拠点形成は重要なターゲットです。従って新たな研究予算獲得のためには、 大学を通して要求することと同時に直接文部科学省をはじめとする国の機関の理解を得ることも益々重要となっています。 教員と事務部が一体となってこのような作業を続けて行きたいと考えます。ただここに難しい問題があります。 多くの大型プロジェクト経費は大学ごとに一つあるいは二つの申請しか認められないことがあります。総合大学と単科大学が ひとつのプログラムに同じ数しか申請できないというのは大変理不尽ではあります。このような状況で、大学本部としては大学内で 調整し提案を絞っていくことが必要となります。冒頭に部局の意思を東京大学のアカデミックプランに組み込んでいく必要があると いいました。医科学研究所の発展がわが国の医科学研究の高揚に貢献するものであるとの考えの下、大学本部と共同作業を進めたいと 考えています。またはじめに申しました生命科学研究懇談会でもこのような問題に対するよい解決策を考えていきたいと考えています。

同じく概政府予算関連の話ですが、未だ改修が滞っている本館両ウイングとりわけ東ウイングや診療棟の改修は、TR推進の先頭に 立つ先端医療研究センターの教職員の活動の場を確保する上で喫緊の課題であります。また2号館は一目見て誰もが改修の必要性を 痛感する様相を呈しております(図5)。昨年7月の地震で床がひずんだことは記憶に新しい ところです。ここを改修し研究スペースを確保して産学連携のオープンラボや独立性の高い若手教員の研究の場とし、また 大学院教育にも有効に使っていきたいと考えています。まだ内定段階ですが、近いうちにこれらの一部に改修予算がつくようであります。 全部を改修できる予算ではありません。どうにか寄付金等の自己資金をあて、ある場合には大学からの借り入れも併せて少なくとも 臨床研究棟と2号館の改修にはこぎつけたいと思っています。これらの改修が終わってはじめて、基礎から臨床までをつなぐ研究の場が 整備されたといえます。なおこの改修実現のためには關正敬事務部長をはじめ事務方のご尽力があったことを付け加えたいと思います。

最後に、繰り返し述べてきたことですので改めてここで申すこともありませんが、もうひとことお話させていただきます。 11月に中国の紹興で第12回東アジアシンポジウムが開催されました。このシンポジウムで注目されたのは中国から大変優れた発表が あったことです。欧米に流出していた研究者が帰国して周りに好影響をもたらしてよい研究を生み出していることを実感しました。 このシンポジウムは医科学研究所がリーダーシップを持つ形でソウル、東京、京都、台北、上海の研究所が合同して行ってきましたが、 中国の研究グループの急速な成長に一瞬ではありますがたじろぎました。このシンポジウムは一つの例ですが、医科学研究所が 東アジアの医科学研究のハブとして機能しつづけるためには、教職員の皆様方の益々の切磋琢磨が必要であり、独創性、先進性に富む 研究成果を発表し続けることが重要であります。どうか、これから進められる教員人事においては、助手、助教授、教授を問わず、 医科学研究所の発展と将来が期待できるような人事を進められますよう先生方にご協力をお願いします。さらに付け加えるなら、 20世紀後半には遺伝子工学の手法をもとに生命現象を分子の言葉で理解するというパラダイムが打ち立てられ、生命を分子レベルで 解明することを可能にした分子生物学が勃興しかつ革命的な進歩を遂げました。そして今、分子生物学の手法で生命を解読してきた 我々は、遺伝子や蛋白質といった個々の要素がどのように相互作用して細胞を作り、また個体を作り、生命現象を生み出すに いたっているかを解き明かそうとしています。つまり生命をシステムとして理解しようとしています。システムズバイオロジーが、 人疾患に目を向ければシステム医科学ですが、どのように発展するかは分かりません。遺伝子工学が分子生物学を ブレイクさせたように、新たな研究領域の爆発的進展がシステム医科学の発展を生むものと思います。これは創薬を考える上でも 貢献するものです。そのような領域にチャレンジする有能な若手研究者が医科学研究所から出現することを願っています。 私はそのための環境整備に尽力すべきと考えています。

蛇足かもしれませんが、昨年は国内外で実験データの捏造が報道され、研究者の良心というものが社会の厳しい批判にさらされました。 競争的環境が悪いというような言い訳がましいことは問答無用であると思います。今年は、なぜ研究するのかを全世界の研究者が 改めて自問し、捏造が我々研究者社会からなくなることを願っています。

長くなりましたが、今年度の皆様のご発展と医科学研究所の発展を願って新年にあたっての私の挨拶といたします。 どうもご清聴ありがとうございました(図6)。

2006年1月4日
所長、 山本 雅




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